試合終了を告げるブザービートが会場に鳴り響いた瞬間、歓声とどよめきが入り雑じり混沌とした空気に包み込まれた。無名である湘北高校が、絶対王者の山王高校を打ち破る──この結末は、誰もが予想し得ないものだった。
 集合写真の撮影を終えた三井寿は、幼なじみである福富詩乃が座っていた観客席に目を向けた。しかし、そこにはもう詩乃の姿はない。

「三井、どこ行くんだ?」
「あ?ああ、ちょっとな」
「ああ、福富か」
「うるせーぞ木暮」
「頑張れよ、三井」

 赤面しながら木暮を睨みつけた三井は、疲れた体に鞭を打ち、小走りで会場を飛び出していった。外へ向かって通路を駆け抜けていた三井は、今しがた通り過ぎたロビー手前の階段でうずくまる人影に既視感を覚えながら立ち止まる。そのまま後退しながら階段の前まで戻ってきた三井は、うずくまっている人影──もとい両手で抱えた膝に顔を埋めている詩乃の隣に腰を下ろした。

「なあ」

 三井が声を掛けた瞬間、詩乃の肩がぴくりと揺れた。

「……なに」

 喉の奥から絞り出したかのように掠れていた詩乃の声は、三井の脳内にある記憶の扉を次々と開け放っていった。
 一緒に泥遊びをして服を汚し、双方の母親にこっぴどく叱られた5歳の頃の記憶。幼なじみ特有の仲の良さを周囲にからかわれ、三井から距離を置き始めた11歳の頃の記憶。照れくさそうに顔を背ける三井と、その隣で満面の笑みを浮かべながらピースサインをする詩乃とで写真を撮った、14歳の頃の記憶。バスケをプレイする三井の姿を詩乃がギャラリーから眺めていた、16歳の頃の記憶。そして、怪我で挫折した三井が詩乃を避け続けていた、つい最近までの記憶。
 思いきり吸い込んだ空気をゆっくりと吐き出した三井は、前を見据えたまま会話を紡いだ。

「一回しか言わねーから、よく聞けよ」

 顔を伏せたまま小さく頷いた詩乃は、無言で次の言葉を待った。

「……ありがとな」

 しばらくの沈黙の後に力なく倒れ込んだ詩乃は、膝を抱えた体勢のまま三井にそっと寄り添った。予想外の展開に体を強張らせた三井は、赤面しながらぎこちなく言葉を紡いだ。

「これからも、よろしくな」
「……アンコール」
「は?アンコール?」
「今の、もう一回聞かせて」
「一回しか言わねーっつったろ」
「けち」
「んだと!?」
「ていうか、大丈夫?」
「何がだよ」
「体だよ。試合中、死にかけてたでしょ」
「あー……しばらくこのままでいりゃ回復すんだろ。つーか、お前こそ大丈夫かよ」
「何が」
「さっきから、ずっと泣いてんだろ」
「泣いてないし。朝食べたお味噌汁が目から消化されてるだけだし」

 精一杯の強がりに盛大に噴き出した三井は、頬を緩ませながら詩乃に寄り添った。

「……ねぇ、寿」
「何だ」
「一回しか言わないから、よく聞いてね」
「ああ」
「ありがとね」
「……ああ」

 詩乃の肩に頭を預けながら目を閉じた三井は、程なくして穏やかな寝息を立て始めた。規則的な寝息に眠気を誘われた詩乃もまた、ゆっくりと意識を手放していく。たまたま二人の前を通りかかった木暮は、足を止めながらインスタントカメラのシャッターを切った。





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