明くる日──仕事から帰宅した奏を待ち構えていたのは、三指をつきながらしおらしく頭を下げる桂だった。どこで調達したのか、昔ながらの割烹着を身にまとい、長い髪の毛を一つに束ねている桂。ただいま──何も見えない振りをしながら通り過ぎようとする奏の足に縋り付く桂の姿は、さながら間貫一にしがみつくお宮こと鴫沢宮のようだった。

「触んないでもらっていいですかね」
「貴様、知らないのか?ウサギは寂しいと死んでしまうのだぞ」
「へーそうなんだ、寂しい思いさせちゃってごめんね。お詫びに快適なウサギ小屋紹介してあげる、常に誰かいるから寂しくもならないよ。あ、もしもし真選組ですか?」

 ひどい棒読みで言葉を紡ぎながら携帯電話を操作していた奏は、ごく自然な流れで通話をし始めた。真選組という単語に条件反射し、勢い良く取り上げた携帯電話を恐る恐る耳元に近付ける桂。時報と繋がっている携帯電話を奏に突き返した桂は、足を踏み鳴らしながら台所へ向かって歩き出した。

「武士を愚弄するのも大概にしろ!まったく……すぐに夕ご飯できるから、手ェ洗ってきなさい」
「はいよ、お母さん」
「お母さんじゃない、桂だ。……ほんっとに、手のかかる娘よ全くもう」

 小言を言いながら白米をよそう桂の後ろ姿は、紛う事なく「お母さん」そのものだった。割烹着を脱ぎ捨て束ねていた髪の毛を解いた桂と手を洗った奏は、居室に移動するなりテーブルを介して向かい合わせに座り、まるで示しを合わせたかのように同じタイミングで食前の挨拶をする。何かを探すように食卓を見回している桂に気付いた奏は、台所から持ってきた醤油の小瓶を彼の前に置いた。

「すまない、ありがとう」
「苦しゅうない」
「近う寄れ」
「謹んでお断りします」

 くだらない冗談をテンポよく被せてくる桂に苛立ちを覚えた奏は、額に青筋を浮かべながら顔を引きつらせるように苦笑した。奏を抱き締めんと大きく広げた両手を力無く下ろした桂は、萎れた花のように項垂れながら夕飯を再開する。やがて夕飯を終え、母親モードに戻った桂に「お風呂入っちゃいなさい」と言いつけられた奏は素直にその言葉に従った。湯浴みを終えた奏は、濡れた髪の毛を拭きながら居室へ戻る。神妙な面持ちで考え事をしていた桂は、奏が髪の戻ってきた事に気付くと慌てた様子でドライヤーを用意した。

「風邪引くぞ。座れ、俺が乾かしてやる」
「えー、自分でやるからいいよ」
「いいから座りなさい」

 なぜか母親モードの桂に反発する事が出来ない奏は、むくれながら渋々といった様子でソファの前に腰を下ろした。その後ろに座った桂は、鼻歌交じりにドライヤーの電源を入れる。温風になびく髪の毛の隙間から差し込まれた桂の指先が頭皮に触れた瞬間、赤面しながら体を強張らせる奏。毛根から毛先まで撫でるように手櫛をしながら奏の髪の毛を乾かし始めた桂は、ちらりと見えた耳がほんのりと赤く染まっている事に気付いた。

「耳が赤いな。やはり風邪引いたんじゃ……」
「えー、こんな短時間で?お風呂出たばっかで、体温上がってるからだと思うよ」
「それもそうだな」

 取ってつけたような苦し紛れの言い訳ながらも桂を納得させた奏は、熱を帯びる耳に指先で触れつつ小さく溜め息をついた。髪の毛に触れられる心地よい感覚に、膝を抱えるようにうずくまりながら目を閉じる奏。乾かしづらい──そんな文句を言いながら前屈みになった桂は、おもむろにすくい上げた奏の髪の毛に無意識の内に唇を寄せる。ふと我に返った桂は、奏に気付かれていない事を確認しつつ何事もなかったかのように髪の毛を乾かし続けた。



続く






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