生死の縁を彷徨ってから一週間の時が流れ、万全を期して職務復帰の日を迎えた奏は、朝から資料室に籠もりながら書類整理に追われていた。この一週間、日夜思い描いていた予想図と180度異なる現実に、ジレンマを隠し切れない様子の奏。不本意ながらも仕事は仕事として割り切り懸命に書類を捌いていた奏は、資料室を訪れた土方に気付くと満面の笑みを浮かべた。

「お疲れさまです」
「おう、お疲れ。体しんどくなったら、休んでて良いからな」
「ありがとうございます。バリバリ働くつもりだったので、違う意味でしんどいです」
「その意気込みは買うが、まだ完治してねーんだから無理させる訳にはいかねェだろ」

 不満げな表情を浮かべる奏の頭を優しく撫でた土方は、「不要」と書かれたダンボールの中へ無造作に放り込まれていく書類をシュレッダーで裁断し始めた。心地好い沈黙が流れる中、シュレッダーの機械音が黙々と作業している二人の鼓膜をくすぐる。何気なく顔を上げた奏は、土方と目が合った瞬間、赤面しながら反射的にうつむいた。奏の初々しい反応に悪戯心をくすぐられた土方は、不敵な笑みを浮かべながら彼女の隣に移動する。膝が触れそうなほどの近さに居たたまれなくなった奏は、取ってつけたように「何か飲み物持ってきますね」と言いながら立ち上がった。廊下まであと一歩というところで奏の手を掴んだ土方は、閉めた扉に追い詰めた彼女を無言で見下ろす。顔を真っ赤に染めながら狼狽する奏をしばらく静観していた土方は、彼女の耳元に唇を寄せながら口を開いた。

「お前ほんと可愛いな」
「そ、そんなこと言ってくれるの土方さんだけですよ」
「「土方さん」?」
「……十四郎さん」
「餓鬼の頃、散々呼び捨てにしてただろ」
「子供の頃と今とじゃ、色んな事が違いすぎます」
「まあ、それもそうだな。まずは、二人きりの時に敬語使ったらペナルティってとこから慣らしてくか」
「ペナルティって、どんなですか?」
「はいアウトー」

 言われたそばから敬語を遣ってしまった奏の頭を鷲掴みにした土方は、反射的に目を閉じた彼女の額に口付けを落とした。恐る恐る目を開けた奏の視線の先には、今まで見た事もないような穏やかな表情を浮かべる土方がいた。

「今のって……?」
「ペナルティだ」
「むしろご褒美なんですけど」
「互いにな。まあ冗談は置いといて、奏のペースで構わねェから慣れていってほしいっつーのが本音だな。よそよそしいままだと、何つーか……寂しいからよ」

 鬼の副長らしからぬ「寂しい」という発言に胸を高鳴らせた奏は、締まりのない笑顔を浮かべながら土方の顔を覗き込んだ。

「十四郎」
「何だ」
「十四郎十四郎十四郎」
「からかってんだろ」
「バレました?」
「ったく……飲み物取ってくる。お前は座ってろ」

 有無を言わさず奏を椅子に座らせた土方は、自然と緩んでしまう口元を隠しながら資料室を後にした。土方の背中を見送った奏は、熱を帯びる顔を両手で覆いながら足を踏み鳴らす。十分後──二本のペットボトルを携えた土方が戻ってくると、資料の整理を再開していた奏は平静を装いながら顔を上げた。

「ありがとうございます」
「ああ。体、大丈夫か?」
「はい、大丈夫です。書類の整理も、あと少しで終わります」
「そうか。終わったら、総悟んとこ行くか」
「総悟のところ?どうして?」
「報告がてら、挨拶しとかないとな」
「挨拶……」

 語尾を濁らせた奏は、低く唸りながらペットボトルの蓋を開けた。珍しく煮え切らない応対をする奏に違和感を覚えた土方は、心配げな表情を浮かべながら彼女の隣に腰を下ろした。

「どうした?」
「報告しなくても、いいんじゃないかなぁって思いまして」
「お前らんとこ、一番目と三番目はすげー仲良いけど二番目と三番目はそうでもないのな」
「まあ、同じ姉弟でも相性がありますからね」
「確かにな。成り行きに任せるか」
「せっかくの心遣いを、すみません」
「気にすんな。その内、総悟も気付くだろ」
「俺が何ですかィ?」

 まるでタイミングを見計らったかのように資料室へやって来た沖田は、いつもと変わらない飄々とした様子で土方達の会話に加わった。驚きの色を隠せずにいる土方とは対照的に、表情一つ崩さず状況を分析する奏。困惑する土方を一瞥した奏は、沖田を見上げながら口を開いた。

「土方さんと付き合う事になった」
「マジでか。良かったな」
「ありがと」
「意外とあっさりしてんのな」
「仮に姉上だったとしたら八つ裂きにしてるところですけどねィ。まあ姉貴でも、もし傷付けるような事があればただじゃ済まさねェけど」
「何だかんだ姉ちゃん想いだな」
「流石、自慢の弟」
「言ってろ」

 会話を紡ぎながら目的の資料を探し求めていた沖田は、一冊のファイルを小脇に抱え飄々と去っていった。呆然としながら顔を見合わせた土方と奏は、どちらからともなく頬を緩ませる。書類整理を再開する奏の横顔を眺める土方の瞳には、穏やかな光が宿っていた。



続く






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