ウィンタースポーツをやってみたいという徳川茂茂の願望を命からがら叶えた真選組の面々は、ゲレンデの程近くにある宿へやって来た。部屋に荷物を置いた奏は、夕食の前に湯浴みを済ませてしまおうと大浴場へ向かって歩き出す。荘厳な内装を見渡しながら歩いていた奏は、階段の前で神楽や志村妙と鉢合わせた。

「同じ宿だったんだね」
「ほんと、びっくりですね」
「こんな偶然もあるアルな」

 朗らかに笑い合った三人は、四方山話をしながら階段を下り始めた。三人が下の階に辿り着いた瞬間、同じ場所で鉢合わせたであろう坂田と土方の怒鳴り合う声が響き渡る。幸か不幸か、真選組と万事屋で宿が貸し切り状態であるため他の宿泊客はいない。連れが騒がしくて申し訳ない、いやいやこちらこそ──苦笑しながら謝り合った奏達は、程なくして大浴場のある二階へと辿り着いた。
 脱衣所に足を踏み入れた三人は、談笑しながら三つ並んだロッカーにそれぞれの荷物をしまい込む。目にも留まらぬ速さで服を脱ぎ、はしゃぎながら浴場へ向かう神楽。転ばないようにね──遠ざかっていく神楽の背中にそう呼び掛ける奏を一瞥した妙は、そこはかとなく憂いを帯びた表情を浮かべながら口を開いた。

「奏さんって、その……銀さんとお付き合いしてるんですよね」
「うん、まあ……改めて言われると、何か照れるね」

 照れ笑いを浮かべながら何気なく妙に視線を移した奏は、彼女の曇りがかった表情に気付くとおもむろに口をつぐんだ。まさか、お妙ちゃんも銀時を?──そんな胸騒ぎを感じながら、下着のホックを外す奏。どこか躊躇いがちに俯いていた妙は、意を決したように顔を上げながら奏の目を真っ直ぐと見つめた。

「本当に銀さんなんかでいいの!?」
「……え?」

 予想外の一言に、奏は目を白黒させながら首を傾げた。

「確かに、たまーにかっこいい時もありますよ。たまーに。でも、根本的には甘いものといちご牛乳で生成されているようなスカポンタンじゃないですか。私、奏さんにはもっと良い男性がいるんじゃないかって思うんです」
「あはは。容赦ないね、お妙ちゃん。お妙ちゃんなりに心配してくれてるんだろうし、それは本当に有り難いんだけど……大好きなんだよね、銀時のこと」
「あ……ごめんなさい、私ったら余計なこと……」
「ううん、心配してくれてありがとうね。てっきり、お妙ちゃんも銀時のこと好きなのかと思ったよ」
「それはないです」

 間髪入れず答える妙に苦笑した奏は、広げた手拭いで体の前半分を隠しながら浴場へ向かって歩き出した。たわいない話をしながら湯浴みを済ませ、もう少し温泉を楽しんでから上がるという妙達と別れ客室へ戻る奏。夕食の時間が差し迫った頃、身支度をしていた奏の部屋を浴衣姿の坂田が訪れた。ちょっとごめんな──顔を出した奏を抱きかかえた坂田は、脇目も振らずに走り出した。

「ちょっ……」
「説明は後だ。とりあえず、しっかり掴まっててくれ」

  言われるがまま坂田の首に腕を回した奏は、しがみつくように力を入れながら不安げな眼差しで彼を見上げた。いい子だ──と呟きながら奏を一瞥した坂田は、彼女の身体を力強く抱きかかえながら階段を駆け下りる。そのまま宿の外へ飛び出した坂田は、ゲレンデの一角に建ち並んでいるかまくらの一つに滑り込んだ。肩に掛けられた半纏に腕を通しながら、かまくらの中を見渡す奏。ガスコンロに土鍋、野菜にしらたきに新鮮な肉──こたつの上には、すぐにでも鍋料理を始められるような一式が置かれている。向かい側に腰を下ろした坂田は、恐る恐るこたつに入る奏を愛おしそうな眼差しで見つめた。

「ごめんな、いきなり連れ出しちまって」
「ううん、びっくりしたけど楽しかった」

 朗らかな笑みを浮かべながら鍋を火にかけた奏は、菜箸でしらたきをほぐし始めた。坂田と共に過ごす時間が増えるにつれ、二人でいる時の奏の口調は少しずつ砕けていっている。奏が怒っていない事に安心した坂田は、拉致まがいの行為をした理由を話しながら二人分の緑茶を用意し始めた。

「本当は、風呂上がったらすぐにでも会いに行きたかったんだ。それを、どこぞの兄ちゃんに邪魔されちまってな」
「邪魔するなんて、大人げないね。いったい、どこの私の兄ちゃんかな。本当にごめんなさい」
「まあ、最初はぶん殴りたくなっちまったけどな。けど、もしスムーズに会えてたら連れ出そうなんて発想にゃならなかったかもしれねェ。そう考えると、ある意味どこぞのシスコン野郎に感謝しねーとな」
「ありがとう」

 悪戯な笑みを浮かべた坂田は、片方の湯呑みを奏の前に置くと目を輝かせながら箸を手に取った。包み込むような心地好い暖かさが充満するかまくらの中、時おり笑い合いながら和やかに鍋を食べ進めていく二人。一時間後、のんびりと鍋を食べ終えた二人は肩を並べながら雪駄を履く。坂田の手を借りながら外へ出た奏は、かまくらの周りに並べられた無数の灯籠を見渡しつつ息を呑んだ。

「綺麗……」

 灯籠の幻想的な光に照らされた奏の横顔を見つめる坂田の瞳は、春の木漏れ日のように穏やかだった。奏の手を取り、指を絡ませながら歩き出す坂田。目を白黒させながら坂田を見上げた奏は、彼自身が照れている事に気付くと愛おしそうに頬を緩ませた。寄り添いながら歩く二人の後ろには、四つの足跡が続いている。かまくらエリアの外れに設置されている二人掛けのブランコに並んで座った坂田と奏は、どちらからともなく寄り添いながら満天の星空を見上げた。

「お、流れ星」
「どこどこどこ?」
「もう消えちまったよ」
「次は見逃さないようにしなきゃ」

 腕を組みながら前のめりになった奏は、真剣な眼差しで夜空を見上げた。奏の一挙手一投足が、坂田の理性を悪戯に揺さぶる。澄んだ夜空に散りばめられた無数の星の瞬きよりも、奏というたった一人の存在が、坂田にとって何より輝いて見えていた。

「奏」
「ん?」

 何気なく振り向いた奏頬に手を添えながら唇を重ねた坂田は、何事もなかったかのように天体観測を再開した。ぼんやりとした様子で坂田を見つめていた奏は、彼の感触が残る唇を指先でなぞりながら前へ向き直る。しばらく両手で顔を覆いながら悶えていた奏は、意を決して振り向くと指の隙間から覗かせた瞳で坂田を見つめた。

「銀時」
「ん?」
「……もっかい」
「マジでか」
「なっ、なな、なし。マジじゃない。今のなし。聞かなかった事に……」
「悪ィ、そいつは無理」

 逃げるように立ち上がった奏の腕を掴んだ坂田は、バランスを崩した彼女を抱きとめながら唇を重ね合わせた。すぐに唇を離し、勢い良く立ち上がる坂田。そそくさと歩き出した坂田を引き止めた奏は、背伸びをしながら無防備な彼の唇を奪う。ぎこちない口付けに頬を緩ませた坂田は、奏の手を握り締めながらゆっくりと歩き出した。



続く






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