とある野獣の物語
※辛夷さんより/佐かす/童話パロ


昔々、あるところに野獣が住むお城がありました。

野獣は昔、美しきお姫様でしたが、傲慢な性格が祟って魔法使いに醜く恐ろしい牙と角を生やす魔法を掛けられてしまったのです。

魔法使いは彼女に言いました。
「愛することと愛されることを知りなさい。そうすれば元の姿に戻れるわ」
しかしその言葉はお姫様には届きませんでした。

怒り悲しみ、吼え続ける可哀想なお姫様。
美しきお姫様に生えた角と牙を恐れて従者のものは次々と去っていきました。


そして長い時が経ち、美しい薔薇の咲くお姫様だった野獣の住むお城に近付く者はおりません。
何故なら野獣は恐ろしく、人を喰うてしまうと皆が噂するのです。


しかし野獣は寂しくありません。何故なら、いつしか野獣は人を嫌いになったからです。
大きなお城の小さな窓から野獣はいつも人々を眺めていました。
妬み、怒り、すぐに悲しむ。群れでなければ生きていけない弱い人々をいつも野獣は軽蔑していました。
しかし野獣はいつも、窓の外から人々を眺めていました。


ある日野獣が城の庭に咲く薔薇を眺めていると一人の男が一輪の薔薇を盗もうとしているのでした。怒った野獣は懲らしめてやろうと男の前へ姿を現しました。何年ぶりにドアは開きました。


「我が城の薔薇を盗むとは。覚悟は出来ているだろうな?」

自らの醜い牙を、角を、これ見よがしに見せつけるのですが男は野獣の姿を一目見ると怖がるどころか微笑んで野獣に近付いてきました。


「いやぁすみませんね。野生かと思って。あんまりにも綺麗だから奉公先の奥方にプレゼントしてあげようって。あんたがこの城の主サマ?初めまして俺は佐助」
「なっ、」
「実は俺最近この国に来たんだけれど皆は森には入るな、喰われるぞの一点張りでさ。そう言われると気になるのが人間でしょ。人食いとか噂していたけれどなーんだ。角の生えた可愛い女の子じゃん」
「う、あ、寄るな、寄るな、寄るなよ!!」

佐助という男はにこにこしながら野獣の手を掴もうとしました。野獣は驚いて咄嗟に後退りして距離を取りましたが佐助はじりじりと逃げても逃げても寄ってくるのです。
野獣はとうとう城の中へ逃げました。しかし佐助は追ってきます。

広い廊下を翔け、長い螺旋階段を駆け上り、一番奥にある書庫に逃げ込みます。唯一の窓がある部屋です。透明な硝子が行き止まりでした。仕方が無いので薄汚れたカーテンに丸まり隠れましたが佐助はすぐに野獣を見つけました。
カーテンに包まり脅える野獣をそのまま抱きしめ佐助は固い角を撫でます。そして耳元で囁きました。


「ねぇ。俺、アンタに惚れちゃった。結婚してくれよ」
「は、ははぁ!?」
「こんな広い城でひとりぼっちもさみしーでしょ?ね、ね?」

それはあまりにも唐突な愛の言葉でした。佐助は野獣に恋をしてしまったのです。
しかし長い間ひとりぼっちでいた野獣はいつしか「愛」を忘れてしまっていました。
結婚、という言葉に不信感しか沸かず、兎に角恐ろしくて逃げるために自分を抱きしめる腕に齧りつきました。鋭い牙は皮膚を貫き、佐助の赤い血を垂らします。

これでどうだ、ともがきましたが佐助は一向に野獣を放しません。
角に触れる掌が妙に温かく感じました。初めての感覚に脅えて野獣は叫びました。それでも佐助は離しません。
今度は自分の体が温かくなるのを野獣は感じました。

「離せ!!」
「じゃあせめて暫くここに住んでもいい?」
「断る!」
「じゃあ離さない」
「あー!もう!わかったわかった!好きにしろ」
「やったね」

野獣は自分の体がいつまでも温かいことに驚きました。
佐助は野獣の顔を見て真っ赤だね、と笑いました。

「君の名前は?」
「…かすが」
「かすがね。これからよろしく」

野獣の城に初めての住人ができました。



それから野獣は佐助とお城で暮らし始めました。
自分に話しかけ、世話を焼く佐助を野獣は最初のうちは無視をしていきましたが、段々と心を開き気が付けば一日中一緒に居る様になりました。

野獣は佐助が自分の名前を呼んでくれる事が嬉しくなりました。
佐助は野獣が自分を見てくれる事を心から喜びました。
野獣は佐助がずっと一緒に居てくれる事を望みました。
佐助は野獣が笑ったところが見たいと言い続けました。

そこには確かに「愛」があったのでしたが、野獣は気が付く事が出来ませんでした。


いつしか野獣は窓を眺めることをしなくなりました。


しかしある日、初めてお城のドアを叩く音が聞こえました。
驚いた野獣は脅え、佐助が不思議に思いながらドアを恐る恐る開けます。


「は、お初にお目に掛かりまする。こ、ここに佐助という男は居らぬか!?」
「旦那!?」
「お、おおおお佐助!生きておったか!!」


大声がお城に響きます。
そこにいたのは佐助の奉公先の若旦那、幸村でした。
佐助がお城に招き入れると顔を顰めながら入ってきました。

「森に入ってから帰ってこぬので、噂の野獣に喰われたと思っておった!ずっと音沙汰なしだった事は解せぬが、まずは無事で何よりだ!!」

大声に野獣は迷惑だと呟きながら久々に一人の時間を過ごしていました。
何処か胸が痛い気がした野獣は書庫に篭って本を眺めていました。


「いやぁーまぁ別の意味で喰われちゃったかな」
「ど、何処を!?」
「ま、まぁまぁ。で、俺を探しに来てくれたの?」
「そ、そうだった。早くここから立ち去るぞ!」
「え、やだ」
「なんと!いや、それでは困るのだ。お、お館さまが…お館さまが…!」
「え…?」

招き入れた食堂でお茶を入れていた佐助は幸村の言葉に、カップを落としました。
がちゃんと陶器が壊れる音がお城に響き渡ります。
野獣はその音を不信に思い、恐る恐る階段を降り、食堂のドアの隙間から二人を覗きました。
幸村の話によると、佐助の奉公先の主が病に掛かって床に伏せているということでした。

「病気…?奥様は…」
「症状はもうかなり進行し危ない状況だ。奥方は…悲しみに暮れている」
「嗚呼…旦那…すまねぇ。俺が、いれば、すぐに気がつけたかもしれねぇのに」


初めて聞く佐助の消えそうな声に野獣は酷く悲しくなりました。
なんとかしてやりたい、と思った野獣は勇気を振り絞り二人の前に姿を現します。

「佐助…」
「!?」
「かすが…」


幸村は初めて見る野獣の姿に驚き、佐助は野獣が姿を現したことに驚いて目を見開きます。
おずおずとテーブルや椅子の陰に隠れながら野獣は口を開きました。

「…病の名は、なんという?症状は」
「この辺じゃ不治の病と言われる病気だよ。太古の昔には治療法があったらしいけれどね」
「……」

野獣はいつぞや書庫で気まぐれに読んだ医学書を思い出しました。
そこには確かに、その病の治し方が印されていました。
野獣は息を弾ませて階段を駆け上り、万有る書物の中から目的の医学書を見つけ出しました。それを急いで彼らのもとへ持っていくと乱暴にページを開き読ませます。

「佐助!ここ、ここに書いてある!
「これ…昔滅びた国の文字?」
「よ、読めぬ…」


その時野獣はふと今更ながら気が付きました。

自分がどれくらいの時を生きてきたことを。
本に綴られている文字は確かに読める文字なのです。

野獣がお姫様だった国は、とっくの昔に滅びてしまっていました。

佐助と過ごした日々は一ヶ月ほどのわずかな時間だったのです。


しかしそんな事に気を病んでいる場合ではありませんでした。
野獣は病の治療方法を読み上げます。佐助はペンと紙を用意して野獣の言葉を一字一句間違えずに書き留めます。

書き終えた頃に佐助は野獣の目を見つめ、言いました。

「かすが。ごめんな。暫く向こうに行って来るよ」
「ああ」
「寂しい?」
「そんわけないだろう。どれだけひとりで暮らしてきたと思っている。何を今更」
「んふふ」
「気持悪く笑うな!ほら行け!あの男が待っているぞ!」
「うん。行ってくるね」

そして野獣に見送られ、佐助は幸村と共に町へ帰っていきました。


佐助がいなくなった後、野獣はやけに城が広いと思いました。
野獣は初めて佐助と会ったとき、彼が盗もうとした庭の大輪の薔薇を摘むとそれを書庫へ持って行き硝子のケースに飾りました。そして野獣は窓を見続けながら佐助の帰りを待ち続けました。



薔薇の花びらが一枚、また一枚と散っていきます。
佐助はまだ帰ってきません。
野獣は自分の体がおかしくなっていく事に気が付いていました。
時には胸が軋み、張り裂けそう。大きく疼いては、縮まって止まってしまいそう。


「私は薔薇が全て散ったら死んでしまうのかもしれない」

そう思うことにしました。



薔薇の花びらが残り少なくなってきました。
佐助はまだ帰ってきません。
そして最後の一片が舞い散った時野獣はその場に倒れました。



一週間して、佐助は急いでお城に戻りました。
奉公先の主の病は野獣の治療方法でみるみるうちに治っていきましたのでもう心配は要りません。むしろ、主に野獣共々褒めてもらい佐助は得意な気分でした。もう一度、彼女にプロポーズをしてみようと意気揚々と庭に咲く薔薇が散り始めたのを見ながら佐助はお城に入りました。
しかし野獣の気配がありません。あの日壊したカップもそのままお城の中はがらんとしていました。

佐助は急いで城中を探し回りました。
そして広い廊下を翔け、長い螺旋階段を駆け上り、一番奥にある書庫に辿り着きました。
枯れた薔薇の入った硝子のケースと野獣が倒れています。佐助は急いで傍に寄りました。

「かすが、かすが。起きてくれ。帰ってきたよ」

しかし返事がありません。
佐助は野獣の角を擦り、頬を撫で野獣を起こそうと必死になりました。

「かすが、かすが。起きてくれ。帰ってきたよ。好きだよ。もう何処にも行かないよ。これから最後までずっと一緒に生きよう。だから起きてくれよ」

佐助は野獣の唇にキスをしました。
すると野獣はうっすらと瞼を開けました。

野獣は瞳に映る佐助の姿を見て、徐に呟きました。



「すき」



その途端、野獣の角と牙は砂となって消えていきました。
野獣は佐助に好きと言われました。野獣は佐助を好きと思いました。
愛することと愛されることを知った野獣の魔法は解け、もとの美しいお姫様の姿に戻ったのです。

元に戻った野獣の姿を見て、佐助は綺麗だ、と笑いました。

「ま、角と牙あっても全然いけるけれどね」
「何の話だ」
「ん…。かすが。ここでずっと待っていてくれたんだ」
「…今は平気だがずっと胸が痛くて、私は、きっと病に掛かったのだ」
「ねぇ。かすが、それってさ。多分寂しかったんじゃない?」
「寂しい?」

人の姿に戻った野獣は忘れていた「愛」を思い出しました。
佐助を待つ間に起きた胸の痛みは今思うと確かに「寂しい」気持ちだったのです。

「飲まず喰わずでここにいりゃそりゃ倒れるって」
「う、うぅぅう」

野獣は恥ずかしくて顔を真っ赤にしました。
佐助は嬉しそうに微笑んで野獣を抱きしめました。

野獣の胸の中には暖かいものが沢山溢れていました。
これが「愛」なのだと嬉しくなり、野獣は溶ける様に流れ出た涙を拭きました。





昔々あるところに、野獣が住んでいたお城がありました。
美しい薔薇の咲く庭には沢山の人がいます。

その後佐助と野獣は結婚し、佐助の奉公先にそれを伝えると主とその奥方と幸村は、それはそれは喜び、野獣に感謝をしました。
時折こうしてお城に来ては素敵な時間を過ごしています。
何時しかお城の悪い噂は消え去り、野獣は人と暮らす日々を大切に思うようになりました。

これからもずっと、やっと迎えられる最後の時まで野獣は愛した人と共に生きていくのでした。








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「Let's meet in a dream」辛夷さんより相互記念にいただきました^^
「佐かすDE童話パロ」をリクエストしたらこのような「美女と野獣」ちっくで素敵なお話を頂戴しました!
かすがちゃんが佐助の愛情を受け取っていく様子とかもう涙で・・・!
ありがとうございました!!
今後共宜しくお願いします!

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