夕方頃から数時間かけて膨大な数の書類を確認していた土方は、煙草の箱が空になった事に気付くと溜め息をつきながら副長を後にした。おもむろに見下ろした腕時計の針は、十時の位置を指している。胸ポケットから携帯電話を取り出した土方は、恋人である奏に電話を掛け始めた。

「はい、もしもし」

 電話越しに聞こえてくるしゃがれた声に驚きを禁じ得ない土方は、動揺しながら口を開いた。

「どうした、その声」
「風邪ひいちゃった」
「大丈夫か?熱は?」
「ちょっとだけある」
「そうか。わかった」

 言うが早いか、電話を切った土方は不安げな表情を浮かべながら走り出した。一方、携帯電話を枕元に置いた奏は、ベッドの中でうずくまりながら寒気と戦っている。数十分後──気を失うように眠りに落ちた奏は、来客を知らせるチャイムの音で目を覚ました。起きるに起きられずベッドから這い出ようとした奏は、途中で力尽きたように動きを止める。合鍵を使って中に入った土方は、ベッドから半分ずり落ちた奏に慌てて駆け寄った。

「おい、大丈夫か?」
「うん、大丈夫。来てくれたんだね」
「そんな声聞いちまったら、放っとけるわけねェだろ」
「ふふ、ありがとう」
「無理して喋んな。大人しく寝てろ。台所、借りるぞ」

 抱き起こした奏をベッドに寝かせた土方は、持っていたビニール袋から取り出したスポーツドリンクを彼女の手の届く範囲に置き、寝室を後にした。台所へ移動した土方は、ビニール袋から取り出した粥の材料を調理台の上に乗せていく。慣れない料理に悪戦苦闘しつつ、米と水を入れた土鍋を火にかける土方。数十分後、心地好く微睡んでいた奏は土鍋の蓋と本体がぶつかり合う音で目を覚ました。転がり落ちるようにベッドから降りた奏は、ふらふらになりながら台所へ移動する。土鍋の蓋を直に触ってしまった右手を流水で冷やしていた土方は、今にも倒れそうな奏の肩を慌てて支えた。

「寝てろっつっただろ」
「ごめんね。すごい音がしたから、つい」
「素手で鍋の蓋触ったら、想像以上に熱くてな。悪ィ、起こしちまったか?」
「ううん、そんな事ないよ。手、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」

 穏やかな笑みを浮かべた土方は、奏を抱きかかえながら寝室へ連れ戻した。奏をベッドに寝かせ台所へ戻ってきた土方は、完成した粥や風邪薬を盆に乗せる。ベッドの上で横たわっていた奏は、土方が戻ってくると安心したような笑みを浮かべながら起き上がった。

「本当にありがとう」
「おう。ちょっと待っててな」
「至れり尽くせりだね」

 れんげで掬った粥に息を吹きかける土方の仕草に頬を緩ませた奏は、幸せを噛み締めるようにはにかみながらその光景を眺めていた。口元に運ばれた粥を頬張った奏は、ほとんど形が残っていない米を咀嚼しながら嬉しげに微笑む。粥を食べ終えた奏に風邪薬を飲ませた土方は、決して器用とは言い難い手つきながらも、奏のために必死で洗い物を済ませた。










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