ホグワーツを卒業した時、シノから「時の砂」というものを渡された。小瓶に入れられたその砂には赤ん坊の頃のシノの涙が染み込んでいて、彼女の感情と連動しているのだとか。彼女が笑っている時は光り輝き、彼女が涙を流している時は──。
 アズカバンに収容されてからというもの、一切の輝きを失った時の砂は砂鉄のように無機質と化した。獄中、ハリーの事が気掛かりな一方で、シノの事を片時も忘れられずにいる自分がいた。
 記憶の中のシノは、いつも笑っている。同学年で同じ寮、おまけに冒険や悪戯が趣味という共通点があった俺達はすぐに仲良くなった。ホグワーツを卒業してからも、何かと理由をつけては互いの家を行き来していた。
 ──いや、あれこれ考えるのはもうやめだ。アズカバンを脱獄し、ハリーとの再会を果たした今、やるべき事はただ一つ。時の砂の小瓶に微かに残っているシノの匂いを頼りに、彼女を探し出す。幸い、動物もどきの件をシノに話した事はない。犬の姿のままシノと再会して、あわよくば頭なんか撫でられたら俺はもう──。
 そんな事を考えながらシノの匂いを辿っていると、ホグズミードの片隅にある小さな飲食店へ辿り着いた。恐らく一人で切り盛りしているであろうシノは、今日最後の客らしい老夫婦を笑顔で見送ると店先のランプを消し始めた。慣れているはずの四足歩行に苦戦しながら歩み寄ると、足音に気付いたシノは弾かれたように振り向いた。

「いらっしゃい。もしかして、お腹空いてるの?しょうがないなぁ、おいで」

 そういや、こいつ犬好きだったな──そんな事を考えながら店に入ると、扉の鍵がかけられる重厚な金属音が響き渡った。

「さて……オニオンスープとチョコレートパフェ、どちらになさいますか?シリウス様」

 犬にとって死刑宣告でしかない選択肢をぶつけてきたシノは、あくまでも微笑みを絶やさない。なぜバレた?いつバレた?──そんな事を考える暇などあるわけもなく、出入り口に向かって走り出した。ああ、鍵を開ける事が出来ない。肉球が憎たらしい。そうこうしている内に集中力が途切れてしまい、人間の姿に戻ってしまった。刹那、強い衝撃と共に背後から抱き締められた。

「……何でわかったんだ、俺だって」
「直感」
「すげーな」
「っ……ずっと会いたかった……」

 声を詰まらせながらそう呟いたシノの目から零れ落ちた涙が肩を濡らした瞬間、いつの間にか床に落ちていた時の砂が未だかつてないほどまばゆい光を放った。ああ、そうか。今までシノは、笑顔で過ごしながら心の中で泣いていたのか。逆に今は、大粒の涙を流しながらも心の中では笑みを浮かべているのだろう。





back/Top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -