翌朝、台所に立っている桂は炊き上がった白米を杓文字でほぐしながら時計を見やった。時計の針は、八時ちょうどを指している。いつもならとうに起きて身支度をしている奏がベッドから出てこない事に、違和感を覚える桂。コンロの火を止めた桂は、居室へ戻ってくるとベッドの前で跪きながら口を開いた。

「奏、八時だぞ。起きなくて良いのか?」

 しばらく奏の反応を待つ桂だったものの、返事はおろか見動き一つしない彼女に言い知れない不安を抱きながら恐る恐る手を伸ばした。桂の手が布団に触れようとした、その瞬間。勢い良く起き上がった奏は、フラフラになりながら焦点の合っていない目で桂を見やった。

「いや、やっぱ寝ろ」
「や、起きる」
「いいから寝てなさい」
「起きる。仕事行かなきゃ」

 立ち上がった瞬間に倒れ込んだ奏を抱きとめた桂は、ベッドに寝かせた彼女の頭の下に慌てて用意した氷枕を置きながら口を開いた。

「そんな熱で仕事できるのか?声だって、明け方のかまっ娘倶楽部のホステス達のそれじゃないか。だから言っただろ、風邪引くって」
「……わかった、休む」

 死んだ魚のような目で桂を見上げた奏は、枕元に置いてあった携帯電話で直属の上司に連絡をとった。電話越しでも重症である事が伝わるほどの声を聴いた上司は、奏の欠勤を快諾。上司との電話を終えた奏は、どこか安心したように再び眠りに就いた。浴室から持ってきた桶に氷水を張り、綺麗な手拭いを浸しながら居室に戻ってきた桂は、奏の額に手のひらを添えながら熱の具合を測った。

「あっつ!!」
「うっさい……」
「す、すまん……デコで茶を沸かせるくらい高熱だが、大丈夫か?」
「……別に髪の毛乾かさなかったせいで風邪引いたわけじゃないから。もともと風邪っぽかったから」
「その話、十分くらい前にしたぞ」
「あれー、そうだっけ。ふふ」

 そっか、ふふ──高熱のせいで自我を失いかけている奏は、少女のような笑みを浮かべながらゆっくりと目を閉じた。絞った手拭いを奏の額に乗せた桂は、頬杖をつきながら無垢な寝顔を眺める。奏の無防備な寝顔に触発された桂は、頬杖をついた姿勢のまま深い眠りに落ちていった。
 数時間に渡り熟睡していた奏が目を覚ましたのは、空が茜色に染まり始めた頃のこと。ベッドの縁にある桂の寝顔に気付いた奏は、無意識の内に伸ばした手が桂の頬に触れた瞬間、あまりの熱さに光の速さで我に返った。

「あっつ!!」
「うるさい……」
「あ、ごめん」
「ん?体が動かない」
「そりゃそんな熱あったら動けなくもなるよ」
「そうか、奏の風邪が俺に移ったんだな。いい度胸だ。奏を苦しめた風邪菌め、この桂小太郎が成敗してくれるわ」
「いやもう桂が成敗されちゃってんじゃん」

 ちょっとおとなしくしてて──と桂を床に横たわらせた奏は、手際良くベッドのシーツを交換した。桂をベッドに移動させ、新しい氷枕と氷嚢を用意する奏。氷枕と氷嚢の冷却効果で幾分楽になった桂は、落ち着いた様子で天井を見上げながら口を開いた。

「ありがとな」
「こちらこそ、ありがとね」
「何やってんだろうな、俺達」
「たまには、こういう日があってもいいんじゃない?」
「それもそうだな」
「お粥でも作ろうか?」
「それはそれで有り難いが、その……もうしばらく、ここにいてほしい」
「わかった」

 穏やかな声色でそう呟いた奏は、春の麗らかな陽気のような笑みを浮かべながら桂の横顔を見つめた。照れくさそうに顔を背けた桂は、平静を装いながら奏の手を握り締めた。



続く






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