坂田と奏が付き合い始めてから、一カ月が経った。二人の絆が深まるにつれ、兄・十四郎に対する奏の態度はそこはかとなく余所余所しいものになっていく。一握の罪悪感に苛まれた奏は、いっそのこと打ち明けてしまおうと思い立ち、自室でくつろぐ土方の元を訪れた。座椅子に座りながら紫煙をくゆらせる土方の前で正座し、極度の緊張に耐えつつ彼の瞳を見つめ返す奏。数秒間の沈黙の後、奏は意を決しながら口を開いた。

「報告したい事があります」
「何だ、かしこまって」
「私、銀……万事屋の坂田さんと、付き合ってます」

 奏の告白に目を見開きながら息を呑む土方だったものの、兄としてのプライドを盾に取り乱す事なく会話を続けた。

「出掛ける回数もやけに増えたから、彼氏でも出来たのかとは思ってたが……あいつだったんだな」
「うん」
「わざわざ報告したって事は、それなりに本気って事だよな」
「うん」
「……そうか」

 散歩してくるわ──そう言いながら立ち上がった土方は、かすかな物寂しさを置土産に去っていった。土方の背中を見送った奏は、彼が座っていた座椅子を見つめながら唇を噛み締める。ゆっくりと深呼吸をした奏は、土方との会話を思い返しながら副長室を後にした。
 一時間後──大江戸スーパーで食材を買い込んだ奏は、坂田が待っている万事屋を訪れチャイムを押す。転倒しそうな勢いで玄関までやって来た坂田は、目を瞬かせる奏を抱き寄せながら扉を閉めた。

「銀時さん……」
「銀時「さん」?」
「……「銀時」?」
「よく出来ました」

 恥ずかしさのあまり硬直する奏の頭を満足げに撫でた坂田は、さり気なく荷物を預かりながら台所へ向かって歩き出した。応接室から顔を出した神楽と挨拶を交わした奏は、坂田に続き台所へやって来る。調理台の上に置かれたスーパーの袋から食材を取り出した奏は、初めて手料理をお披露目するという事もあり、やけに神妙な面持ちで深呼吸をしながら包丁を握り締めた。

「緊張してる奏も可愛いな」
「か、からかうなら部屋で待っててください」
「からかってなんかねーよ、俺ァいつでも本気だ。それに、奏の一挙手一投足を見逃したくねェ」
「そんな恥ずかしいこと、堂々と……」
「どこが恥ずかしいんだ?まあ、照れてる奏も可愛いけどよ」
「それはどうもっ」

 耳まで真っ赤に染まってしまった奏は、恥ずかしさのあまり声を上ずらせながらじゃがいもの皮を向き始めた。奏が考えた献立は、カレーとシーザーサラダ。白米を炊いている間にカレーとサラダを作り終えた奏は、皿に盛り付けたそれらを応接室で待ち侘びていた神楽の前に並べた。

「いただきます!」
「はい、どうぞ」

 目を輝かせながら食前の挨拶をする神楽に微笑みかけた奏は、二人分のカレーを並べて置く坂田に気付いた。ありがとう──頬を緩ませながらそう言った奏は、神楽の正面に座った坂田の隣に腰を下ろす。まれに一言二言の会話を交わしつつ食事をする坂田と奏を眺めていた神楽は、空になった食器を置きながら口を開いた。

「銀ちゃんと奏、ほんとに付き合ってるアルな」
「まあな」
「宇宙一しょうもない男だけど愛想尽かさないでやってネ、奏」
「私にとっては、宇宙で一番素敵な人だからなぁ……逆に、愛想尽かされないようにしなきゃ」
「銀ちゃんを「宇宙で一番素敵な人」って断言するなんて、よっぽど世間知らずな箱入り娘か女神かしかいないネ。銀ちゃん、絶対に手放しちゃだめアル」
「神楽お前さっきから喧嘩売ってんのか?」
「別に。銀ちゃんに何か売ったところで、財布も胃袋も潤わないアル。じゃ、ごちそうさまでした。私もう寝るネ、変な事すんなヨ」
「誰がするか、コノヤロー」
「おやすみ」

 空いた食器を台所へ運んだ神楽は、奏の頬に口付けをすると、坂田に向かって挑発的な笑みを浮かべながら寝室へと姿を消した。突然の口付けに驚いたものの、同性であるが故か嫌悪感は抱いていない様子の奏。嫉妬や苛立ちを隠し切れない坂田に並々ならぬ愛おしさを感じた奏は、無言で皿洗いをする彼の背中にぎこちなく抱きついた。

「どうした?」
「抱き締めたくなって、つい」
「そっか」

 心地好い沈黙の中、奏の温もりを感じながら皿を洗い終えた坂田は、手を拭きつつ体の向きを変えるとそのまま彼女を抱きすくめた。

「何かあったのか?」
「あー……銀時と付き合い始めた事をね、兄ちゃんに話したんです」
「マジでか。それで、あいつ何て?」
「付き合ってる人がいる事には薄々気付いてたけど、相手が銀時とは思ってなかったみたいで」
「反対されたのか?」
「ううん。ただ、「そうか」って一言だけでした」
「なるほどな。もう少し落ち着いてからでいいような気もするけど……近々、鬼の副長改め鬼の義兄に挨拶しとくか」
「いいんですか?」
「まあ正直、反吐が出そうだけどな。奏のためなら、反吐が出ようが血ィ吐こうが何だってする」

 ありがとう──そう言いながらたくましい体に抱きついた奏は、心を満たす溢れんばかりの感謝や愛おしさを伝えるかのように力を込めた。しばらく互いの温もりに身を任せながら抱き締め合っていた二人は、やがてどちらからともなく名残惜しげに離れる。送ってく──そう言いながら奏の手を握り締めた坂田は、鼻歌交じりに歩き出した。
 密着しながらスクーターにまたがる二人の間には、会話こそないものの穏やかな空気が流れている。数十分後──屯所の前に降り立った奏は、脱いだヘルメットを坂田に差し出した。奏の左手もろともヘルメットを受け取り、そのまま手の甲に唇を重ねる坂田。街灯の朧気な光の下でもわかるほど赤面する奏に気付いた坂田は、柔らかな笑みを浮かべながら彼女の頭を撫でる。まるでタイミングを見計らったかのように姿を現した土方は、眉間にしわを寄せながら坂田を睨み付けた。

「よう、腐れ天パ。妹が世話んなってるみてェだな」
「いやいや。世話んなってんのは俺の方っすよ、お義兄さん。奏の手作りカレー、美味しくいただきました」
「誰がお義兄さんだ、こら。警官侮辱罪でしょっ引くぞ」
「テメーこそ天然パーマ侮辱罪で逮捕な。打ち首だ打ち首、この腐れ公僕が」
「うーん……よし、こうしない?月に一回、兄ちゃんも交えて万事屋で夜ご飯食べるの」
「何なんだ、いきなり。断るに決まってんだろ。何が楽しくて、こいつと飯食わなきゃなんねーんだ」
「俺も反対だね。こんな四六時中イライラしてるような奴と飯食っても、美味くなくなっちまう」

 坂田と土方の答えを聞き力なく項垂れた奏は、次の瞬間、にやりと笑いながら顔を上げた。

「二人とも、答えは「ノー」でいいんだね?」
「おう」
「ったりめーだ」
「そんな二人に問題です。マイナスとマイナスをかけると、答えはどうなりますか?」
「そりゃプラスに決まってんだろ」
「正解、さすが兄ちゃん。その通り、マイナスとマイナスをかけるとプラスになります。という事は、さっきの二人の「ノー」も掛け合わせると「イエス」になるわけですね」
「なんねーよ」
「なります」
「あんまし彼女の事否定したくねーけど……俺もなんねーと思うぞ、流石にそれは 」
「なります。というわけで、一回目の食事会は来月の一日ですのでよろしくお願いします」

 強引に約束を取り付けた奏は、坂田の手の甲に口付けをすると照れくさそうな笑みを浮かべながら屯所の中へと姿を消した。締まりのない顔で手の甲を見下ろす坂田を睨み付けた土方の視線は、一握の殺意を孕んでいる。溜め息交じりに歩き出した土方は、何か思い出したように立ち止まりながら振り向いた。

「なあ」
「んだよ」
「お前、奏と本気で付き合ってんだよな?」
「おう」
「奏の事、幸せに出来んのか?」
「ったりめーだろ」
「何でそんな自信満々なんだよ」
「奏の彼氏だからな」
「俺ァ認めてねーけどな」
「お義兄たまに認められるよう頑張りまーす」
「うるせェ玉潰すぞ」

 ドスの効いた声でそう言い放った土方は、紫煙をくゆらせながら歩き出した。土方の背中を見送ろうともせず、半ば楽しげな表情を浮かべながらスクーターを走らせる坂田。土方の背中を包み込むように吹きつけた一陣の風は、紫煙をさらいながら夜の闇に溶け込んでいった。



続く






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