※病み系、グロ表現注意


僕は片想い歴十年選手だ。おつるママに拾われて入隊した海軍で、僕はずっと彼だけを見続けてる

彼を見ると、声を聞くと、話しかけられると、どうしようもなく切ないながら幸せを感じられるから。それだけかと問われるとそうだとしか言えないけれど、それで十分過ぎるじゃないかと強気にもなれる。第一相手を好きになる理由なんて、そんな具体的な必要は全くないよ
巨人族よりは確かに小さいけれど、自分よりは見上げる首が痛みを覚える程に大きな体。全てを凍てつかせる氷人間の、その背中を見ながらも懐く僕の頭を撫でる手はとても優しいしそんな僕を膝枕係りだとかいいながらそばにいさせてくれる
強いくせっ毛を梳くように撫でるのが好きで、好きだなぁかっこいいなぁなんておつるママに言わせるとだらしなさすぎて困惑するくらいとろけた顔と声で囁いているらしい。らしい、っていうのは僕は言ってるつもりがなくて発見されて指摘されても自覚できないから
低体温の体を気にして冬になると近づいてくれない彼を追ってハグして寂しいと訴えたのはまだまだ新兵だった二年目。今では冬になると僕をモコモコにしてそばにおいてくれるくらいに仲も良くなった

想いが恋と気付くキッカケなんて簡単で、そして醜く仄暗い。単純な話だ。嫉妬。ただそれだけのこと
おつるママに相談したら驚いたあと気づいてなかったのかと可哀想みたいに僕の頭を撫でて、大丈夫かいと聞いた。だから僕はこれはなんとなく隠さないといけないかなって思ってたんだ

「熱、何度よ。」
「・・・よんじゅ・・・う?」

電子音で知らせてくれた体温計をとった彼はため息をついてから僕の額に触る。遠征でいないおつるママに頼まれたのかな?僕は恥ずかしくて情けなくて嬉しくて混乱してしまったけど、彼は冷た気持ちい手で汗ばむ僕の着替えをしてくれながら慰めるように優しくしてくれた

「おつるさんはすぐ帰ってくるからな。」
「う、ん・・・せんぱい、」
「ん?」

そして一生押し込め耐えるはずだったコイゴコロというやつは、熱に浮かされ弱った僕の抵抗など無視してほろほろと崩れるように吐き出てしまった。強張った彼の手が、身に宿る悪魔の制御を忘れてしまったみたいに僕の髪に霜をおろさせる

「す、きっ、です・・・っ、は、クザンせんぱい、ぼく、クザンせんぱいがせかいでいちばん、だいすきで、すっ、」
「おれもスキだよ。ちゃんと、・・・な。」
「ほ、んと?わぁ・・・うれ、し、い、」

だからもう寝なさいや。高熱に魘される僕の頭を優しく撫でる手はひんやりと、心地良く僕の意識を沈めた。この瞬間が幸福で、ターニングポイントだったみたい

彼は僕を避けはじめた。折角なれた彼の直属からおつるママの直属に戻され、当然昼も夜も共に食事をとることなど叶わずに廊下ですれ違うこともなくなった
正確には向こうが逃げるから会えないだけ。僕は一目見たくて女々しくも徘徊したりしたけど、僕が一、二回一緒にお昼を食べて僕を好きだって言った女海兵さんにカウンセリングを勧められてそれが異常だと知った

「僕のコレは、気持ち悪いのか。」

男同士は普通じゃないらしい。いつか見た薬の中毒者みたいになった顔を鏡に映して、僕はそれから何度も何度だって繰り返した
洗脳するには目を見て話せというから、根付いた想いを否定して自分を否定するために一日何時間も鏡を見続ける。おつるママにはすごく心配されたけど異常な自分が申し訳なさすぎて顔を合わせられなかった。おつるママにまで避けられたら、僕はもう生きていけないから

「僕のコレは気持ち悪い。僕のコレは普通じゃない。僕のコレは気の迷い。僕のコレは異常。僕のコレは迷惑。僕のコレは不条理。僕のコレは廃棄物。」

目の隈は悪化するばかりで、髪には白髪がみえる。食事も睡眠も欲しなくなった体に気づかなかったのは、血眼で彼を探していたからだ。どんなに頑張っても、僕はやっぱり彼が好きだと思い知らされるばかりで気が狂いそうだった
おつるママは不器用な子たちだって僕を彼に会わせようとしてくれたけど、僕はこのままじゃとてもじゃないけど会えないし彼も急な遠征に出ることになって、結局おつるママが仲介してくれても彼には会えなくて自分も嫌がったくせに体中にヒビがはいったみたいに何もできなくなってしまった

会いたい。会ってどうするの?海楼石の錠で捕まえて、怯えられたって睨まれたって彼が諦めてくれるまで愛を伝えたい。でもそんなこと人の道から外れすぎていて、当然してはならないと背負う正義が叫んで止める
進めず後ろを見るばかりの僕は、鏡に触れながら緩やかに首を傾げて映る不思議な僕を見つめた

「嗤わないでよ、君は、僕じゃないか。」

ピシッと鏡が鳴いて、それは僕の正義が泣く音に重なる。鏡の中の僕は、僕を嘲笑い鏡に触れる僕の手にその手を重ねた
より深くなったヒビに、どろりと鏡の僕の手が赤に濡れていく。痛そうだなと、僕はぼんやりそれを見た

「自分に嘘ついてぼろ布になって、彼の幸せはいつか僕に見つからない場所で完成されるんだ。・・・いいよ、それで。いいのか?その時に崩れるのは背負う正義だけじゃない。きっと、僕自身の良心だ。いつか悪に成り下がるなら、今成ってしまえばいいだろう?」

それもそうか。妙に納得したのは僕の言葉だからか、おつるママのいうとおりコンランしていてフアンテイだからか
わからない。何もわからないのに、彼に僕の苦しみをわかってほしくて愛がほしくて、まるで取り憑かれたかのように頭が冴え渡っていた

「好き、好きですクザン先輩。あなたが、僕は好きなんだ。」

僕を落ち着かせるために吐いた嘘がなければ、僕はこんなに苦しまなかったのに。そう自分が狂っている事実を無視して彼のせいにした僕を、割れた鏡から何人もの僕が嗤って見ていた

世界の壊れる音はこれで二回目。ヒビを直してくれてた接着剤はクザン先輩への想いだったらしくて、純粋なそれがなくなった僕はざらざらと流れていくコイゴコロをかき集めることすらできなかった



君が唱えた許容



「クザン先輩。オハナシ、しましょうよ。」
「ナマエ・・・」
「いいでしょう?先輩。」

シャワールームから出てきたクザン先輩はタオルを肩にかけたまま固まり、戸惑いながら僕をみる。油断、していたのだろうか。手首にかかった錠に、かくんと膝から力が抜けた
僕はにっこりと笑って、クザン先輩に触れて、そして振り払われる。なんでか傷ついたようなクザン先輩は僕から目をそらしたけど、悲しくも苦しくもないのは割れた鏡と一緒にそれらを僕が棄てたからだ

「先輩がいけないんですよ?先輩が、好きだなんてウソをつくから。」
「おれは嘘なんて、いや、まず落ち着こう。な?よく、話し合おう。」

後退さりをする彼は壁に背を預け可愛らしく小首を傾げる。ポタポタと毛先から落ちる水滴は僕の中での幸せな思い出では毎晩のようにお泊まりしていた僕が拭えていたのに、今はそれができない
僕は同じ様に首を傾げ、ウソはよくないとナイフをくるりとまわした。海楼石でできたそれに、彼はごくりと喉仏を上下させて僕を呼ぶ
話し合ってくれるなら、僕を遠ざけて拒絶する必要なんでないじゃないか。だから、クザン先輩は、大嘘付きだ

「ウソついたら舌を引っこ抜かれちゃうんですよ。」
「ナマエっ!うぐっ、」

噛まれたって痛みなんて感じないのだと、気づいたらしいクザン先輩は口に突っ込んだ僕の手をもごもご甘噛みする
構わず相変わらず体温の低い体に触れながらクザン先輩の舌を引きずり出した僕は、口の中に潜らせたナイフでなるだけ根元のほうを傷つけながら思い切りただの肉になる予定の舌を引っ張った

「ぐっ、ぐ、う゛っ、ん゛〜!ンん゛ーー!!」
「指切り拳万嘘ついたら針千本飲ーます。って、歌・・・知りませんか?」

ぼとぼとと落ちる血溜まりに引きちぎった舌を落とした僕を、クザン先輩は信じられないものを見る目で見上げる
僕はしっかりと両手首に錠をして、その手を床に押し付けた。目を見開き暴れるクザン先輩は、力の入らない巨体を揺らしバツンと断たれて跳ね転がる自分の指を目で追う
荒い息遣いで必死に何かを訴えてくる姿に首を傾げた僕。そのまま拳を握った僕に、指の足らない手で壁を作り甘ったるそうで宝石みたいにキラキラ潤む目を向けるんだから、クザン先輩はつくづくひどい。好きすぎて、頭の中がとろとろになってしまいそうだ

「・・・泣きたいのは、叫びたいのは、あんなヒドいウソをつかれた僕なんですよ。」
「ナマエっ、誤解だから!誤解なんだ聞きなさいや!!」

イマイチ何を言っているのかわからないけど、僕はもう止まらないんだクザン先輩。こんなにまだまだ大好きなのに、どんな悪党相手でも感じなかった憎しみを抱いてる。汚いな、汚いよ、僕の好きはつまり汚いものでもあるのか

「誰が嘘だなんてっ、おれぁお前のためを思って!熱に浮かされた一時のもんだとっ、」

舌がないから言葉がふにゃふにゃ。泣いて訴えるクザン先輩は僕の拳に突っ伏して、途切れ途切れに何かを言う。僕は全部まるっとすっかり無視をして、皮膚が切れて筋どころか骨にヒビがはいってそうなくらい傷ついた手で針をつかんだ。やっぱり丈夫さが違いすぎて、クザン先輩より僕の手が不能になりそうで少し笑えた

「今までの好きとっ、全然違うもんだったから・・・!本当に気の迷いだとッ、」

よくわからないことをまだ言い続けるので、悲しくなりすぎてわんわん泣いた。バラバラと針が二人の上に落ちて、手に刺さる残りをクザン先輩は優しく抜いてくれる
そんな優しさが好きなのに、胸は痛いばかりで憎しみが募って自分が嫌いになっていくんだ。もう、こんな自分が世界で一番大嫌い

「・・・んで、かなぁ、」

落ちた針を数本、それは僕サイズの人間用だから彼が持つと冗談みたいに小さくて可愛らしい。でも、針は針。魚の骨みたいに砕けないし消化も多分されないんじゃないかな
それなのに、数本の針を丸呑みしてくれた彼はやめてと口にした僕の腕を落ち着けといわんばかりにつかんでくる。僕は力の抜けかけるクザン先輩の体が出血のせいかガタガタ震えているのに気づいて、虚ろにさ迷う目に誰か僕を止めてと喚きたい気分になった

クザン先輩は僕を真正面から見つめた。ごほっと、血を吐いたクザン先輩は本当にぎこちなく歪に笑う。真っ赤に染まる僕とクザン先輩は数秒の沈黙の間じっと見つめ合っていた

「だから、おれも好きだっつってんでしょうや。」
「・・・な、に?」
「伝わんねェのな・・・あーあ、もう、ひっでェなァ・・・」

ぷるぷるぷると電伝虫が鳴る。そういえばずっと鳴ってたようなと音の方へ向いた僕は、玄関を蹴破ったおつるママ以下その部下さんたちに目を瞬かせなぜだかとてもほっとしたんだ

「っ・・・、バカな子だよ、まったく・・・!」
「ごめんなさい・・・」
「抵抗はおよしよ・・・しないだろうけどね。」
「これ、手錠の鍵です。・・・覇気は使っていない、から。本当に、お手数をおかけして・・・申し訳ありません。」

床に伏せさせられ後ろ手に拘束される僕は、手錠を外され冷気と共に治っていくクザン先輩にひどく安堵する。そのまま、のばされる指の生え揃った手を見ながら、何度も何度も謝罪を口にした。もう、好きだなんて言えないから。自分で自分を制御できない人間が誰かを好きになっちゃいけなかったんだ

「・・・避けて、ごめんな。」

噎せて吐き出された針に困ったように頭をかいて、クザン先輩は幸福を味わったあのときのように僕の頭を撫でる。ひんやりとした手に従うように顔を浮かせた僕は頬を撫でるように移動したその手に頭をもたれた
大人しくなった僕をおつるママが形容しがたい顔でみる。部下さんたちは拘束を緩めてはくれないけどクザン先輩を見ることは許してくれたみたい。僕は目に焼き付けるようにクザン先輩を見たまま、優しさに涙をぐっと堪えていた

「ちゃんと話し合おうな。・・・もう逃げねェからさ。」
「クザン、先輩、」
「スキだよ、ナマエ。次はもうちっと、優しく伝えてくれっかな?」
「・・・っ、ごめ、な、さいっ、」

僕が悪いのに泣いてしまう。むせび泣く僕を、おつるママに許可をとったクザン先輩が引き起こしてとっぷり蜜漬けにされように優しく甘く、まるで大事なものを閉じこめるように抱き締めてくれた

「いいいい。許すから。泣くのはもうよしなさいや。」


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