※中学時代です




















特別教室の帰りはいつだってそわそわする。3年生の教室の前を通るからだ。眩しいあの姿がいつ見えるかと、女々しくも浮き足立ってしまうのだ。

俺の通う中学は、なぜか3年の教室が別校舎の特別棟にある。特別教室が離れているのはよしとしよう。そういう学校は他にもあるはずだ。しかしなぜ3年の教室だけそこへ配置したのだろうか。まだまだ幼く五月蝿い低学年から離そうという教師の気遣いなのだとしたら、それは間違いだと言いたい。なぜなら、3年の教室の真上は音楽室なのだから。

好運にも階は3年も2年も同じであり、さらには渡り廊下も同じ階だ。そのおかげで、人気の少ない特別教室の並ぶ廊下を歩いて渡り廊下手前で階段を下りればいいのに、わざわざ先に階段を降りては3年の教室の前を通って、ホームルームへと戻る。もちろん、あの姿を一目でも見たい、あわよくば声をかけられたりなんてしたいという邪心からだ。一緒に移動している友人にはいつ怪しまれるかと、毎度毎度気が気でないが、それでもその姿を求めてしまうのだ。

オレ、泉孝介と、アノ人、浜田良郎は、少し前から付き合っている。映画に付き合うとか買い物に付き合うとかそういう意味の付き合うではなく、仲睦まじくイチャイチャするほうの意味の付き合う、だ。つまり、恋人同士。どっちが彼氏でどっちが彼女だかわからない、むしろお互いに彼氏持ち、とかいう訳のわからない状態ではあるけれど。それを彼に言ったら、確実に自分が彼氏ポジションだと主張してくるだろうけれど、曲がりなりにもオレだって一応れっきとした男なわけなので、そこははっきり言っておく。ついでに言うと、オレは女の子が好きで、浜田も女の子が好きだ。つまりお互い普通の、健全な中学男子生徒だ。

そんな状況で奇跡的にも思いを通わせあい、奇跡的にもそれらしくお付き合いなんかもしていて、まあそういう事に興味を持ち出す年齢であることも手伝って、それなりのこともした。それこそれっきとした恋人同士であり、健全な中学男子だ。しかし勿論、この関係は二人の秘密だった。あの子の胸がどうだの、この子の脚がどうだの言っているようなクラスメイトに知れれば、好奇の目で見られるか軽蔑の目で見られるかのどちらかだろう。男女仲睦まじくならともかく、俺たちは男同士だ。理解されがたいことは、はからずも目に見えていた。自分たちですら、この状況に未だ信じられない心地がするくらいだ。受け入れられなくても仕方のないことだろう。けれど、惹かれあってしまったのだ。

そういった関係になってからは、今まで以上に頻繁に互いの家を行き来するようになった。部活の帰り道に公園に寄ることもあった。どちらかの家族が出かける時には泊まることもあった。元々幼なじみだったことが功を奏して、両親は疑うこともなく、じゃあ浜ちゃんお願いね、なんてお節介な言葉を寄越して、それで済む。今朝もメールが入っていた。


"明日、家族いないから"


絵文字も読点もなく送られてきた、たった一行のメール。けれど、その一行には、まるで秘密の暗号のように隠れた本音が含まれていた。


"だから、泊まりにおいで"


あわよくばそういったことをしようという意味も入っているかもしれない。明日は土曜日だ。

オレたちの通う中学はもちろん公立校だ。ありがたいことに週休2日制を取っているため、土曜日は授業がない。しかし、かなしいかな、部活も午後からだ。午後にならないと学校が開かないのだ。中途半端に時間を持て余すために煮え切らない心境を抱えたことも何度もあるが、今はその半端な時間がありがたい。朝早く起きる必要がないということは、少しくらいの夜更かしであれば問題ないということで、その少しくらいの夜更かしがオレたちにとっては、甘く取ってかわる時間だからだ。

高鳴る心臓を抱えながら、まるで何事もないように平然を装って歩く。何食わぬ顔をしているけれど、一歩一歩近づく度に、視線は無意識にあの姿を探してしまう。彼のホームルームまであと数メートル。くすんだ深緑を蹴る足が速まってしまうのを押さえられなかった。

すると、前方からよく見慣れまた探し求めた彼の姿が近づいてくるのが見えた。ぱっと思わず駆け寄りそうになる衝動を必死で抑える。今は互いに隣にはクラスメイトがいるのだ。駆け寄ったところで、部活絡みだろうとは思われるだろうが、浜田に向ける視線が特別だと気付かれるのを恐れていた。

大体、彼は何やら友人と楽しそうに話していて、自分の存在に気付いているかもあやしい。普通に考えて、この廊下を通るのは3年だけなのだ。2年が通っているなど、注意して見なければ気付かないかもしれない。それでも、手足がぎこちなくなってしまうほどには緊張し、あわよくばという淡い期待を抱いてしまうのだ。

彼が隣を過ぎ行く。3、2、1。


"今夜9時に"


気付かれることなく過ぎ行くのだろうと諦めかけた瞬間、耳元でそっと囁かれた。声量を抑えるために普段よりか吐息の多いそれは、とびきり甘くかすれ、色香を残す。ふわりと触れた吐息に、かっと身体が熱くなる。驚きのあまりその場で勢いよく振り向くが、彼は既に友人との談笑へと戻っていた。

彼の残した台詞は確実に今朝のメールの続きだ。


"今夜9時に家においで。待ってるから"


優しく甘い響きにいつだってオレは振り回されるんだ。今だって、ありえないくらいに心臓は早鐘を打っているし、身体は歓喜で満ちている。


「泉ぃ、置いてくぞー」


知らぬ間に空いていたクラスメイトとの距離に、現実に帰る。


「今行く!」


駆け出した足取りはひどく軽く、身体がふわりと重力に逆らいそうなほどだった。



そっとかすめる吐息混じりの甘い響き。いつだってオレを喜ばせるそれは二人だけの、


すれ違い様の秘密の言葉



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