見廻組局長・佐々木異三郎との死闘で重傷を負った土方十四郎は、二週間あまりの入院を余儀なくされた。その数日前から隣の病室で入院生活を始めていた福富詩乃は、同世代である土方のもとを頻繁に訪れていた。

「暇だなぁ」

 ベッドの縁に腰を下ろした詩乃は、そう呟きながら横目で土方を見やった。そんな詩乃を見向きもせず、墨を摩る作業に集中する土方。無視されてしまった事に憤慨した詩乃は、仰向けに倒れ込むとベッドの上をごろごろと転がり始めた。

「いてーな、ぶっ殺すぞ。足撃たれてんだ、こっちは」
「善良な市民に対して、そんな物言いあんまりだ」
「善良な市民は怪我したおまわりさんの上でごろごろしねーよ」
「土方の「ひ」は、暇人の「ひ」
「暇人じゃねー、お前と一緒にすんな。今から手紙書くんだよ、ちったァ大人しくしてろ」
「やだね」
「悪ガキか、テメーは」
「バラガキと悪ガキ、お似合いだね」

 精一杯の口説き文句を鼻で笑う事で一蹴した土方は、おもむろに顔を上げると詩乃の横顔を見つめながら口を開いた。

「お前、何で入院してんの?」

 土方の問いかけに、詩乃の顔から笑顔が消えた。それは、ほんの一瞬の出来事だった。すぐに笑顔を取り戻した詩乃は、土方の方を向きながら口を開いた。

「何でだと思う?」
「先天性馬鹿症候群」
「惜しい」
「惜しいのかよ」

 テンポ良く被せられる冗談に小さく噴き出した土方は、喉をくつくつと鳴らしながら筆を手に取った。まるで夏空を見上げているかのように目を細めながら、土方の笑顔を眺める詩乃。
 翌日、詩乃は土方の前から姿を消した。退院したのか、はたまた──守秘義務という壁の前、詩乃の行く末を知る術を断ち切られてしまった土方もまた、やがて退院の日を迎えた。

「副長!どうかしたんですか?」

 病院の前でタクシーを捕まえた佐々木鉄之助は、煙草を咥えながら二階のナースステーションを見上げている土方に声を掛けた。

「奇跡なんてもんは信じちゃいねーが、どんな事でも望んでみるもんだな」
「副長がポエム詠むなんて珍しいっすね」
「ポエムじゃねーよ。帰んぞ」
「はいっす!」

 紫煙を燻らせながら歩き出した土方は、穏やかな眼差しで空を見上げた。先程まで土方が見上げていたナースステーションの窓際には、白衣姿の詩乃の姿が。佐々木鉄之助と共に去っていく土方の後ろ姿を見送った詩乃は、晴れやかな笑みを浮かべながら踵を返した。





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