見廻組副長・今井信女と同じ出自を辿り、今現在「掃除屋」と名乗りながら暗殺者として生計を立てている奏は、次の標的となる土方十四郎の情報を得るために昔馴染みである彼女の元を訪れた。久方振りとなる再会に驚きながらも手土産のドーナツに釣られた信女は、見廻組屯所の程近くにある河原で奏と話をする事にした。

「久し振りね、奏。まともに顔を合わせるのは何年ぶりかしら」
「覚えてないなぁ、過去は振り返らない主義だから」
「それにしては、何かと私の周り嗅ぎ回ってたみたいだけど」
「さすが骸、勘がいいね。そういえば、今は「骸」じゃなくて「今井信女」だったっけ」
「相変わらず、よく喋るのね。で、何の用?」
「ちょっと聞きたい事があってさ。土方十四郎について」

 唐突に挙げられた土方の名前に動きを止めながら奏を見やった信女は、咀嚼していたドーナツをゆっくりと飲み込んだ。そこはかとない動揺を孕んだ信女の眼差しを感じた奏は、張り詰めた空気をものともせずに陽気な声で言葉を紡いだ。

「次のターゲット、土方十四郎なんだよね。だからある意味、敵情視察みたいな。掃除屋も大変なんだわ」
「……相手が悪すぎる。奏自身、無事じゃ済まない」
「へー、そんなに強いの?」
「強いとか弱いとか、そういう次元じゃない。刺し違えるくらいの気概がなければ、奏が殺される」
「いいね、そういう相手を待ってた」

 語尾を弾ませた奏は、クリスマスプレゼントをもらった子供のような笑顔を浮かべながら仰向けに寝転んだ。そんな奏を一瞥した信女は、最後の一欠片となったドーナツを頬張りながら空を見上げた。

「殺されるかもしれないっていうのに、何だか嬉しそうね」
「願ったり叶ったりだからね」
「変な人。上から与えられた戒名を拒んだり、数え切れない人を手にかけたのに人殺しの目をしていなかったり……私、自由奔放な奏がずっと羨ましかった」
「奏っていう名前は、一番最初に親からもらった贈り物だからね。そう簡単には捨てられないよ、カミサマがつける戒名なんてダサいしさ。それに、私は信女が羨ましいよ。佐々木異三郎っていう、良きパートナーがいて」
「異三郎はパートナーなんかじゃ……」
「そう?私には、友達や恋人や家族とは呼べずとも、何かしらの絆で結ばれてるように見えるけどね。私は結局そういう相手と縁がなかったから、すごく羨ましい。じゃ、そろそろいくわ。情報ありがとね。ばいばい」
「奏……生きて」

 信女の言葉に目を見開いた奏は、「それはどうかな」と曖昧な笑みを浮かべながら起き上がった。去っていく奏の背中を見送る信女は、いつもと変わらず無表情ながらも瞳の奥に憂いを帯びた光を宿していた。
 そんな信女の気持ちを知ってか知らずか、もはやスキップに近い足取りで土方を探し始める奏。人通りの多い繁華街を巡回するパトカーの助手席に土方の姿を発見した奏は、タイヤに照準を定めながらクナイを投げ放つ。破裂音が鳴り響くと同時に蛇行し始めたタクシーは、行き交う人々を轢きそうになりながら停車した。

「ったく、何なんだ一体……」
「あいつ……!」

 助手席から降りた土方は、指名手配犯である奏の存在に気付くなり脇目も振らず駆け出した。付かず離れず一定の距離を保ち、時折からかうように振り向きながら土方の神経を逆撫でする奏。わざとらしく路地裏の袋小路に迷い込んだ奏は、まるで背後に迫りくる切っ先が見えているかのように高く舞い上がり、空中で一回転しながら土方めがけて刀を振り下ろした。耳をつんざくような重々しい金属音と共に、刀を交えながら睨み合う二人の闘争心を駆り立てるように火花が散る。地面に降り立った奏に連続攻撃を見舞った土方は、なぜか防戦に徹する奏に苛立ちを覚えながら間合いをはかった。

「どういうつもりだ、お前」
「何の事?」
「とぼけてんじゃねーよ。俺を殺りにきたんだろ?何で防戦一方なんだ」
「そりゃあ副長さんが強いからに決まってるじゃん」
「ほざけ。俺ごときに遅れを取るようなタマじゃねーだろ、元天照院奈落の奏さんよ」

 鼻から吸い込んだ空気を口からゆっくりと吐き出した奏は、刀を構えながら興奮したような笑みを浮かべた。そのまま走り出した奏の瞳孔は完全に開ききっている。その刀で心臓を貫いてくれ、と言わんばかりに隙だらけの構えで土方に突進する奏。切っ先を向けられてもなお勢いを落とさない奏との距離があと一歩のところまで迫った刹那、土方は手首を捻りながら刀身を僅かに落とした。目を見開いた奏の腹部に突き立てられた刀が、皮膚や脂肪を裂きながら体内へ飲み込まれていく。奏の腹部を貫いた刀は、計算しつくされたかのように内臓を一切傷つけていなかった。腹部に突き立てられた刀身を握り締めた奏の掌から溢れ出した血液が、音もなく零れ落ちては地面をどす黒く染めていった。

「な、何で……?」

 刀の構えで致命傷に至らない事を察した奏は、薄れゆく意識の中、うわ言を呟きながら土方にもたれ掛かった。
 夢の中、奏は暗闇をただひたすら歩き続けていた。地獄に落ちる穴でもいい、天国へと続く階段でもいい、あの世界から解放されるなら何だって──そんな事を考えながらひた歩く奏の背後に、目が眩むほどまばゆい光が迫りくる。光に気付いた奏は、足をもつれさせながら走り出した。歩調と呼吸のタイミングが合わず、数歩走ったところで無惨に倒れ込む奏。両手で顔を覆いながらうずくまった奏は、なす術もなく光に飲み込まれていった。
 警察病院の一室で目を覚ました奏は、目尻から絶え間なく溢れ出す涙を拭おうともせず白い天井を見上げる。奏が目覚めた事に気付いた土方は、おもむろに立ち上がりながら彼女の顔を覗き込んだ。

「よォ、気分はどうだ?」
「最悪」
「そうかい、そりゃ良かった」
「何で死なせてくれなかったの」
「簡単に死なせてもらえると思うなよ、人殺しが。せいぜい長生きしながら贖罪しやがれ」
「人殺しはそっちも同じでしょ、腐れ公僕が」
「違ェねーな。お前がただの人殺しなら、俺だって心置きなく斬れたんだ」

 その一言で反射的に起き上がろうとした奏だったものの、傷口に走る激痛に顔をしかませながら全身の力を抜いた。
 数カ月前──裏社会で暗躍していた奏が、依頼を受けた際に標的となる人物を二分していた事に気付いた土方は、資料室にある膨大な量の記録簿を片っ端から調べ始めた。奏に狙われ命を落とした者と、生き長らえた者──その違いは、後ろ暗い過去があるか、そうでないかだった。
 奏に狙われた者は、例外なく腹部を一突きにされている。傷口が縦の者は臓器の損傷や失血性ショックで死に至り、傷口が横の者は得てして生き長らえていた。
 その法則に気付いた土方は、奏自身と全く同じやり口で彼女を生き長らえさせたのだった。土方の話を無言で聞いていた奏は、眉間にシワを寄せながら口を開いた。

「で、私にどうしろと?ただただこうして天井を見上げながら、今まで葬ってきた魂達に詫びればいいわけ?」
「そんなんじゃ、一日中ボーッと過ごしてるニートと同じじゃねェか。お前には、今までの経験を活かして真選組に協力してもらいたい」
「は?正気?」
「なわけねーだろ。まともな人間にゃ警察なんざ務まらねェよ」
「断る。何であんたらの下で働かなきゃなんないの」
「勘違いすんな、真選組に入隊しろっつってんじゃねーんだ。あくまで協力者として任務を遂行してもらえればいい。俺だって、お前なんかと関わり合いたかねーよ。だが、凶悪犯罪が増えた今お前の協力が必要なのも事実だ。四の五の言ってねーで、おとなしく俺達に飼われとけ」

 今まで他人の私利私欲のために動かされ人を殺め続けてきた奏は、初めて一個人として認識された事に大きな戸惑いとほんの少しの喜びを抱きながら布団の中に潜り込んだ。扉に寄りかかりながら土方と奏の会話を聞いていた信女は、絹のような髪をなびかせながら颯爽と去っていった。










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