温泉とは、どのようなものだろうか──徳川茂茂のそんな一言から、真選組の温泉旅行が決定した。表面上こそ慰安旅行と銘打ってはいるものの、ほんの些細な事でも茂茂の身に何かあれば隊士全員仲良く打首獄門。泊まる宿が別とは言え、地獄めぐりと隣り合わせの慰安旅行を楽しむ事など出来るはずもなく。まるで通夜のような空気が充満する貸切バスの中、隊士達の士気がだだ下がりしている事を茂茂や松平に気取られまいと、奏は懸命にガイド役を務めていた。
 宿泊する温泉宿に到着し、続々とバスから降りていく隊士達を労るように見送る奏。忘れ物がないか確認し、運転手と翌日の打ち合わせをした奏は、謝辞を述べながらバスを降りる。厳かな雰囲気漂う旅館に足を踏み入れた奏は、案内された部屋に荷物を置くとすぐに館内を散策し始めた。
 大浴場の場所を確認したり、中庭を散策していた奏が辿り着いたのは、夜を迎えれば宿泊客が一堂に会する食事処。今夜この食事処を利用する宿泊客が記載されている黒板を何気なく眺めていた奏の目に、「坂田家御一行様」という文字が飛び込んだ。

「……まさかね」

 全国にどれだけ坂田さんが存在していると思ってるんだ──そんな風に心の中で自分を戒めながら、踵を返す奏。ちょうど夕飯の会場を確認しにやって来た新八や神楽と鉢合わせた奏は、驚きのあまり卒倒しそうになりながらも何とか正気を保たせた。

「奇遇だね、二人とも。万事屋の仕事?」
「いえ、商店街の福引でここの宿泊券が当たったんです。三人分の」
「あー、そうなんだ。って事は、銀時さんも一緒なんだね」
「銀ちゃんなら部屋でだらだらしてるアル」
「奏さんは、どうしてここに?」
「真選組の慰安旅行なんだ」
「一般庶民から巻き上げた血税で旅行とは、いい身分だナ」
「神楽ちゃん、やめなさい。すみません、奏さん」
「ううん、気にしないで」
「そんな事より、一緒に温泉入ろうヨ」
「そうだね。三十分後に、大浴場の前で待ち合わせようか」

 初対面にもかかわらず光の速さで仲良くなった神楽と奏は、そんな約束を交わすと手を振りながら各々の部屋へ戻っていった。三十分後、約束の大浴場前で合流した二人は談笑しながら服を脱ぎ、白い湯気が立ち込める浴室に足を踏み入れる。肩を並べながら頭や体を洗い流した神楽と奏は、にごり湯に浸かると溜め息交じりに足を伸ばした。

「今更だけど、お前が「奏ちゃん」だったアルな」
「うん、そうだよ。何で私の名前知ってるの?」
「銀ちゃんが話してたネ、マヨラーとは似ても似つかないいい子だって」
「猫かぶってるだけだよ。私も、あなたのこと兄や隊士から聞いたよ」
「マジでか。万事屋の紅一点、女子力五十三万で可憐な美少女・神楽ちゃん!みたいな?」
「うん、まあ、大体そんな感じかな」

 やめてヨ、照れるでしょ──満更でもなさそうな神楽の横顔を微笑ましく眺めていた奏は、もうしばらく温泉を満喫したいという彼女と別れ、大浴場を後にした。乾かした髪の毛を結いながら女湯を出た奏と、濡れたままの髪の毛を適当に拭きつつ男湯から出てきた坂田が、大浴場前の共用休憩所で鉢合わせる。坂田を見上げる奏の頬が赤みを帯びていたのは、風呂上がりのせいだけではなかった。

「よォ、奏ちゃん。本当に同じとこ泊まってんだな」
「ほんと、すごい偶然ですね」
「ああ、こんな事もあるもんだな。夕飯の時間まで余裕あるし、よかったら出掛けねェか?ここの近くに商店街っぽいのあったろ、確か」
「いいですね、行きましょう」
「そんじゃ、荷物置いたらロビー集合な。せっかくだから、浴衣のままで行こうぜ」
「了解です。それじゃあ、また後で」
「おう、またな」

 共用休憩所の前で坂田と別れた奏は、目を輝かせながら階段を駆け下りた。部屋に入るなり荷物を放り投げ、金庫に保管していた財布を引っ掴みながらロビーへ向かってひた走る奏。慣れない下駄に足を取られながらもロビーに辿り着いた奏は、中庭に面した窓の前で佇んでいる坂田の背中を人差し指で突いた。

「お待たせしました」
「いや、俺も今さっき来た」

 じゃ、行くか──坂田の言葉を合図に歩き出した二人は、談笑しながら旅館を後にした。商店街へと続く坂道を下っている最中、歩調を狂わせ蹴躓きながら前方につんのめる奏。バランスを崩した奏の肩を抱き寄せた坂田は、そのまま彼女の手を握り締めながら商店街へ向かった。平静を装いながらも、時おり坂田の横顔を見上げる奏の頬は風呂上がりの時以上に赤く染まっている。ピンボールや古いアーケードゲームが置かれている昔ながらのゲームセンターに足を踏み入れた二人は、店の奥にある射的の前で立ち止まった。

「おっちゃん、一回頼まァ」
「私もお願いします」
「はいよっ、二人で四百円な」
「お、奏ちゃんもやるクチなんだな」
「はい!」
「いいねェ。好きよ、ノリいい子。おっちゃん、これ二人分で」
「銀時さん、お金……」
「いいのいいの、俺が誘ったんだから」
「すみません、ありがとうございます」

 カウンターの上に五百円玉を置いた坂田は、手首を回しながら立ち位置についた。申し訳なさそうな表情を浮かべながら懐に財布を仕舞った奏は、三段の棚に所狭しと並べられている景品の数々を見渡す。景品を品定めしつつコルク弾を銃の先端に詰め、威力や距離感を測るため一発撃ち込む坂田。背筋を伸ばしながら片手で銃を構える坂田の横顔に惹き込まれていた奏は、景品のサイコロキャラメルが撃ち落とされる小気味よい音で我に返った。

「すごい!一発目で撃ち落とすなんて、只者じゃないですね銀時さん」
「惚れ直したか?」
「あはは、はいはい惚れ直しました」
「雑な相槌だな。ほら、これやるよ」

 投げ渡されたサイコロキャラメルを受け取った奏は、満開の笑みを咲かせながら「ありがとうございます」と礼を言った。その後、五発中四発という高確率で景品を射止めた坂田は、満足げな表情を浮かべながら奏と交代する。浴衣の袖を捲り上げつつカウンターの前に立った奏は、限界まで前のめりになりながらも景品を撃ち落とすことができず、手持ちのコルク弾が残り一発となってしまった。

「あのウサギが欲しいのか?」
「はい、あのシルバニアっぽいやつです」
「へー、少女趣味もあるんだな」
「可愛いは正義ですからね。ていうか、シルバニアファミリーと万事屋って似てません?」
「かすりもしねーと思うけど……どの辺が似てるんだ?」
「銀時さんの「銀」で「シルバー」、何となく家族っぽいから「ファミリー」」
「「ニア」どこ行った」
「細かい事は気にしないでください」
「ほんと面白いな、奏ちゃんは。ほら、銃構えてみ」

 言われるがまま銃を構える奏の背後に移動した坂田は、 抱き締めるように腕を回しながら彼女の手に触れた。瞬きの回数が異様に増えるほど動揺している奏をよそに、目当ての景品を撃ち落とせるよう銃口の角度を微調整する坂田。そこだ、撃て──耳元で囁く坂田の低い声が愛撫するように脳髄を侵食した刹那、ギュッと目を閉じながら引き金を引く奏。数秒後、坂田が離れていくのを感じながら恐る恐る瞼をこじ開けた奏の視界に、ウサギのマスコットがついたキーホルダーはなく。おめでとさん──という言葉と共に目の前に掲げられたキーホルダーを受け取った奏は、満面の笑みを浮かべながら坂田を見上げた。

「すごい!嬉しいです!ありがとうございますっ」
「いいってことよ。そろそろ行くか」
「そうですね。行きましょう」
「おっちゃん、あんがとな」
「ありがとうございます」
「おう、ありがとね!末永く仲良くな」

 店員の言葉に顔を見合わせた坂田と奏は、頬を赤らめながら困ったような笑みを浮かべた。伝統工芸品や名産品の土産物屋を巡った二人は、夕陽に照らされた坂道を旅館へ向かって歩き出す。何気なく奏の足元を見やった坂田は、浴衣の裾からちらりと見えた彼女の親指の付け根が鼻緒擦れしている事に気付きながら立ち止まった。

「奏ちゃん、足えらい事になってんじゃねーか」
「あー……気付いちゃいましたか」

 奏の前で屈んだ坂田は、両手を広げながら「ほら」と呟いた。坂田の言葉に抗う事が出来ない奏は、素直に彼の背中に体を預ける。人一人分の体重をものともせずに立ち上がった坂田は、鼻歌交じりにゆっくりと歩き出した。

「ごめんなさい、迷惑かけちゃって」
「どうってことねェよ、これくらい。逆に、何で早く言ってくれなかったんだって気持ちのがデカい」
「楽しい時間に水をさしたくなくて、つい」
「奏ちゃんが細けェとこまで気を回せる優しい子ってのは百も承知だけど、時と場合によってはその気遣いが自分の首を締めたり相手を傷付ける事もあるんだ。俺には、甘えてくれていいんだからな」
「……ありがとうございます」

 夕陽を反射させながらきらきらと輝く坂田の髪の毛に惹き込まれた奏は、無意識の内に手を伸ばしていた。奏の指先が髪の毛に触れた刹那、弾かれたように振り向く坂田。何も言わずに至近距離で見つめ合った二人は、互いに頬を赤く染めながらぎこちなく目を逸らした。



続く






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