佐々木鉄之助を拉致した攘夷党の面々は、眼下で繰り広げられている真選組と見廻組の戦いを冷やかしながら眺めていた。攘夷浪士達に紛れ、鼻の穴をほじくりながら暇を持て余していた坂田銀時は、佐々木異三郎と対峙している土方十四郎の背後ににじり寄る見廻組の隊員に気付く。よし、殺れ!──表情ひとつ変えず、物騒な思考を巡らせる坂田。刹那、土方の背中を狙っていた見廻組隊員に何者かが襲いかかった。

「……え?」

 土方を狙っていた見廻組隊員に襲いかかった人物の顔が月明かりに照らされた瞬間、坂田は間抜けな声を発しながら目を見開いた。土方の助太刀人──もとい奏は、勢い良く突き付けられた切っ先を危うく回避しながら鍔迫り合いに持ち込む。股間に強烈な膝蹴りを食らわせる事で相手を戦闘不能に陥れ、刀を鞘に収めながらおもむろに坂田を見上げる奏。困ったような笑みを浮かべながら手を振った奏は、佐々木異三郎と激闘を繰り広げ始めた土方の背中を一瞥すると、何事もなかったかのように颯爽とパトカーの中へ姿を消した。
 声も届かないほど遠い距離で視線を交わした坂田と奏が再会したのは、真選組と見廻組の死闘が繰り広げられた廃墟の前に停車している、一台のパトカーの後部座席。手錠をかけられた坂田銀時と隊服姿の奏は、無言で肩を並べていた。何か考え込むように前を見据えている奏の横顔を一瞥した坂田は、いたたまれなくなった様子で口を開いた。

「な、なあ」
「ん?」
「……ごめんな」
「何が?」

 坂田の方を見やった奏は、首を傾げながらそう問うた。謝罪の理由がわからない奏に対し、過去に攘夷浪士として活動していた事を打ち明ける坂田。そこはかとなく切なげな横顔を見つめながら相槌を打っていた奏は、どこか遠慮がちに坂田の手を握り締めた。

「話してくれて、ありがとう」
「いや……本当は付き合う前に話さなきゃならなかったのに、今更でほんと悪ィ」
「ううん。こういうのって、言い辛いもんね」
「まあ、うん、そうだな……つーか、さっきのアレって触れても大丈夫なやつ?」
「いいけど、なんか照れるね」
「照れんなよ、襲いたくなっちまうだろ……じゃなくてだな。ああいう危ねー事、しょっちゅうやらされてんのか?」
「ううん、あくまでも勘定方がメインだから基本的には屯所で働いてるよ」
「まあ、それならいいんだけどさ……でも、さっきの金的はどうかと思うんだよな」
「背後から首を取ろうとするような人間の金玉なんか、蹴り潰されて然るべきだと思う。さすがに潰しはしなかったけど」
「奏の言ってる事は正しいし、あの白い奴が卑怯なのもわかってる。それでも男として、金的の痛みを知る者として同情しちまった俺がいるんだよ。あと、可愛い彼女の口から「金玉」っつー単語がナチュラルに飛び出してきて驚いた」
「あ……ごめん。銀時の前で、すごいはしたない事言っちゃったね」
「いや、良い意味でな」
「それはそれで反応に困る」

 苦笑しながら目を逸らす奏の横顔を見つめる坂田の瞳には、春の木漏れ日のように穏やかで温もりに満ちた光が宿っていた。合流した真選組の面々と坂田のやり取りを、微笑ましく眺める奏。そんな中、土方の小さな異変に気付いた奏は無意識の内に外へ飛び出していた。意識が途切れる直前、土方が見たのは必死に手を伸ばす奏の鬼気迫る顔。出血多量により意識を失った土方の体を抱きとめた奏は、ぬかるみに足を取られバランスを崩しながら仰向けに倒れ込む。パトカーの車体に後頭部を打ち付けた奏は、土方の下敷きになりながら意識を失ってしまった。
 大江戸病院へと搬送された土方兄妹は、同室で入院生活を送る事になった。先に目を覚ました土方は、全身に走る痛みを堪えながら室内を見渡す。隣のベッドで奏が眠っている事と、彼女の傍らにいる坂田の背中に気付き、複雑な表情を浮かべる土方。坂田に手を握られ健やかな寝息を立てている奏の寝顔を眺める内に毒気を抜かれた土方は、溜め息をつきながら上体を起こした。

「いてて……」
「あ?ああ、起きたか。何発も銃弾撃ち込まれて何箇所も斬られてんだ、痛むに決まってんだろボケ。おとなしく寝てろ、怪我人」
「うっせェ、黙りやがれ……いってェな、クソ」

 土方が目を覚ました事に気付いた坂田は、暴言混じりに労りの言葉を吐き捨てながら振り向いた。刹那、普段は半分も開かれていない坂田の目が大きく見開かれる。大きな窓から射し込む日の光が、痛みに顔をしかめながらも深々と頭を下げる土方をまばゆく照らしていた。

「奏の事、よろしく頼まァ」
「い……いやいやいや、正気かよ。こないだまで、やれ「認めねェ」だの「反対だ」だの喚いてたじゃねーか」
「正気かって?んなわけ、ねーだろ。怪我なんかより、大事な妹の彼氏がテメーっつー事実が百万倍いてェんだよ。こんなん、認めたかねーよタコ。……それでも、んな寝顔見ちまったらそいつの未来託さざるを得ねーだろ」

 寝顔?──半ば困惑しながら奏の方へ向き直った坂田の視線の先には、穢れを知らない純真無垢な子供のような朗らかな寝顔があった。歯を食いしばりながら頭を下げていた土方は、溜め息交じりに顔を上げると枕を背もたれ代わりにしつつ煙草を咥えた。

「……奏のそんな寝顔見たの、ガキの頃以来だ」
「……禁煙しろ、お義兄さん」
「お義兄さん言うな」
「……さてと、甘いもんでも買ってくるかな」

 土方と奏を交互に見やった坂田は、おもむろに立ち上がると大きくあくびをしながら病室を後にした。扉の開閉音で目を覚ました奏は、ここが病室である事に気付かないままあくびをしながら起き上がる。刹那、後頭部に走った痛みで記憶を取り戻した奏は、煙草の香りに気付くと弾かれたように土方の方へ視線を移した。

「ただいま」
「っ……おかえり」

 無意識の内に兄の死を覚悟していた奏は、涙を滲ませながらも満面の笑みを浮かべた。奏の涙を見るのもやはり子供の頃以来である土方は、どこか照れくさそうに目を逸らす。扉に寄りかかりながら土方兄妹の会話に耳を傾けていた坂田は、売店へ向かって鼻歌交じりに歩き出した。



続く






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