本当の地獄絵図はここにあったんだ。
眼下に広がる凄惨な光景に、ほうっと溜め息が零れ落ちる。
その中で一等異色の色を宿している伝説の怪物が一人。
頭部の半分をなくしてもなお戦いに身を投じる姿には畏怖すら感じるけれど、これから彼の身に起きるだろう事を考えると恐れも何も無くなっていく。
だけれど餌を前にしてお預け状態なおれにはあまり興味を引かれるような事ではないから、おれは投げ出した足をぶらぶらと動かして退屈を紛らわしていた。
後ろに立っている黒ひげさんに何か言われるけれど、聞き取れなくて振り返って、何か?と問うたその時、漸くおれと黒ひげさん達の存在に気がついた海兵達の驚きに満ちた声がこちらに向いた。
ああ、それで何でした?黒ひげさん。そう改めて後ろを振り向いて首を傾げるけれど、どうでもいい事だったらしく彼は集まった注目に全身を使って答えているところだった。
なら話し掛けないでくださいね。と呆れて口をついて出てしまった言葉は、黒ひげさんではなく隣でおれと同様に足を投げだして座っているハットの人に届いてしまい、ホホホ!!と他人事のように笑われた。
ご自分の船長に対するフォローを一切入れないところがなんとも好印象だね。好きだよそういうの。
クスリと笑いを一つ零せば、ふと名前を呼ばれた気がして空耳か?と首を傾げてしまう。
こてん、ともう一度首を反対に傾げたところで、ようやっとああ眼下のそれらだということに気がついた。

「それに悪鬼のナマエだ!!」
「…あれ。おれの事知ってるんだ。」
「ホホホ!!知らない方が可笑しいでしょう。貴方は世界最悪の犯罪者の一人なんですから。」

へえ。知らなかった。
なら、あの人にもおれが世界最悪の犯罪者だって事、伝わっているのかな。そうなら、いいな。
黒ひげさん達が煩いくらいの大きな声で元帥となんだか話してるみたいだけれど、そんなの全然気にする暇なんてありはしない。
だって今、このマリンフォードにはあの人がいるんだ。
すぐにでも飛び込んで行きたいけれど、それはできない。
黒ひげさんが言っていたそれが始まるまでは、仕方なく大人しくじっとしていないといけないから。なんて退屈なんだろう。
今のこの状態は生殺しって言葉が一番しっくりくる。
駆けていけばすぐに捕まえられる距離にいるのにそれができないんだから。やだなあ生殺し。

「うわ。あぶな。」

突然の強い衝撃に流石に驚く。
轟音と共に壊される建物から飛び降りると、黒ひげさん達より随分離れたところに降りてしまった。だめだ高く跳びすぎた。
やっぱり久々に体を動かすからまだ感覚がおねむみたいだな。
ぼんやりとそう考えて見やったその先では、向こう岸にいる黒ひげさんが白ひげに肩を切られていた。うわあ痛そう。
血がどくどくと出血しているけれど、黒ひげさん死ぬんじゃないかなあー…。あ。
白ひげによって地に沈められた黒ひげさんは、果たして生きているのか死んでいるのかと自問自答しそうになったけれど、全然元気そうだった。
よく生きてるなあ。きっと黒ひげさんは悪運が並の人より強いのだろうと思う。
ではなかったら、変わった人なんだ。断定しておこう。
そう心の内でまとめた途端、ヒュンッと頬を掠めていく音に、はたっと我に返った。

「そうだった。どうしよう…。」

着地点を図り間違えたんだった。ああ、黒ひげさんに怒られるかな。おれはショーを手伝わないといけないのに。
ああ、でも。白ひげを殺すのには協力できなくても、ショーが始まるまでに黒ひげさん達と合流できていればいいかな。
そう結論付けたところで、おれの頬に赤い線をつけてくれた海兵を愛刀で斬り伏せた。

「あ。でも。」

くるりと刀を操って取り敢えず生きている海兵を一人二人と切り倒していく。
果敢にも斬りかかってきた大柄な海兵の腹を斬って、その体をよいしょと支えて盾にしながら、うーんと顎に手を当てて考える。
高い所から跳ぶわけではないから、移動するのに面倒な地面の割れた向こう側になんてわざわざ行きたくない。行けるかどうかと問われれば行けないこともないけれど。
だって、こっち側にはあの人がいるんだ。
ずっと会いたかった、あの人が。
もう無理。我慢の限界。お犬様ではないから待てなんてできないよ。
ごめんなさい黒ひげさん。お詫びに海兵をたくさん殺しておくから。

「許してね。」

白ひげを殺し終えた黒ひげさんにぱちこーんとウインクを飛ばした。
お役に立てない代わりに、うんとたくさん殺戮するからさ。





凍ってしまった海の上をただただひた走る。
邪魔なモノを斬り伏せながら、苛立たしくも目の前に立ちふさがれた時には胴体を横一線に真っ二つにしながら。
次第に近くなっていく冷え切った冷気に、緩む口元が抑えられない。
本当は身嗜みももう少し気にしたかったけれど、戦争の真っ只中だからそれは難しかった。
せめてみっともなくないようにと思って、返り血を浴びないようにと気を付けたけれど。
これから好きな人に会うのだから、格好いいおれをその目に映してほしい。それからできることなら脳裏にも焼き付けてほしいな。
漸く正義を背負うその後ろ姿をこの目に捉えた時には、意識しない内に笑みを満面に湛えていた。

「クザンさんっ!」
「ナマエ…!?」

目をこれでもかと大きく見開いてその目におれを映してくれるクザンさんがこんなにも愛おしい。
冷たいだろうという事は承知で氷人間たるクザンさんの体に抱き付こうとすれば、クザンさんに思い切り避けられてしまった。
ああ、残念。口端を一舐めしてクザンさんのおれへの対応に目を細めれば、クザンさんは鋭い眼差しでおれを射抜いた。
元々心は撃ち抜かれているけれど、そんな目で見られたら、おれ、ヒートアップしてしまいそうですよクザンさん。

「いつの間に黒ひげの仲間になったの。ナマエ。」
「なってませんよ。地獄から助け出してもらっただけです。」

ふわりと笑みを浮かべて、手に持つ愛刀を一振りする。
刀を扱う腕は鈍ってはいなかったようで、綺麗に周りに居た海賊や海兵達はスパッと斬れた。
また邪魔者が来るかもしれないけれど、これでおれと貴方しかいませんよ。クザンさん。

「貴方に会う為に、インペルダウンより脱獄して参りました。」
「あららら…相変わらず執着心ハンパねェのな、お前さんは。」
「それはそうですよ、」

だって、好きなんですから。
赤く染まる頬を片手で押さえながら、ちらりとクザンさんへと視線を向けると氷の剣を手にしたクザンさんが間近に接近していた。
ああ、嬉しい。クザンさんがおれに刃を向けてくれてる。おれだけに。
刀に覇気を纏わせて、クザンさんの刃を喜んで受け止めて力に従ってそれを往なす。
離れた瞬間すぐに間合いを詰めて懐に体を滑り込ませた。

「ねえ、クザンさん。おれの想いに答えてくださりませんか?」
「答えれるわけ無いでしょうよ。海兵と海賊なんだから。」
「だ め で す。」

脚払いをして愛しい氷の体を押し倒す。抜け出されないようにと覇気を纏わせたままの愛刀をその肩に貫通させて足場となっている氷に突き立てた。
うぐっと声を抑えて傷口から血を流すクザンさんを見下ろす。

「クザンさんの手で捕まえられたあの時が、酷く忘れられないんです。海賊やっててよかったと心の底から思いました。」
「いやいや、そこで更正してくれたらこっちとしてはすげェ嬉しいんだけどね?」
「…?何を改める必要があるんです?」
「はぁー…。」

長く溜め息を吐くその姿に見入っていれば、素早く愛刀を肩から抜かれて蹴り飛ばされる。痛た…。
うーん。やっぱりクザンさんはなかなか捕まえられないな。
急所に入ったのか痛む腹を撫でながら刀を支えにして立ち上がる。
パキパキと能力で体半分を氷で覆った準備万端なクザンさんが素早く移動しておれの眼前にまで来ていた。
それを両手を広げて迎えると、おれの体は悲鳴を上げながら凍り付いていく。
だけれど構わずにクザンさんの冷たい瞳を見詰めて笑顔を向けた。

「…クザンさん。おれの想いに答えてください。」
「ナマエ。ここ戦場って事忘れてない?」
「忘れてないですよ。再会した場所が運良く戦場だっただけです。」

もう体がもちそうにないなあと感じて、離してください死んでしまいますと言えば、じゃあ死んでくれたら嬉しいなとクザンさんはへらりと笑った。
どうやらクザンさんはおれの頭の中もフリーズさせる気みたいだ。
え。クザンさんの手で昇天なんて何それ凄くおいしいのですけどどうしよう。
クザンさんにおれの想いに答えてほしいし…でもクザンさんの手に掛かるなんて素敵。

「あー…どうしましょう。究極の選択です…。」
「え、そんな悩むモン?」
「はい。かなり。」

あ。このままでいたらおれ死ぬかも。
冷たくなっていくのを体で感じながら、今おれを死に追いやってるのはクザンさんの能力なんだあ…と嬉しく思うも、でも想いに答えてほしいなあとどうしたものかと呑気に考えていると、突然の衝撃と共に急に足場があり得ないくらいに傾いた。
何があったのかはすぐに分かった。黒ひげさんがショーに成功したんだ。よかったですね。
という事はおれはグラグラの実の能力に助けられたのか、離れていったクザンさんを遠くに見付けてそれを納得する。

「まァそこで戦争が終わるのを待ってなさいや。殺してやるから。」

そう言ってクザンさんは海へと逃げる海賊達を追いに行ってしまった。
残念。この体では追いかけるのは無理みたいだ。
ばいばいクザンさんと呟いて、よっこいしょと凍り付いた体を叱咤してどうにか立ち上がる。
クザンさんはどっか行ってしまったし、おれは満足に動けない状態だし、ここはおいとましようかな。
どこかから湧いてきた取るに足りない海兵達諸共凍った海面に剣撃をぶつけて大穴を開けた。
随分下の方まで凍らせたのか海面の位置はかなり下だったけれどおれはその穴に身を投じた。
いつかまた会えますように。
その時は、おれの事を好きになってもらおう。
海兵と海賊の恋を認めさせるんだ。
一体、どんな顔をするかな。
クザンさんは、本当はおれの事が好きなんですよ。って教えてあげたら。

わかってないのは貴方だけ。

: NOVEL : TOP :
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -