気持ち良く眠っていた奏を叩き起こしたのは、皇帝のような格好をした沖田だった。さっさと着替えろ──そう言い放った沖田に投げ渡された一枚の大きな布を、わけがわからないまま体に巻き付ける奏。広げた状態では大きいとは言え、人一人を包み込むとなると一筋縄ではいかず。試行錯誤しながら布を身に纏った奏は、一晩の内に宮殿と化した屯所内をひた歩き、絢爛とした広間の壇上でふんぞり返る沖田の前へやって来た。

「遅い」
「うるさい」
「皇帝に向かって、その口の利き方は何だ」
「皇帝?ふざけてんの?」

 状況を把握しきれず困ったような笑みを浮かべる奏に対し、沖田は容赦なくコップに入っていた水を浴びせかけた。理不尽な仕打ちに目を白黒させた奏だったものの、髪の毛の先から水を滴らせながら負けじと沖田を睨み付ける。奏の反応に加虐心をくすぐられた沖田は、そこはかとない狂気を孕んだ笑みを浮かべながら会話を続けた。

「貴様の知っている真選組は、もう存在しない。これからは、この国を真選組帝国として再建せんとする我にその身を捧げよ」
「その前に、厠に供物捧げてきていいですか」
「大きい方か、小さい方か」
「組織を統べる長が下々の人間のプライバシーを聞き出そうとするなんて、今時流行りませんよ」
「それもそうだな。おい、奏姉を案内しろ」
「はい、カイザー」

 沖田の傍らで跪いていた側近が土方である事に気付いた奏は、目を見開きながら息を飲んだ。菩薩のような笑みを浮かべながら歩き出した土方の三歩後ろを、無言でついていく奏。手頃な大きさのブロンズ像を調達した奏は、前を歩く土方の後頭部めがけてそれを振りかざす。勢い良く振り下ろされたブロンズ像を軽々と避けた土方は、奏の手首を締め上げながら舌打ちをした。

「いてててて、ギブギブギブ」
「俺を撲殺しようなんざ百年早ェよ、チビ助」
「撲殺なんて、人聞き悪いこと言わないでよ。軽く叩けば元に戻るかなって思っただけで……あれ?ていうか、戻ってる?」
「戻ってるも何も、俺ァ何も変わっちゃいねーよ。朝起きたらこんな事になってて、ビビったぜ」
「これ何?どんな状況?ドッキリか何か?」
「落ち着け。それがどうも、そんな単純な事じゃないみてェなんだ。何せ、近藤さんと万事屋んとこの眼鏡の姉貴が結婚したからな」
「結婚!?」
「な、意味わかんねーだろ。とりあえず、奏はしばらく雲隠れしてた方がいいかもな。総悟も他の隊士達も、何しでかすかわかったもんじゃねェ」
「そうは言っても、一体どこに隠れれば……」
「……こんなこと言いたかねェけど、万事屋んとこ行け。あいつらも、変わっちまってるかもしんねーけどよ」
「いいの?」
「本当は行かせたくねーに決まってんだろ。それ以上に、お前の気持ちを蔑ろにしたくねーってだけだ」
「もしかして、気付いてる?」
「……いつまでもうじうじしてねェで、さっさと気持ち伝えとけ。伝えられる内に伝えとかねーと、後悔すんぞ」
「……うん。ありがと、お兄ちゃん」
「さっさと行け。ほとぼりが冷めたら迎えに行く。帰ってきたら、みっちり尋問するからな」

 帰りたくないなぁ、と冗談めかした奏はどこか切なげな笑みを浮かべながら土方と別れた。疑心暗鬼の境地に陥った奏は、他の隊員達と鉢合わせしないよう息を殺しながら屋内を移動する。外へ出てもなお警戒心を剥き出しにしながら歩き続けた奏は、万事屋の前に辿り着く頃には疲労困憊していた。そんな奏の前に現れたのは、酸いも甘いも知り尽くしたような犬耳中年男性とスタイル抜群の美女だった。

「あ、姐さん。お久し振りです」
「え、あ、どうも」
「おう、久し振りアルな」
「……もしかして、神楽ちゃん?」
「もしかしなくても神楽アル。定春の散歩行ってくるネ」
「失礼しやす、姐さん」

 呆然と立ち尽くす奏の前を一礼しつつ通過した中年男性──もとい定春は、尻尾を左右に振りながら階段を下りていった。お邪魔します──抑揚のない声でそう呟きながら、万事屋に足を踏み入れる奏。応接間の扉を開けた奏は、神楽以上に豹変してしまった坂田と目が合った瞬間、無言で涙を流した。

「奏ちゃん!?」

 奏の格好や突然の涙に目を見開いた坂田は、狼狽えながら立ち上がった。絶え間なく溢れ出す涙を拭おうともせず、虚空を見つめながらへたり込む奏。絶望に満ちた笑みを浮かべる奏に駆け寄った坂田は、ずれ落ちそうな布の下から覗いた奏の肩に脱いだばかりの上着をそっと掛けた。

「泣いてるとこ悪ィんだけど、奏ちゃんと俺が最後に会ったのっていつだっけ」
「私の記憶が正しければ、三日前だったと思うんですけど……」
「だよな!そうだよな!二年前なんかじゃないよな」
「二年前?むしろ出会ってもないような」
「それがな、俺達以外の奴らほとんどが今を「二年後」として認識してんだよ」
「二年後?」
「ああ。奏ちゃんの周りでも、おかしくなっちまった人間いるだろ?」
「あー、いますね……現に、目の前に」
「これは「二年後」に順応するため仕方なくだな……」
「わかってますよ。話してると、いつもの銀時さんだってわかります」
「にしても、奏ちゃんの格好にも驚いたぜ。いったい、どんな「二年後」なんだって」

 坂田の言葉に苦笑した奏は、沖田に叩き起こされた事から土方の手を借りて逃走した事まで事細かに説明した。半ば混乱したまま捲し立てるように事の成り行きを打ち明ける奏をソファに座らせた坂田は、彼女の話を反芻しながらコーヒーや茶菓子を準備する。わずかながらも落ち着きを取り戻した奏の前に淹れたてのコーヒーと茶菓子を置いた坂田は、「すぐ戻るから待っててな」と言いながらスクーターの鍵を手に取ると、足早にどこかへ出かけていった。
 二十分後、颯爽と帰宅した坂田は安心したような笑みを浮かべる奏に一つの紙袋を差し出した。首を傾げつつ受け取った紙袋を覗き込んだ奏は、その中に可愛らしい小紋が入っている事に気付くと目を見開きながら顔を上げた。

「そのままでいさせる訳にもいかねーと思ってな。かと言って、その格好の奏ちゃんと一緒に買いに行く事も出来ねェし……俺の好みで選んじまって申し訳ねーけど」
「ありがとうございます。嬉しいです。今お財布持ってないので、後で支払いますね」
「あー……それなら、今度どっか出掛けねェ?」

 赤面しつつ顔を背ける坂田の羞恥心が移ったのか、頬を紅潮させながら唇を噛み締める奏。き、着替えてきますね──混乱するあまり誘いに対する返事をし忘れたまま寝室の襖を開けた奏は、目にも留まらぬ速さで小紋に着替えると、意を決したように拳を握り締めながら応接間へ戻ってきた。

「で……」
「「で」?」
「で、出掛けたいです。銀時さんと」
「……ああ、約束な」

 驚いたように目を見開いた坂田だったものの、満面の笑みを咲かせながら右手の小指を差し出した。小指を絡ませながらはにかんだ奏は、「早くデートしてェし、さっさと解決させてくるか」と威勢良く歩き出した坂田の後に続き、二年後問題を解決するべく江戸中を駆けずり回った。二年後の世界で取り残された者同士としてより絆を深めた坂田と奏は、抜群の結束力を発揮しながら事件を解決へと導いていった。



続く






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