真選組屯所、応接間──悠然と紫煙を燻らせる松平片栗虎に見合い話を持ち掛けられた土方十四郎は、額に冷や汗を滲ませながら膝の上で拳を握り締めた。給湯室で用意した緑茶を応接間へ持ってきた事務方・朝比奈奏は、張り詰めた空気に動揺しながら双方の前に湯呑みを置く。足早に立ち去ろうとする奏の手首を咄嗟に掴んだ土方は、困惑する彼女を引き寄せながら口を開いた。

「悪ィ、とっつぁん。実は朝比奈と付き合ってんだ、俺」
「え?何て?」
「あら、そうなの?おじさん、要らんお節介しちまったなァ。詫びと言っちゃあ何だが、良かったら二人で観に行ってくれや」

 差し出された二枚の紙を受け取った土方は、それらが映画のペアチケットという事に気付くと目を見開きながら固まった。状況が把握しきれないまま土方の手元を覗き込んだ奏は、首を傾げながら映画のタイトルを読み上げる。緑茶を一気に飲み干した松平は、どこか満足げな表情を浮かべながら立ち上がった。

「何だっけ、あの若者の間で流行ってる写真みたいなアレ……プリクラっつったっけ?今度、お前らの見せてくれよ」

 じゃ、楽しみにしてるわ──紫煙を吐き出しながら去っていく松平の背中を見送った土方は、困惑を隠せずにいる奏を無言で見上げた。同じく無言のまま腕を組みながら首を傾げる奏に、ぽつりぽつりと事の成り行きを説明し始める土方。一部始終を聞いた奏は、深い溜め息をつきながら脱力したようにしゃがみ込んだ。

「お見合い話の件に関しては気の毒だけど、巻き込まれるのは困る」
「悪かったよ。今度、飯でも奢るから許せ」
「お酒は?」
「飲みたきゃ飲め。その前に、映画とプリクラとやらを済ませてからな」
「えー、そんなの適当に話合わせとけばいいじゃん」
「一緒に観に行って感想とか言い合った方が、話も合わせやすくなるだろ。なぜかプリクラも期待されちまってるしな」
「あー、なるほどね。確かに一理あるわ」
「いつ行くか……こういうのは早めに済ませちまいてェんだよな」
「今日の夜は?」
「暇人かよ」
「暇人ですが何か?」
「暇人同士、さっさと終わらせるか」

 事務的に約束を交わした二人は、複雑な表情を浮かべながらそれぞれの持ち場へ戻っていった。
 数時間後、午後七時──約束通りの時間に待ち合わせ場所である正門へやって来た奏は、既に待っていた土方に気付かれないよう息を潜めながら歩み寄る。音を立ててしまわないよう慎重に背伸びをした奏は、悪戯な笑みを浮かべながら土方の目の前に両手をかざした。

「だーれだっ」
「奏だろ」

 視界を遮断する小ぶりな手の平を掴みながら振り向いた土方は、そこはかとなく穏やかな眼差しで奏を見下ろした。名字で呼ばれる事に慣れている奏は、突然の名前呼びに赤面しながら土方を見上げる。無意識の内に名前呼びしていた事に気付いた土方は、大きく見開かれた奏の目を隠すかのように手をかざしながら顔を背けた。

「見んな」
「そっちこそ」
「……行くぞ」
「行ってらっしゃい」
「お前も行くんだよ」

 テンポ良くボケる事で空気を和ませた奏は、土方に手を引かれながら歩き出した。すぐに解放された手を見下ろしながら、土方の二歩後ろを歩む奏。手のひらに残った温もりが自分の体温と溶け合っていくのを感じた奏は、もの寂しげな笑みを浮かべながら力無くうつむく。前を見ずに歩いていた奏は、何の前触れもなく立ち止まった土方の背中に激突してしまった。

「あ、ごめん」
「余所見すんな」
「わかった。土方だけ見てる」

 適当な発言をする奏に苛立ちを隠し切れない表情を浮かべる土方だったものの、無防備な笑顔に毒気を抜かれたかのように肩の力を抜いた。
 映画館に到着した二人はロビーで二手に別れ、土方はフードコンセッションで飲み物や軽食を買い、一足先にシアターへやって来た奏は二人分の座席をキープする。二人分の飲み物やポップコーンを乗せたトレイを片手にシアターへやって来た土方は、最後列の中央で手を振る奏に気付くと軽い足取りで段差を上り始めた。

「ありがとう。いくらした?」
「大した金額じゃねーよ、財布しまえ」
「え、あ、うん。ありがとう」

 促されるまま財布を鞄に戻した奏は、土方の横顔を一瞥するとポップコーンを頬張りながらスクリーンに視線を向けた。シアター内が暗転し、新作映画の予告が始まった頃、同時に手を伸ばした二人の指先がポップコーンの上で重なり合う。反射的に視線を合わせた二人は、弾かれたように目を逸らしながら遠慮がちに手を引いた。
 本編が始まって十分も経たない内に寝息を立て始め、徐々にバランスを崩しながら奏の肩にもたれ掛かる土方。色んな意味で驚いた奏だったものの、映画の世界に引き込まれていた彼女の集中力は途切れない。エンドロールが流れ始めた頃に目を覚ました土方は、頬を伝う涙を拭おうともせずにスクリーンを見つめる奏の横顔を凝視する。ふと我に返った奏は、土方の視線に気付くと慌てた様子で涙を拭った。

「泣くほど感動したのか」
「うん、すごい良い映画だった。始まって五分で寝てる土方にも、ある意味感動した」
「そいつァどーも」

 決まりが悪そうな様子でそうつぶやいた土方は、エンドロールが終わりシアター内が明るくなるとおもむろに立ち上がった。
 午後九時三十分、映画館を後にした二人はゲームセンターへやって来た。何年振りだっけなぁ──と懐かしさに浸る奏に続き、一台のプリクラ機のブースに足を踏み入れる土方。不意に響き渡った音声ガイダンスに驚いた土方は、反射的に懐から短刀を取り出しながら周囲を警戒した。

「何その反応、超面白いね」
「う、うるせェ。つーか、プリクラってこんな狭ェとこで撮るんだな……」
「変な気、起こさないでよ」
「起こす訳ねーだろ」

 最新のプリクラ機に慣れていない奏は、ガイダンスにしたがいながら操作をし始めた。目の大きさまで変えられる事に、驚きを隠せない奏。何も言わずに成り行きを見守っていた土方は、フレンドコースとカップルコースの選択肢で後者を選ぼうとした奏の手に掴み掛かった。

「そっちで良いのか?」
「良いも何も、松平公の中では私達付き合ってるんでしょ?」
「ああ、そっか……そうだな。すまねェ」
「大丈夫?」
「ん?ああ、大丈夫大丈夫」

 うわ言のようにそう呟いた土方は、操り人形のような動作でカメラの前に立った。土方の隣に立った奏は、ガイダンスの指示通りに腕を組んだり頬を寄せたりとポーズをとっていく。それじ
ゃあ次は、チューしてみよっか!──ガイダンスの無茶振りに動きを止め、恐る恐る土方を見やる奏。それまでの接近でリミッターが外れてしまった土方は、本能のまま奏を抱き寄せながら唇を重ね合わせた。

「正気!?」

 口付けをされてから上の空状態だった奏は、ゲームセンターを出たところでようやく我に返りながら声を張り上げた。

「何だよ、いきなり」
「ごめんそれこっちの台詞。さっきのキ……アレ、どういうこと?」
「あの機械の指示に従ったまでだ。……っつーのは建前だがな」
「建前?なら、本音は?」
「ずっと、ああしたかった」

 赤面しながら息を呑んだ奏は、どうしたらいいかわからずぎこちなくうつむいた。真っ赤に染まった頬に手を添えた土方は、奏の顔を覗き込みながら距離を詰めた。

「なあ、「嘘から出た真」ってどう思う?」
「今、一番好きな言葉かもしれない」
「奇遇だな、俺もだ」

 一握の照れくささを孕んだ不敵な笑みを浮かべた土方は、抱き寄せた奏を半ば強引に路地裏へ引きずり込んだ。どちらからともなく唇を寄せ合った二人は、目を閉じながら情熱的な口付けに溺れていった。






お題サイト・ スパイラル&現実逃避様より拝借いたしました。






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