ふと目を覚ました奏は、カーテンの隙間から射し込む朝日の光を片手で遮りながら天井を見上げた。ベッドの中で目を覚ました事から、昨晩の桂の襲来が夢だったのではないかと胸を躍らせる奏。しかし、台所の方から聞こえてくる野菜を切り刻む小気味良い音が奏の希望を跡形もなく打ち砕く。炊きたての白米を盛った二つの茶碗と昨日の夕飯の残りの筑前煮を乗せた盆を手に居室へやって来た桂は、奏が起床している事に気付くと爽やかな笑みを浮かべながら口を開いた。

「おはよう。もう少しで朝餉の準備が整う、それまでに顔を洗ってくると良い」
「その前に、ちょっと訊いていい?」
「何だ、改まって……スリーサイズなら、タダじゃ教えられんぞ」
「桂のスリーサイズとか毛ほども興味ないからね。私が知りたいのは、いつの間にベッドで寝てたのかって事」
「なんだ、そんな事か。夜の内に運んでおいただけだ。女性を廊下で寝させる訳にはいかないからな。安心しろ、運ぶ時以外は指一本触れていない」
「そうだったんだ。紳士的なんだね。ありがとう」
「お、おだてても何もやらんぞ」
「何もいらないから安心してよ、思った事言っただけだからさ。顔、洗ってくるね」

 会話を紡ぎつつ白米や筑前煮をテーブルに並べた桂は、洗面所へ向かう奏に軽く叩かれた腕を擦りながら頬を緩ませた。ふと我に返り、咳払いをしながら顔を引き締める桂。数分後、居室へ戻ってきた奏はテーブルの上に並べられた朝食を見渡しながら目を輝かせた。

「桂って料理上手だね」
「まあ、自炊してるから多少はな」
「私の作った筑前煮が霞んで見える」
「そうか?さっき一つつまんでみたが、味がしっかり染みていて美味しかったぞ。将来、良い嫁さんになれるだろう」
「褒めても何も出ないよ?」
「安心しろ、何もいらん。思った事を言ったまでさ」

 奏の言葉を拝借した桂は、不敵な笑みを浮かべながら筑前煮を頬張った。どこか照れたような笑みを浮かべた奏は、両手を合わせながら食前の挨拶をする。汁椀を両手で包み込みながら、大根とわかめの味噌汁をゆっくりと口に含む奏。出汁と大根の優しい風味が口いっぱいに広がった瞬間、奏は肩の力を抜きながら締まりのない笑みを浮かべた。

「美味しい」

 朗らかな笑みを浮かべながらそう言った奏は、あっと言う間に味噌汁を飲み干した。二杯目を求める奏が差し出した汁椀を、嬉しそうな表情を浮かべながら受け取る桂。空になった汁椀に味噌汁を注ぐ桂の目は、野原を駆けずり回る無垢な少年のように生き生きとしている。ありがとう──目の前に置かれた汁椀をやはり両手で包み込みながら味噌汁を一口啜った奏は、食卓に並べられた白米やおかずをバランス良く食べ始めた。

「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さまでした」

 十五分後、両手を合わせながら食後の挨拶をした奏は、積み重ねた空の食器を両手で持ちながら台所へやって来た。よっこいしょ──と立ち上がり、食器を洗い始めた奏の隣に並ぶ桂。乾いた布巾を手に取った桂は、奏が洗い終えた食器についた水滴を丁寧に拭いていく。食器洗いを終え、歯を磨くため洗面所へやって来る奏。後に続くように洗面所を訪れた桂は、奏の隣で歯を磨き始めた。

「はふはひひょーいひへはんはへ(歯ブラシ用意してたんだね)」
「ははひはえは。ふひはうほほ、ひふはんほひはひはほほっへほはいひょへひうほうふへひはんへんおひひへおはへはは(当たり前だ。武士たるもの、いつ何時何が起こっても対処できるよう常に万全を期しておかねばな)」
「へー、はうほほへ(へー、なるほどね)」
「今の通じたの!?」

 歯を磨きながら武士たるもの云々と力説していた桂は、造作もなく会話を続ける奏に仰天しつつ口を濯いだ。次いで咥内を濯いだ奏は、手拭いで口元を拭きながら髪の毛を梳かし始めた。

「んなわけないっしょ」
「おのれ、武士を愚弄したな……あれ?」
「ん?どしたの」
「お前の名前をまだ聞いてない気がする」
「ああ、そういえば教えてなかったかもね。朝比奈奏です、よろしく」
「奏か。良い名前だな」
「ありがとう。私これから着替えるんだけど、その間に何か必要なものあったら書き出しといてもらっていい?仕事の帰りにでも買ってくる」
「ああ、わかった。迷惑かけてすまない」
「やめてよ、そういうの。お互いやりづらくなるだけじゃん。困った時はお互い様、って事にしとこうよ」
「恩に切る」

 困ったような笑みを浮かべる奏に向かって深々と頭を下げた桂は、居室に戻ると必要なものリストをしたため始めた。A4サイズのチラシの裏面にびっしりと書かれた必要なものリストは、シャンプーの種類まで指定するという念の入れっぷり。身支度を終えた奏は、居室へ戻ってくるなり差し出された必要なものリストに目を通しながら鞄を手に取った。

「何これ、めんどくさっ」
「めんどくさっ、とは何だ。書き出せと言ったのは、奏だろう」
「それもそっか……わかった、買ってくるよ」
「ありがとう。よろしく頼む」
「はいよ。帰ってくるの、夜の九時頃になると思う」
「ああ。行ってらっしゃい。気を付けてな」

 行ってらっしゃい──久し振りにそんな言葉をかけられた奏は、無意識の内に頬を緩ませながら靴を履いた。奏を見送ろうと玄関へやって来た桂は、ゆっくりと開かれた扉から射し込む光に包み込まれていく彼女の後ろ姿に惹き込まれながら立ち止まる。行ってきます──振り向きざまに笑顔の花を咲かせた奏は、前へ向き直りながら光の中へと飛び込んでいった。



続く






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