※トリップ主×エース


ナマエという男は、どこか不思議な雰囲気を纏っていた。
エースが入ってしばらく、マルコに諭されようやく心を開き始めた頃に、エースが連れて来て家族になったナマエ。曰く、エースがスペード海賊団であった時分の戦闘をたまたま見かけ、一目惚れしたと。
人懐こい犬のように家族にすぐ馴染み、均整のとれた顔立ちに浮かべる笑顔は慈愛に満ちている。かと思えば、ひと度戦場へ躍り出ればその様相は悪鬼羅刹の如く。酒が入れば陽気にも泣き上戸にもなるような、どこかアンバランスな彼を。年下だが兄の立場にある面倒見のいいエースが、白ひげに連れて来た本人が、放っておける筈もなく。

「ナマエ、釣りしようぜ!」

陽だまりのように朗らかで温かい笑顔を浮かべ、ナマエとよく一緒にいる。それを生暖かな目で見守るのは兄達。弟同士が可愛くて仕方ないと、僅かにゆるむ口角が物語る。

「う、うるせェバカ!バカ!」

そしてこの怒声もいつものこと。ナマエがエースに何か囁き、それにエースが真っ赤になって叫ぶ。ナマエは楽しそうに声を上げて笑って、優しい目でエースをみる。
何を言われているのか知らないが、今日も弟達は可愛いと、白ひげ海賊団一同はゆるやかな空気を楽しむのだった。

――――――――――

“おれは生まれてきてもよかったのか”。
ガキの頃から散々考えてきた。鬼の子と疎まれ蔑まれ、この世界のどこにもおれの居場所なんて無いんだと思ってた。
だから、こうして白ひげ海賊団に引き入れてもらって、家族と呼ばれオヤジと呼び、おれの名前を大事なもののように呼んでもらえる今が、心底幸せだと思う。最初は反発してばっかだったが、まあ、いい思い出だ。

ある日、上陸した島で綺麗な顔の優男と出会った。
そいつはナマエと名乗り、船に財布を忘れて無銭飲食しかかったおれを、自分のついでだと言ってさっさと支払い助けてくれた。
そのあとは島の観光場所を案内してくれたり、美味い飯を出す隠れた名店なんかを教えてくれたり、ナマエは凄くいい奴だった。
だから、白ひげの船に乗りたいとナマエが言った時、おれは迷わず、来いよと誘った。おれの名を呼ぶ声が、おれを映すその目が、あまりにも穏やかで心地好かったから。

船に乗って、翌日。

「おはよう、エース。今日も可愛いな、愛してる」

だから、こんなのは予想してなかった。
出会い頭にそう言ってにっこりと笑ったナマエに、おれは開いた口が塞がらなかった。そのすぐあと、顔が熱くなって「うるせェ!バカ!」と叫んで逃げたおれは、悪くないと思う。
あんなにストレートに、昨日会ったばっかの男に言うか、普通?……そういやぁ、おれがスペード海賊団やってる時に見かけて一目惚れしたとか言ってた、っけ、うがあああああ!あいつこんなに恥ずかしい奴だったのか!
でも、実年齢は下だけど、おれは一応兄貴だからな!末の弟のことが気になって世話を焼かずにはいられなかった。毎日最低1回は「愛してる」なんて言われるのは、むず痒くていやだがなんとなく悪い気はしないし、ナマエの隣はどうしても心地好くて。離れられないおれを、にやにや笑って見守ってたらしいサッチのリーゼントを、力任せに握り潰した。

そんな風に2年近く過ごし、でもやっぱりナマエの発言には慣れなくて悪態をついていた。
だから、こんなに穏やかだったから、多分おれは気がゆるんで、油断なんてもんをしちまったんだ。
白ひげに喧嘩売ったバカを叩き潰しに、船を飛び移った。順調に大勢蹴散らして、宝物庫でも探そうと伸びをした時。

バシャ!

「!!?」

全身が冷えて、一瞬気怠くなった。倒したと思ってた男に海水を浴びせられたんだと判断したその時はもう遅くて、おれは海に突き落とされていた。
ざぶん、なんて、いっそ間抜けに聴こえる水音が耳元を通り抜けて、おれはゆるやかに死ぬんだと悟った。だっておれがいたのは船尾近くで、周りに家族はいなかったから。
おれの人生呆気ねぇな、こんなことならナマエにちゃんと向き合うんだったな。
霞んでく意識の中でぼんやり思って、咄嗟に閉じてた目を開く。黒いんだか青いんだか、でも綺麗な静寂に包まれて、おれはちょっと泣いた。
おれに向かって手を伸ばすナマエを夢見ながら、肺に残った最後の空気を手放した。


目が覚めるとそこは、見慣れた木の天井だった。薬品臭い空間には覚えがあって、まだおれが反抗期だった頃によく世話になってた船医の部屋……ここ、白ひげの医務室だ。
おれは死んだのか?死後の世界はもしかして、おれの都合のいいように見えてくれるのか。

「っ……エース!」

ぼうっとする頭に、するりと滑りこんできたのは、ちょっと切羽詰まってるが、あの穏やかな声。

「ナマエ……?」

思ったより掠れた声が出て、泣きそうなほっとした顔のナマエが、おれの頭を撫でた。
あったかい。おれ、いきてる?

「よかった、本当に……お前が無事で」

そう言っていつもみたいに優しい目でおれと目を合わせたナマエ。
おれは、耳の奥の方でうるさくなった心音に、やっと自覚した。

「なァ、ナマエ」
「ん、どうした?エース」

おれが呼ぶと細められた優しいままの目を、逸らさないようにしっかり捉えて、おれはベッドの中から手を伸ばしてナマエの服を掴んだ。

「おれも、おれもな、その…………あ、愛してる……」

海の中で味わった恐怖と絶望にかられながら、そんなもんはあそこに涙と一緒に溶かしてきた、くいは残したくねぇと思いながら告げた。
尻すぼみに声が小さくなったが、ナマエにはちゃんと届いたらしい。笑みを形作ってた目がこぼれんじゃねぇかってくらい見開かれて、ついでに真顔になった。
なんで真顔だとか思う前に、ナマエは服を掴んでたおれの手に器用に指を絡ませて、そっとキスした。……キス、した?

「なっ……!……お前、い、今、何、え!?は!?」

すぐに離れたナマエは、まるで悪戯が成功したみたいに笑ってて、でもいつもの優しい笑顔に戻って。

「可愛いなァ、エース。世界で一番愛してる」

耳を赤くしながら言うもんだから、おれは恥ずかしさを全力で押し殺しながら、もう1回なんてねだってしまった。

――――――――――

おれはきっと、このことを生涯誰にも打ち明けないだろう。墓まで持って行って、あの世に行ってもきっと。
おれは、いわゆる異世界から来た人間だ。この世界がワンピースと呼ばれる大人気漫画の世界であると、路地に貼られた手配書を見て気付いた。
それを見ただけでぴんときてしまうあたり、おれは相当ワンピースが好きで、それに載せられた顔写真から目が離せないくらいには、そいつが好きだった。
この世界のほとんどから拒絶された男、ポートガス・D・エース。
死んだあのシーンが掲載されたジャンプを引き千切って捨てるくらいには死を受け入れたくなくて、心の底から幸せにしたいと思うくらいには恋してる。性別の壁なんて気にしないし、むしろ次元の壁すら気にしなかった。

そのエースが今、おれの手の届くところにいる。
適当にふらっと飯屋に入ったら、オムライスに顔を突っ込んで眠る見知った背中を見つけた。
おれは歓喜した。ついでに神様とやらに全力で五体投地した。勿論脳内で。
カウンター席だったから、さりげなく1つ間を空けて隣に座って、同じオムライスを注文する。半分平らげた頃に「ぷほっ!?」と言いながら目を覚ましたエースに、笑いかけながらハンカチを差し出せば、にかりと笑ってお礼を言われた。天使。
ぽつぽつと会話して、エースに奢るという素敵イベントにまで遭遇、しかも一緒に島を観光するなんて発狂小躍りイベントまで発生させられた。目覚めたこの島を離れなくてよかったと、過去の自分を褒め称えたい。

そうして島を巡り尽くしたあと、おれの泊まる宿のある丘から夕焼けに染まる海を眺めて、白ひげの一員になりたいと烏滸がましくも願ってみた。無邪気な笑顔付きの二つ返事で許可されて、おれは本当に倒れるかと思ったよ、エース。

翌日から“エースを全力で幸せにしよう大作戦”を決行、必ず幸せにすると自分に固く誓ったおれは、具体的にどうしたらいいか思い付かなかったので、とりあえず毎日最低1回は愛を囁くことにした。
これが案外効果絶大で、照れ顔で真っ赤になりながら罵倒するというご褒美をいただきました。逃げる背中を追うのもいいかと思ったが、まあ、ゆっくりいくとしよう。
毎回照れ罵倒をするくせに、おれの世話を焼こうと寄ってくるエースが天使すぎて、おれはゆるむ顔を隠しもせずに愛してるを言い続ける。

2年経つのがあっという間で、家族に囲まれるエースは幸せそうに笑ってて、おれはこの穏やかな世界を護るとティーチを見る。
エースの幸せを構成するサッチも、幸せにしたいと願ってやまないエースも、絶対に死なせはしない。

そう誓ったその日に、エースが死にかけた。
全力で運動して伸びをするエースを陰から見守っていた筈なのに、すぐに動けなかったおれが全面的に悪い。
エースに海水ぶっかけて突き落とした男は、とりあえず4/3殺しでオーバーキルだが気にしない。返り血が鬱陶しいが、とにかくエースだ。どこまで沈んでしまったのか、船の上からじゃ分からない。
考える前に、おれは海に飛び込んだ。ゴーグルなんて便利な物は持ち合わせてないから、視界がぼやけてすこぶる悪い。海水がじくじくと眼球を舐めるから痛いし気持ち悪いが、エースを視界の端に捉えたおれは気にしない。
エース、エース、エース!ごめんな、待ってろ、今助ける。
目が合った気がして、しかもなんだか泣いているような気もして。おれが手を伸ばすと、安心したように穏やかな表情に変わって、ぼこりと口から泡を吐いた。

無事に海上に顔を出した時、敵船からハルタとマルコが浮き輪を投げてくれた。そういえば、何の浮力も無しにここまでエース連れて浮かび上がれたのって、奇跡じゃなかろうか。
とにかく浮き輪に掴まって引き上げてもらい、エースの呼吸を確認。呼吸音が聴こえなくて、全身から血の気が引いた。大学時代の先輩がライフセーバーだったことに感謝しつつ、教えてもらった蘇生術を施したら、エースは無事に水を吐いて呼吸をした。
一安心すると同時に、人工呼吸にかこつけて唇を奪えた幸福感と、ちゃんと目覚めるかどうかという不安を覚えた。

モビーに戻り、医務室のベッドにエースを寝かせる。
ごめんな、エース。すぐに助けにいけなかった不甲斐ないおれと、濡れた服を着替えさせる時に全裸をしっかりまじまじと見つめた浅ましいおれを、許してくれ。
壁一枚隔てた向こうの、モビーが海を掻き分けて進む音を聴きながらエースの目覚めを待つ。エースの穏やかな寝息に、生きていることの尊さを思い泣きそうになる。
その時、エースが小さく身動ぎ、流れる睫毛に縁取られた黒曜石のような目がぼんやりと天井を眺めた。

「っ……エース!」

声を上げればエースは視線をさ迷わせて、おれに焦点を結んだ。

「ナマエ……?」

掠れた小さな声。エースの声が聴こえたことに、感動と安堵をごちゃ混ぜにしながら、思わず柔らかな髪に手を沿わせた。

「よかった、本当に……お前が無事で」

言って、頭を撫でる手は止めない。エースは少しぼんやりとおれを眺め、何か決意したようにおれの目をしっかり見た。

「なァ、ナマエ」
「ん、どうした?エース」

まるで熱に浮かされたように潤んだ瞳で、おれの服を掴んだエースは、とびきりの爆弾を投下してくれやがった。

「おれも、おれもな、その…………あ、愛してる……」

全おれが狂喜乱舞して、つい真顔になった。腹の底から叫びたい。
絶叫衝動を抑えるため、服を掴むエースの指と自分のを絡め、いじらしい唇を塞いだ。

「なっ……!……お前、い、今、何、え!?は!?」

離れてやれば、熟れた林檎のように真っ赤になって驚愕するエース。可愛すぎるお前が悪い。

「可愛いなァ、エース。世界で一番愛してる」

耳が熱いのなんて知ったことか。そしてもう1回などとエースがねだるのだが、これは恐らく、いや確実におれを殺しにかかっている。


それから1年後、無事にサッチ死亡を回避して戦争も回避できたおれは、エースをイメージして買ったファイヤーオパールの指輪片手に、一生幸せにするからずっと一緒にいてくれと、エースに叫んだ。
あれから変わらず「うるせェ、バカ!」と言われていたし今も言われたが、ちゃんと受け取ってくれたあたり、エースはおれを愛してくれてる。


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