兄・土方に連れられて何度か訪れた定食屋の店主の訃報を耳にした奏は、喪服を身にまとい沈痛な面持ちで葬式会場へやって来た。仏前で咽び泣く土方の背中をさすりながら立ち上がらせた奏は、今し方やって来た万事屋一行に気付き粛々と頭を下げる。犬猿の仲である坂田と土方のバッティングに空気が張り詰めたものの、当の本人達は食に関する最大とも言える理解者がいなくなってしまった悲しみに打ちひしがれ、罵倒し合う気分には到底なれないようだった。

「惜しい人を失くしたな」
「ああ。江戸の宝が、また一つ消えたな」

 語尾を震わせながら言葉を交わした坂田と土方は、弔問客席の最後列に腰を下ろした。土方の隣で正座をした奏は、胸の高さで手のひらを合わせながら目を閉じる。肩を叩かれた事で集中力が途切れてしまった奏は、激しく取り乱す土方に困惑しながら口を開いた。

「どうしたの?」
「あ、あああアレ……」
「アレ?」

 震える人差し指が指し示す祭壇の方を見やった奏は、特に変わったように見受けられず首を傾げながら隣の土方に視線を戻した。

「いい顔だよね」
「は!?いい顔!?」
「え?遺影の事じゃないの?」
「違ェよ、俺が言ってんのはもっとリアルな……リアル?リアルか?アレはリアルなのか?」
「よくわかんないけど、取り乱すほど悲しんでるのは伝わってきたよ。まだしばらくは読経が続くだろうし、今の内に厠でも行っておいたら?」
「何で俺に見えて、妹のお前には見えねーんだ!?」

 慰めるように土方の背中をそっとさすった奏は、再び目を閉じながら手を合わせ読経に耳を集中させた。半透明の店主の登場で正気を失ってしまった坂田と土方を中心に一波乱ありながらも、式はしめやかに進行されていく。現実逃避しようとする坂田と土方への見せしめに魂を抜かれてしまった奏は、近藤らと共に白目を剥きながら昏倒した。
 魂を丹念に捏ねられていた時は狂おしい程の快楽に見舞われ、茹でられている時は母親の胎内にいるような至高の温もりに包み込まれていた奏は、目を覚ました瞬間よだれを垂れ流している事に気が付いた。何事もなかったかのように口元を拭う奏に安堵した土方と坂田は、ほぼ同時に溜め息を漏らしながらへたり込んだ。

「よかったー……」
「なかなか目ェ覚まさねーから心配したぞ」
「体、大丈夫か?」
「ちょっと怠いくらいで特に問題ないです」
「あんだけ痛め付けられれば、そりゃ怠くもなるわな」
「痛め付けられる?」
「覚えてねーのか。奏ちゃんの魂、親父の霊に蕎麦みてェに調理されちまってたんだよ」
「そんな事が……すごく暖かくて気持ち良かったんですけど、端から見るとえげつない事されてたんですね」
「兄貴の前でそういう話すんのやめてくんない」
「まあ奏ちゃん可愛いし、そっちの経験も少なからずあるだろ?ぶっちゃけ、今までで何番目に気持ち良かった?」
「やめろっつってんだろ、殺すぞ腐れ天パ」
「経験ないので、わかりません」
「するってェと、あれか?えーっと、何つーか……」
「処女ですがなにか?」

 あからさまに喜びを隠せずにいる坂田を殴り飛ばしたくなった土方だったものの、どこか安心したように溜め息をついた。しかし、男女比が七対三の武州において奏がかなりの頻度で言い寄られていた事を思い出した土方は、納得がいかない様子で彼女を見やった。

「お前、武州にいた頃かなりモテてたよな?結局、誰とも付き合わなかったのかよ」
「そういうの興味なかったからね」
「俺のためにとっといてくれたんだな」
「ぶっ殺すぞテメェ」
「黙ってろ、お義兄さん」
「誰がお義兄さんだ、テメーみたいな義弟いらねーよ」
「それより、勲兄達は?」
「お前が目ェ覚ます一時間くらい前に起きたから、先に帰らせた」
「そっか、お兄ちゃんも銀時さんも私のこと待っててくれたんだね。ありがとう」

 おもむろに頭を下げる奏の前、坂田と土方は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら睨み合った。仲の悪さを露呈させる一方、寸分違わぬタイミングで奏に手を差し出す坂田と土方。そんな二人の姿に小さく噴き出した奏は、両者の手を借りながら立ち上がった。



続く






back/Top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -