気配も影もないある部屋に、しかし違和感だけが感じられた。
だからこそ、というべきか。当然ながら、というべきか…部屋の主、ドンキホーテ・ドフラミンゴはその口に悪どい笑みを浮かべなからもその部屋に続く扉を蹴り開けた。
「乱暴は良くないよ、ドフラミンゴ」
「フフフ…勝手に部屋に入る方が良くないことじゃねぇのか、ナマエ」
「おやそれもそうか…すまないね」
悪びれもなくいっそ堂々と部屋の奥、窓辺に腰掛け部屋に入って来たドフラミンゴを見たナマエの背後には大きな満月が輝いていた。
「久し振りに会いに来た…っていうのに何もないのかな」
「何かして欲しかったとは知らなかったな」
口元に手をおきながらドフラミンゴに視線をやるナマエに答えるように窓辺の近くにあるベッドへと腰掛けたままドフラミンゴは笑い、答えた。
ナマエがドフラミンゴの前に現れるのはいつも突然だ。気が付けば窓辺に座り意味もなく会話をしたかと思えば何も残さず消える。
二人の会話に意味もなくただ言葉遊びを続けるように言葉を紡ぐ。
意味も理由も意義も価値も犠牲も根拠も本音も理解も知識も架空も信念も正義も悪も
この場では何も必要なかった。
数分、数時間、どれ程の時間かは分からないがふと会話が切れたその時に思い出したようにナマエへの質問を口にする。それも勿論いつも通り。
「今日はなにが嘘だ?」
ドフラミンゴがそう聞けば、何よりも綺麗な笑顔でナマエは答える。
「何から何までぜーんぶ嘘!」
それまで見せていた雰囲気を壊してナマエは笑う。
こどもの様に無邪気な笑顔で、嬉しそうに転がる声で、高らかにそう言ったナマエ。開け放された窓から見える夜空に背中を預けるように背中を後ろに仰け反らせれそのまま窓の外へと背中から落ちていく。ナマエの体が外へと落ちていくのを静かに見たまま、ドフラミンゴは立ち上がる。ナマエがいたその場所へと足を運び、ナマエが落ちたであろう下を覗いても誰もいない。ほんの少し前までそこに座っていた体温を残しているはずの窓辺に触れても何も熱は残っておらず、それまでは二人の声が響いていた部屋の中にはドフラミンゴがひとり静かにいるだけ。
気配も空気も存在も温度も何も残さず毎回消えるナマエのそれはそれこそまるで嘘のようで。
ただひとつ残っていたのはナマエの背中越しに見えていた大きな満月だけだろうか。
いつも通り突然現れ、いつも通り突然消えるナマエのそれもいつものことで
「フフフ…次に会うのは何時だろうなぁ…」
残されたドフラミンゴが窓を開けたままベッドへと沈むのも、勿論、いつも通りなのである。