二年後騒動から一週間──坂田から贈られた小紋を身にまとった奏は、待ち合わせ場所である大江戸公園へやって来た。既に約束の場所で待っていた坂田は、奏に気付くなり頬を緩ませながら手を挙げる。坂田に気付き満面の笑みを咲かせた奏は、小さく手を振りながら彼に駆け寄った。

「おはようございます」
「おう」
「ごめんなさい、待ちました?」
「いや、俺が早く来すぎちまっただけだ」

 照れくさそうに笑った坂田は、スクーターにまたがるなりエンジンをかけながらヘルメットを差し出した。両手で受け取ったヘルメットを装着した奏は、慣れない様子で横向きに相乗りする。奏の両手をさり気なく腰に導いた坂田は、彼女の温もりに表情を和らげながらアクセルを回した。刹那、二人を乗せたスクーターはエンジン音を響き渡らせながら走り出した。
 初デートのノウハウを入念に調べた坂田が選んだ行き先は、繁華街にある映画館。柄にもなく恋愛映画の前売り券を購入しておいた坂田だったものの、いざ上映が始まるとものの三分で寝息を立て始めた。驚きを禁じ得なかったものの、坂田の寝息を聞いている内に微睡み始め、終いには彼の肩に寄り添いながら眠りに落ちていく奏。そんな奏の圧力で目を覚ました坂田は、彼女の温もりを堪能しながらスクリーンを眺める。再び睡魔に襲われた始めた坂田は、互いの体温が溶け合うような心地好い感覚に溺れながら目を閉じる。エンドロールが終わる頃に目を覚ました二人は、苦笑しながら映画館を後にした。

「本当にごめんなさい」
「いや、先に寝ちまったの俺だしな……両成敗って事で、飯でも食うか」
「はい、お腹空いちゃいました」
「何か食いたいもんあるか?」
「食べたいものっていうか、銀時さんがいつも行ってるお店に行ってみたいです」
「いつも行ってる店っつってもなー……奏ちゃんも知ってるだろうけど、あんまりデート向けの店じゃねェんだよな」
「いいんです。どこに行くか、何を食べるかよりも、誰といるかが大切なので」
「嬉しい事言ってくれるじゃねーの。よし、行きますか」

 通行人とぶつかりそうになった奏の肩を抱き寄せた坂田は、頬を赤く染めながら慌てて手を離した。わ、悪ィ──しどろもどろになりながらそう呟いた坂田の指先を掴まんと伸ばされた奏の手が、不安な気持ちを表すかのように空を彷徨う。一連の流れに目を白黒させた坂田だったものの、体の芯から湧き上がる愛おしさに突き動かされるように奏の手を握り締めた。スクーターに相乗りし、営業を再開した坂田行きつけの定食屋へと向かう道すがら、無意識の内に彼の腰に回した腕に力を込める奏。二人の間に穏やかな雰囲気が流れていたのも束の間、辿り着いた定食屋で宇治銀時丼を目の当たりにした奏は、顔を引きつらせながら恐る恐る丼を覗き込んだ。

「これは……?」
「白米と小豆の最強タッグ丼。宇治銀時丼だ。俺の大好物なんだ」
「人様の好きなものにとやかく言うのも気が引けるんですけど、これ健康に悪くないですか?」
「本当に美味いもんってのは、得てして体に悪ィもんだろ」
「それはそうなんですけど……私、銀時さんには健康でいてほしいです」
「んな事言ってくれんの、奏ちゃんだけだぜ。何なら今度作ってくれよ、飯」
「うーん……料理、あんまり得意じゃないんですよね」
「さっき、奏ちゃんも言ってたろ。美味い不味いより、誰が作ってくれるかが大事なんだ」

 照れくさそうな笑みを浮かべながら頷いた奏は、カウンター越しに受け取った蕎麦に向かって手を合わせた。黙々と蕎麦をすする奏を一瞥した坂田は、穏やかな笑みを浮かべながら宇治銀時丼を頬張る。食事を終えた二人が定食屋を出ると、沈み始めた夕陽が街並みを茜色に染めていた。

「少し走るか」

 定食屋の前に停めてあるスクーターにまたがった坂田は、奏が相乗りしたのを確認すると、鼻歌交じりにアクセルを回した。夕陽を背負う二人を乗せたスクーターは、風を切りながら江戸の街を通り抜けていく。やがて夕陽が沈みきった頃、海に面した公園へやって来た二人は、遊歩道沿いに設置されているベンチに並んで座りながら穏やかな海面を眺めていた。ぽつりぽつりと他愛ない会話を紡ぐ二人を、街灯の光が朧気に照らしている。ふと会話が途切れた数秒後、坂田は奏の方に体を向けながら口を開いた。

「奏ちゃん」
「はい?」

 返事をしながら隣を見やった奏は、真剣な面持ちの坂田と向き合うように姿勢を正した。奏の真っ直ぐな眼差しから逃げるように顔を背けた坂田は、膝の上で拳を握り締めながら力無く項垂れる。しばらく沈黙が続く中、奏は目を逸らす事なく坂田の次の言葉を待ち続けた。何度か深呼吸を繰り返した坂田は、意を決したように顔を上げた。

「あのな、奏ちゃん」
「はい」
「奏ちゃんの事が好きだ。奏ちゃんの事、護らせてくれねェか?」

 坂田の告白に声を詰まらせた奏は、せめて返事だけでも伝えようと、震える指で彼の袖を引っ張りながら幾度となく頷いた。感極まった様子で目を見開いた坂田は、奏の体を無意識の内に抱きすくめていた。

「銀時さん」
「ん?」
「私も、ぎゅってしていいですか?」
「もちろんですとも」
「し、失礼します」

 このような状況下でも礼節を重んじる奏は、深呼吸をしながらぎこちなく坂田の背中に腕を回した。互いの体温や呼吸を確かめ合うように、ぴったりとくっつきながら夜の静けさに身を任せる二人。数分後、どちらからともなく離れた二人は照れ笑いを浮かべながら顔を見合わせた。

「何か照れちまうな」
「そうですね」
「そろそろ行くか。送ってく」
「ありがとうございます」
「ん」

 おもむろに立ち上がった坂田は、照れくさそうに目を背けながら手を差し出した。差し出された手を握り締めつつ立ち上がった奏は、坂田に寄り添いながら歩き出した。

「銀時さん」
「ん?どした?」
「大好きです」
「おー、サンキュ」

 口先では冷静を装う坂田だったものの、奏の手を握り返す掌から伝わる体温が彼の熱情を表していた。スクーターに乗った奏の額に口付けを落とし、そっとヘルメットを被せさせる坂田。たくましい腰に腕を回した奏は、広い背中に頬を寄せながらゆっくりと目を閉じた。



第一章 完






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