ある寒い日の真夜中、不意に目を覚ました桂はぼんやりと暗闇を見つめていた。

「行ってきます」
「ああ、気を付けてな」

 夢か現か、脳裏を過る奏とのたわいない会話が桂の頬を緩ませる。

「こ……こた……」

 ベッドの上で眠っている奏の寝言が、桂の意識を一瞬にして現実へと引き戻した。こ、こた……小太郎!?──期待に胸を躍らせながら起き上がった桂は、暗がりの中、音を立てないよう奏のそばへと這い寄る。そんな桂の期待をよそに、寝返りを打ちながら健やかな寝息を立て始める奏。肩を落としながら立ち上がった桂は、実のところ覚醒状態ではないらしく、一寸の迷いもない様子で奏のベッドに潜り込んだ。
 憤怒に満ちていた桂の表情が、奏の体温と同化するかのように和らいでいく。奏の寝顔や奏の匂いで五感を満たされた桂は、彼女自身を抱き枕代わりに抱擁しながら意識を手放した。

「……ん?」

 空が白み始めた頃、不意に目を覚ました奏は身動きが取れない事に気が付いた。奏が起きた事など露知らず、戸惑いを隠せずにいる彼女を抱き締めながら熟睡する桂。身をよじらせながら脱出を試みた刹那、桂もろともベッドから落下する奏。背中から床に落ちてもなお寝息を立て続ける桂を一瞥した奏は、ひどく緩慢な動作で這いつくばりながら彼の布団に潜り込んだ。
 奏が再び眠りについた頃、ふと目を覚ました桂は上体を起こしながら周囲を見渡す。布団に包まりながら爆睡する奏に気付いた桂は、これ幸いと言わんばかりにベッドに潜り込んだ。
 数時間後、目を覚ました奏は布団から顔を出しながら室内を見渡した。桂の布団の中で眠っていた事に気付いた奏は、狼狽しながらおもむろに立ち上がる。覚束ない足取りでベッドに歩み寄った奏は、無防備な寝姿を晒している桂の頬をつねりながら口を開いた。

「桂、起きて」
「んー……あと五分」
「いいから起きてって」

 洋画のヒロインよろしく寝起き特有の甘ったるい声を発した桂だったものの、眉間に皺を寄せている奏に気付くと蛇に睨まれた蛙のように目を見開いた。目が合った瞬間、二人の脳裏に真夜中から明け方にかけての記憶が押し寄せる。自らの意思で相手の寝床に潜り込んだ事を思い出した桂と奏は、頬を赤らめながらほぼ同じタイミングで目を逸らした。



続く






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