窓越しでも鮮明に聞こえてくる鳥のさえずりで目を覚ました桂小太郎は、あくびをしながら起き上がった。出掛けるために身支度を整えていた奏は、桂が起床した事に気付くと穏やかな笑みを浮かべながら口を開いた。

「おはよう」
「ああ、おはよう。出掛けるのか?」
「うん。布団買いに行こうと思って、桂の」
「俺の布団?いやいや、そんなのいらんぞ。羽毛布団なんか、買わなくていいからな。まったく、お前という奴は……」
「さり気なくたからないでもらえるかな。煎餅布団で充分でしょ」
「奏お前、最近当たり強いぞ。あ、わかった。もしかして、せい……うそうそ、ごめん。嘘だって。嘘だから、それを下ろしなさい」

 桂に投げ付けようとしていた卓上用鏡を机の上に置き直した奏は、不良顔負けのガンを飛ばしながらも化粧を再開した。洗面所で洗顔と歯磨きを済ませ、置いてけぼりを食らうまいと目にも留まらぬ速さで身支度を整える桂。普段は着ない色の着流しを身にまとい、高い位置で髪の毛を結いた桂に驚いたような眼差しを向けた奏は、仕上げと言わんばかりに伊達眼鏡を装着する彼をただただ無言で見つめていた。

「ん?どうした?」
「……いや、別に」

 鏡越しに桂と目が合った瞬間、ほんの僅かに言葉を詰まらせた奏は平静を装いながら声を絞り出した。

「ていうか、桂も行くの?」
「ああ、そのつもりだ」
「その変装、見破られちゃうんじゃない?」
「おいおい、俺を誰だと思ってるんだ。逃げの小太郎と恐れられている狂乱の貴公子、桂小太郎だぞ」
「はあ……」
「案ずるな。万に一つでも追われるような事があっても、必ずお前を護るさ」
「えー、あー……そう。ありがと」

 そう呟いた奏は、唇を尖らせながら恥ずかしさを誤魔化すようにそっぽを向いた。澄み渡る青空の下、最寄りの大型家具店を目指しひた歩く桂と奏。心地好い沈黙と頬を撫でる穏やかな風に身を委ねながら歩みを進めていた奏は、ふと何気なく隣にいる桂を見上げる。同じタイミングで奏の方を見やった桂は、目が合った瞬間、平静を装いながら前へ向き直った。

「何か用でもあるのか」
「……そっちこそ」
「……何となく、奏が普段どんな顔で道を歩いているのか気になってな」
「ふーん」

 前を見据えながら言葉を紡ぐ桂の横顔を惹き込まれるように見つめていた奏は、足元に転がっていた石でつまずく事で我に返った。バランスを崩した奏を咄嗟に抱きとめた桂は、何事もなかったかのように再び歩き出す。そんな桂の耳がほのかに赤く染まっている事に気付いた奏は、頬を緩ませながら「ありがとう」と呟いた。
 布団選びは小一時間で済ませたものの、途中で休憩を挟みつつだだっ広い店内を隅々まで見て回った二人が満足しながら店を出た頃、辺りはすっかり暗くなっていた。帰路に就いた二人の歩調は、行きの時よりも心無しか遅々としている。街の中心地に差し掛かった瞬間、そこかしこに飾り付けられた色とりどりのイルミネーションに息を呑みながら立ち止まる奏。数歩先で隣に奏がいない事に気付きながら立ち止まった桂は、溜め息交じりに振り向いた。

「おい、奏……」

 何してる、行くぞ──そう言いかけた桂は、目を輝かせながらイルミネーションを見渡す奏の横顔を見つめながら無意識の内に息を呑んだ。程なくして我に返った桂は、穏やかな笑みを浮かべながら奏に歩み寄った。

「好きなのか、イルミネーション」
「うん、好き。桂は?」
「今まで興味なかったが、こうしてみるとなかなかいいものだな」

 ゆっくりと言葉を紡ぎながら奏の手を握り締めた桂は、足早に歩き出すと彼女の耳元で「走るぞ」と囁いた。言われるがまま走り出した奏は、桂に遅れを取るまいと前を見据えながら人混みの中をひた走る。路地裏に飛び込んだ桂は、困惑を隠せずにいる奏を抱き寄せながら息を殺した。

「か、桂……?」
「あ……す、すまない。よからぬ気配を感じてな」
「よからぬ気配?」
「俺の勘違いだったようだ。帰ろう」
「そっか……うん、帰ろ」

 平静を装いながら会話を紡いだ奏は、何事もなかったかのように歩き出した桂の後に続いて路地裏を抜け出した。互いの肩がつきそうでつかない微妙な距離感を保ったまま再び帰路に就いた桂と奏の後ろ姿を、獣のように獰猛な眼差しで見つめながら薄ら笑いを浮かべる怪しい男。「夕飯どうする?」「帰ったら、お風呂わかさなきゃ」──そこはかとない気恥ずかしさを悟られまいとたわいない会話を必死で紡ぐ奏は、怪しい男に気付く事なく桂の隣を歩み続けた。



続く






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