最寄り駅から自宅までの道すがら、朝比奈奏は駅前で手渡された指名手配書に視線を落としながら歩いていた。この顔見たら、一一零番──大きな文字でそう書かれた手配書には、髪の毛の長さも相俟ってか中性的な青年の似顔絵が描かれている。桂小太郎……──指名手配書を見下ろしながらそう呟いた奏は、前から歩いてくる人物に気付かず肩をぶつけてしまった。

「ごめんなさい」
「こちらこそ」

 凛とした声でそう呟いた青年は、笠を被り直しながら足早に去っていった。顔が見えなかったため印象に残りづらいはずではあるものの、どういうわけか青年との些細なやり取りが奏の記憶の花壇に根を張り巡らせる。そうは言っても、桂小太郎の指名手配書に意識を奪われている奏は、程なくして青年との記憶を手放しながら帰路に就いた。
 自宅アパートに辿り着き、夕飯や入浴を済ませソファの上で寝転がりながら今日一日を思い返す奏。不意に鳴り響いた来客を知らせるチャイムの音が、通販で購入した商品の到着を知らせるものだと思い勢い良く飛び起きた奏は、目を輝かせながら短い廊下を駆け抜け玄関の扉の鍵に手を伸ばす。はいはーい──チェーンを外し忘れた事にも気付かず声を弾ませながら扉を開けた奏は、目にも留まらぬ速さで突き付けられた切っ先になす術もなく腰を抜かした。
 立ち上がる事さえままならず、へたり込んだ体勢のままぎこちなく後退りする奏。そんな奏の目の前でチェーンを断ち切った謎の訪問者──もとい桂小太郎は、頭から外した笠を彼女に被せながら刀を鞘に収め、我が物顔で朝比奈家に上がり込んだ。

「小綺麗だな」
「あ、どうも……いや、じゃなくて、ちょっと待って」

 小一時間ほど前に眺めていた指名手配書の似顔絵と同じ顔をした男の突然の来訪に戸惑いを禁じ得ない奏は、奥へ奥へと突き進む桂を四つん這いになりながら追いかけた。ソファの上で正座をした桂は、テーブルに置かれた自身の指名手配書を手に取った。

「これ、実物と違くない?この絵ちょっと実物よりのっぺりしてる気がするんだが、どこに苦情言えばいいんだろうか」

 奏の方に表面を向けた指名手配書を顔の横に持ってきた桂は、真剣な表情を浮かべながら馬鹿馬鹿しい質問を投げ掛けた。震える手で指名手配書を奪い取った奏は、目をかっ開きながら桂本人と似顔絵を交互に見比べる。警察に通報しなきゃ──慌てて手に取った携帯電話を手のひらの上で豆腐を切るような要領で破壊され、恐怖のあまり過呼吸を起こしかけながら後退する奏。目にも留まらぬ速さで抜いた刀をゆっくりと鞘に収めた桂は、あたかもここが自宅であるような振る舞いをしながら二人分のホットコーヒーを用意した。

「これでも飲んで、落ち着け」
「あ、どうも……ん、おいしい」

 嬉しそうに微笑む桂に頬を緩ませる奏だったものの、ふと我に返ると青ざめながらマグカップを膝の上に落とした。

「あっつい!!」
「お前、面白いな。タオル冷やしてくる、短パンにでも履き替えておけ」
「な、何かごめんね……タオル、タンスの一番下に入ってるから」
「ふむ。それじゃあ、下着はその上か」

 タンスの前へ移動した桂は、奏の指示を無視しつつ下から二番目の引き出しを開け放った。桂の思惑通り、下から二番目の引き出しには色とりどりの下着が収納されている。投げ付けられたマグカップを軽々と受け止めた桂は、一番下の引き出しから取り出したタオルを手に台所へ向かった。
 舌打ちしながらマグカップを投げ付けた奏は、深い溜め息をつきながらショートパンツに履き替える。数分後、颯爽と戻ってきた桂は、奏の太ももから膝にかけて赤く染まった部分を覆うように濡れタオルを被せた。

「ありがとう」
「ああ、気にするな」

 やはり我が物顔でソファに腰を下ろす桂に対し、奏は漠然とした疑問をストレートにぶつけた。

「何で指名手配犯がここにいるの?」
「目の付け所がシャープだな」

 教育番組の司会者を彷彿させる口振りでそう言い放った桂は、室内を歩き回りながら朝比奈家を訪れた理由を明かした。曰く、小一時間前に道端でぶつかった笠を目深に被った男が自分であると打ち明ける桂。無言で立ち去るか舌打ちしながら睨み付けてくるような者が多い中、律儀に謝罪した奏に感銘を受けたと力説する桂の瞳は、枕元に置かれていたクリスマスプレゼントの包装紙を破り捨てる少年のように輝いている。奏の声や後ろ姿も好みであったと言葉を紡いだ桂は、「気付いたら後をつけていた」と末恐ろしい事を純真無垢な笑顔で言ってのけた。

「というのも、真選組の連中に潜伏先がバレてしまってな」
「それは災難だったね」
「ああ、本当に災難だった。そこで、捨て猫を見捨てられない性分であろうお前に目を付けたんだ」
「そっかそっか。どうぞお帰りください」
「だから帰る場所がないって言ってるじゃん。俺の話、聞いてる?」
「電波悪くて聞こえたくない」
「日本語おかしくなってるぞ。安心しろ、何も未来永劫ここに居座るつもりなどない。そうだな……二週間以内に、新たな潜伏先を見つけて出て行くと約束しよう。そして、何があってもお前を護ると誓う」

 最後の一言に図らずもときめいてしまった奏は、頬を真っ赤に染めながら桂を見上げた。奏を見据える桂の瞳は、澄んだ青空に浮かぶ太陽のように光り輝いている。根負けした奏が溜め息交じりに頷いた瞬間、桂は目を輝かせながら満面の笑みを咲かせた。そのままソファの上で横たわった桂は、穏やかな表情を浮かべながら目を閉じた。

「安心したら眠くなってきた」
「寝るならベッドで寝てよ」
「俺からしたら、このソファも充分寝心地の良いベッドだ」
「招かれざる客とは言え、お客さん差し置いてベッドで寝られないから」
「お前は根っから優しいんだな。折衷案として、二人でベッドで寝るというのはどうだ?」
「やなこった。私、寝袋で寝るよ。桂はソファでもベッドでも好きな方で寝ていいからね」

 言葉を紡ぎつつクローゼットの奥から寝袋を引っ張り出した奏は、居室の電気を消すとあくびを噛み殺しながら廊下へ繋がる扉を開けた。扉がそっと閉まる音を耳にした桂は、仰向けになりながらゆっくりと目を開く。 寝袋に入り、桂と同じように仰向けの状態で天井を見上げる奏。しばらく天井を見上げながら物思いに耽っていた二人は、ほぼ同じタイミングで夢の世界に足を踏み入れた。



続く






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