※受主
※サカズキの生い立ち捏造
※サッチ救済、戦争回避



おれは、というかおれ達は、決して“いい”と言える環境で育ったわけではない。

例えば、山に不法投棄していいなんてのは暗黙の了解で、島全体が貧乏だったから盗みも横行してたし、親が子供を売って金にするなんてことも稀じゃない。そしておれも、その一人だった。
おれには父親がいなくて、でも母さんと二人きりでなんとか生活してきていた。けど、いつの間にか母さんからは笑顔が消えて痩せこけて、おれを見る目が酷く澱んできて。おれが母さんの変化にやっと気付いた3日後に、呆気なく売られた。あの時の、大金がつまった重そうな袋を手にした母さんの顔。にたりと、知らない他人の顔が気持ち悪く歪んだ光景が頭から離れない。
船に乗せられて、おれはどこそこの変態貴族に売りつけるなどと騒ぐ男達を横目に、舌噛んで死ぬかと思ったりした。そうしなかったのは、死ぬだけの度胸がおれになかったせい。だから、大嵐に巻き込まれて難破して、元居たこの島に奇跡的にも漂着した時は、心底安堵した。
それからは山に逃げ込んで、おれはそこで、“正義”と書かれた薄汚れた帽子を被った目つきの悪い少年と遭遇した。

「……何じゃァ」

目つきこわいなぁ、傷だらけだなぁ、独特な喋り方をするなぁ。ぐるぐると思考を巡らせ、ぽかんと見上げるだけのおれを、身の丈の3倍はある熊を担いだ少年がじろりと見下ろした。
これが、非力なおれと屈強なサカズキとの出会い。

生きていく術を持たず知らずだったおれは、とりあえず目の前の少年について行くことに決めた。こいつがいるならおれ死なない、そう、直感的に閃いたのだ。
何も言わずにじぃっと見上げるだけのおれに首を傾げ、少年は歩きだした。おれはそれについて行く。熊をずぅるずぅると引きずり歩く少年に、おれは無言&小走りでついて行く。
途中何度か振り向いて「何じゃァ」と聞くのだけれど、おれは少年を見つめるだけ。さすがにうんざりした表情をされた時に「おれ、ナマエっていうんだ」と自己紹介。怪訝な顔を見せたあと、少年はサカズキと名乗った。おれはにっこりと笑いかけて、やっぱり無言でついて行く。相手が折れるまでつきまとう、そう決意して。

山頂付近の粗末な山小屋。そこがサカズキの根城だった。サカズキは、壊れた玄関扉の横に熊を放って中に入る。おれはというと、放られた熊の傍に座り込んで毛皮をもふぅと堪能し始める。
サカズキは何も言わなかった。けど、夜が深くなり始めた時、渋々といったしかめっ面で小屋の中に入れてくれた。おれの勝ち。

「母さんに売られたんだ。船が嵐にあって壊れた。運良くこの島に漂着した。どうやって生きたらいいのかわからないから、サカズキについて来た」

昨日汲んで来たらしい湧き水を、手作りらしい不恰好な木のコップに注がれて出されたので、ありがたくいただく。喉を潤し簡単に言うと、鋭い目つきがほんのちょっとだけ和らいだ。
曰く、サカズキも親に売られた身と。奴隷商人と親を殴り飛ばして逃げた先がこの山で、かれこれもう5年になると。

「生き方なら教えちゃるけぇ……さっさと自立せぇ」

目を逸らして言われた言葉に、おれはにっこりと笑い返した。

そして過ぎていく時間。サカズキとの生活はあっという間だった。サカズキの身の回りの世話を引き受けたおれは、水汲みやサカズキについて回るおかげで体力がついた。山道を走り回ったおかげでバランス感覚や俊敏性が身についた。獣を仕留める日々を送ったおかげで、気配に敏感になり、命を奪うことの重さを知って食事のありがたみを知った。

楽しい、なんて思うようになって3年。島を海賊が襲った。
おれの住んでいた町が燃えている。怨嗟の声、痛みの悲鳴、理不尽に対する呻きが聞こえる。山を下りなきゃよかった。おれは耳を塞ぐ。どうしてか、母さんの声に聞こえるんだ、全部。
さっさと自立しろと言った割には、おれを随分と懐に入れてくれたサカズキは、わけのわからない恐怖に震えるおれを抱き寄せて大丈夫だと背を擦ってくれる。

「この島が貧しいんは、あいつら海の屑のせいじゃ。わしが売られたんは、あいつらのせいじゃ。……安心せぇ、ナマエ。もうすぐ海軍が来る」

そう言うサカズキを見上げると、獰猛に笑っていた。おれが見たことのない表情。
到着した海軍によって、海賊は意図も簡単に捩じ伏せられた。島の人間も巻き込まれて、でも巻き込まれなかった他人は、海軍に深くお礼をしていた。
海軍の中に一人、正義と大きく書かれたコートを羽織った人がいた。サカズキを見る。サカズキは、そのコートの文字を目で追って、さっきよりは薄い、けどやっぱり獰猛な笑顔で海軍を見送った。

――――――――――

「……い……おいナマエ!」
「……!……?」

自分の名前が呼ばれた気がして飛び起きた。
目の前には泣いたからであろう充血の目のくせに、満面の笑みなマルコがいた。

「サッチが目ぇ覚ましたんだよい!」

サッチ。サッチ?ああ、サッチ。……え。

「本当か!?」
「ああ!」

マルコの言葉に身体中の力がすとんと抜けた。「よかった」、魂のないような響きのか細い声が安堵している。ああ、おれか。

随分と長い間、サカズキと山で生活した。夕飯のために兎を追いかけていたとある日、おれは海賊に拐かされた。足を伸ばしすぎたんだ、ここは麓付近だ。気付くも遅く、あっという間に海の上。奴隷として売り飛ばされる筈が何故か海賊のお頭に気に入られ、物理的な暴力や精神的な暴力、性的な暴力何でもござれな状態で、彼らに飼われた。
最初の頃はサカズキに助けを求めた。来ない、わかってた。次に縋ったのは海軍。来ない、わかってた。おれは諦めた。日々を脱け殻のようになって、与えられる痛みと気持ち悪い快楽に喘ぐだけ。

救ってくれたのはサカズキでも海軍でもなく、おれを壊したのと同じ、海賊だった。
商船を襲ったらしいおれを拐った海賊は、白ひげという海賊に海の藻屑にされた。
戦利品を漁るついでにおれを拾ったのが、攻め込んで来たマルコとサッチだった。
助けてくれたというのに、威嚇する子猫の如く警戒心剥き出しだったおれを、白ひげの“家族”はゆっくりと融かすようにして、おれを“おれ”に戻してくれた。
恩返しをしたくて、おれはオヤジの家族になった。

沢山の新しい世界を見て、サカズキと一緒にいた時以来の“楽しい”を感じて、おれが白ひげ海賊団であるのに誇りを感じることが当たり前となって、家族が増えて。
そんなある日、サッチが。おれが一度めの命拾いをしたあの日のような大嵐の夜に、喉が渇いたから何か飲もうと食堂に行く途中。サッチの部屋から物音がして、薄く開いた扉から何の気はなしに覗いて。
親友の筈のティーチがサッチをめった刺しにしている光景に、幻覚かと疑った。そうしたらティーチはおれに気付いて、おれすらも。
錯乱して、無我夢中で手当たり次第に物を投げて、気が付いたらおれは医務室で手当てを受けていた。
サッチは意識不明の重体だった。

マルコとともに医務室へ向かいながら、心底思う。あの時通りすがって本当によかった。

――――――――――

完治したサッチが無事悪魔の実を食べ、ティーチはちょっとした“お仕置き”をされて、白ひげ海賊団の船から降ろされた。
昨日はサッチの完治祝いで宴をして、今日は偵察済みの島に寄って物資の調達。ゆっくりと近付いてくる島を眺めながら、自由行動ではどうするか考える。

「なあ、ナマエ!お前も一緒に行こうぜ!」

サッチと肩を組んだエースが元気におれを呼ぶ。あいつの笑顔はいつも眩しい。

「いや、今日は一人で散歩したい気分だ。ごめんな、お前らだけで楽しんでくれ」

にっこりと笑って返せば、少しつまらなそうに唇を尖らせて「何だ、そっか。気ぃ付けろよ」と言って別の誰かを誘いに行った。
おれはありがとうとその背に声をかけて、また島の方を見た。

上陸してしばらく、あてもなくぶらぶらと歩き回っていた。街を抜け、森へと分け入り、山を登る。この、山にいる感じが懐かしい。サカズキと暮らしていた日々を思い出す。
ざかざかと獣道を辿って、出たのは崖。そこは花畑で、目の前には見慣れた海が広がっていた。
その場に腰をおろして、ぼんやりと眺める。聞き慣れた潮騒と、心地好い涼やかな風と、安らぐ花の甘い香り。目を閉じて、ここにサカズキがいたらなぁと思う。

あいつはやっぱり、海軍にいた。今では大将赤犬なんて通り名まである。きっと見つかったら、問答無用で殺されるんだろうな。あいつは相当、海賊が嫌いだっただから。
たまにふと思う。おれの隣に、まだサカズキがいたら。まだあの島のあの山にいたのかな。おれはサカズキと一緒に海軍に入ったかな。白ひげを敵とする方にいて、おれはサカズキのように海賊を憎んで海を見るのかな。
おれは、サカズキの隣にいるのが好きだった。

「……サカズキ」
「何じゃァ」
「!!!?」

聞こえる筈のない声に、心臓が高く跳ねた。目を見開いて勢いよく振り向けば、そこにはサカズキがいた。スーツじゃない、帽子がない、コートがない。シンプルな私服姿のサカズキが、不機嫌そうに目を細めておれを見下ろしている。
おれは沢山言いたいことが溢れて、何だか目頭が熱くて、でも一番最初に動いたのは口元だった。

「やっぱり、目つき悪いなぁ」

頬が冷たくて、でもおれはにっこりと笑う。
サカズキは眉間に亀裂を走らせて、大きな手を拳に変えた。

「……何故、海賊なんぞになりおったんじゃァ」

拳が煮え滾るマグマに変化した。ぽたりと落ちた雫が、サカズキの足元の花を殺す。
違うよ、最初はなるつもりなんてなかったんだ。生きていくために、仕方なくあそこにいるんだ。そう嘘をつけばいいだけなのに、おれはにっこりと笑ったまま、じっとサカズキを見上げるだけ。
だって一瞬、今自分の周りに在る幸せ全部を忘れて、サカズキに殺されるならいいかなぁなんて思ったんだ。

サカズキはやっぱり不機嫌顔で、小さく舌打ちをした。拳は無骨な手に戻った。

「わしの言う通りにしとりゃァ、余計な苦労はせんかった」

兎を追っていたあの日、サカズキには深追いしすぎて山を下りるなよと忠告されていた。昼過ぎに奴隷商人と海賊が一緒に船で来たのを見たからと。
忠告を忘れたおれは、案の定捕まって、今に至る。
言葉を落としたサカズキの目が、凄く寂しそうに見えて。ごめんな、そう言おうとした時、目の前に綺麗な蒼炎が舞った。

「ナマエ、無事かよい」

おれをサカズキから隠すように立ちはだかるマルコ。
今は何もしないと鼻で笑う低い声に、ちりと蒼い火の粉が散る。

「貴様らは、海の上で殺すと決めちょる」
「そうかい」

一触即発、マルコはおれを横目で見て、背にしがみつけと小声で言う。飛んで逃げるらしい。
恩あるマルコを死なせたくないので言う通りにすると、次の瞬間おれは蒼い鳥の背の上で空を目指していた。
振り落とされないように掴まりながらサカズキを見る。振り向いて見えたその顔は。

「いつかそこからさらっちゃるけぇのォ、覚悟せェ」

あの日の、獰猛な笑顔だった。


その後、慌ただしく出港した白ひげ海賊団は、海軍に追われることなく無事に進んでいる。ぎりぎり物資の調達は済んでいたのが救いだ。
追っ手がないのは多分、サカズキの服装から察するに非番だったんじゃなかろうか。着替えて軍艦を呼んで乗り込んでなんて悠長にやってたら、おれ達は遠くに逃げ仰せてしまえる。次の機会を狙ったんだろう。
色々と声をかけてくれる家族達と会話して夕方頃、落ち着いた今日の騒動を反芻する。
あのマグマのように真っ赤な海を眺めて思う。まるで、幼い日のトラウマを塗り潰すかのように脳裏に焼きついて離れない言動。
海から目を離して甲板を見渡す。みんな思い思いの状態で、きっと船内も同じ感じだろう。もう一度、目線を海に戻す。夕陽が水平線に飲み込まれていくのがよく見える。

ずっと、この場所にいることを平和と思い、幸せだと思ってきた。
でもおれは、こうしてぼうっと、いつか来る“迎え”を期待しながら待ってしまうくらいには、サカズキの方を愛しているんだ。

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