二月十四日、午後六時。徹夜で作った膨大な量のトリュフを隊士達に配り終えた奏は、眠い目をこすりながら大江戸百貨店にやって来た。あくびを連発する奏が足を止めたのは、甘ったるい匂いが立ち込めるバレンタインコーナー。バレンタイン当日という事もあり、チョコレートの類はほぼ売れ残りしかないものの、ラッピング用品を探し求めている奏にとっては何の問題もない。色とりどりのラッピング用品が並べられた棚の前で悩む奏の背後に、黒いスーツを身にまとった男性販売員が歩み寄った。

「いらっしゃいませ。お客様、どのようなお品物をお探しですか?」
「それが、ちょっと迷ってるんですよね」
「左様でございますか。本命の方へ贈るのですか?」
「それが、ちょっと悩んで……」

 色々な種類のラッピング用品を見比べつつ販売員と言葉を交わしていた奏は、何気なく振り向くと目を白黒させながら一歩二歩と後退した。動揺を隠しきれずにいる奏の視線の先には、黒いスーツを着こなし、プロ顔負けな営業スマイルを浮かべる坂田の姿が。つられて愛想笑いを浮かべながら目を逸らした奏の耳は、ほんのりと薄紅色に染まっていた。

「よォ、奏ちゃん」
「こ、こんばんは……どうして、銀時さんがここに?」
「人手が足りねーから手伝ってくれって依頼されてな」
「そうなんですか。お疲れさまです」
「サンキュ。どれとどれで迷ってんだ?」
「どれとどれでっていうか……銀時さんだったら、この中でどれが好きですか?」
「こん中で?うーん……これかな」

 坂田が指差したのは、深みのある藍色のシンプルな箱型のラッピング用品だった。

「じゃあ、それください」
「え、俺が選んだのでいいの?」
「もちろんです。お仕事、何時頃終わります?」
「あと三十分くらいかな」
「もし予定とかなければ、よかったら会えませんか?」
「俺ァ構わねーけど、待たせちまっていいのか?」
「はい、待ってます」

 百貨店前の大通りを挟んで向かい側にあるコーヒーショップで待っている旨を伝えた奏は、会計を済ませるとふわりと微笑みながら坂田に手を振った。コーヒーショップに辿り着いた奏は、大通りに面した窓際の席に座り、注文したカフェラテを飲みながらトリュフを箱詰めしていく。リボン掛けに全神経を集中させていた奏は、軽快なノック音に気付くなり弾かれたように顔を上げた。よく磨かれた窓越しに坂田と目が合うと、奏は慌てて荷物をまとめながら立ち上がった。

「お疲れさまです!」
「おう。そんな焦ると転んじまうぞ」
「私からお呼び立てしたのに、待たせるわけにはいきません」
「真面目だな、奏ちゃんは」
「昔から、兄に何度も言われてきたんです。「相手の立場になって物事を考えられる人間になれ。間違っても俺みたいな人間にはなるな」って」
「へー、あの多串君がねェ」
「本当に多串って呼んでるんですね、兄のこと。私のフルネーム、覚えてますか?」
「土方奏ちゃんだろ?」
「兄は?」
「多串君」
「銀時さんって、ほんと面白いですね」

 くつくつと喉を鳴らしながら笑う奏の横顔を一瞥した坂田は、春の木漏れ日のように柔らかく暖かな光を宿した瞳で夜空を見上げた。談笑しながら夜のかぶき町を彷徨い歩いていた二人が辿り着いたのは、こぢんまりとした寂れた公園。周りを取り囲むように生い茂った、もう何年も手入れされていないであろう木々たちが、かぶき町の喧騒を遠ざける。かろうじて大人二人が並んで座れるほどのベンチに腰を下ろした奏は、並んで座る坂田に藍色の箱を差し出した。

「よかったら、これ食べてください」
「もしやこれ、「チ」から始まって「コ」で終わるアレか?」
「銀時さんが想像してるのが、「チ」と「コ」の間に小さい「ヨ」が入るアレなら正解です」
「奏ちゃんって意外と猥談もイケるクチなのな。「チ」と「コ」の間に「ン」が入るアレは俺から奏ちゃんに贈るもんだから、ホワイトデー期待しといてな」
「ある意味、三倍返しどころじゃないですね。ていうかこれ、こないだのお詫び兼お礼なんです。だから、お礼とか気にしないでください」
「気にしないでっつわれてもな……つーか、こないだのって?」
「ほら、あの、あれ……酔っ払って介抱してもらった時の」
「あー、はいはい、あれね。酔っ払いの世話なんか慣れてるし、むしろいい思いさせてもらったよ。逆にごめんな、気ィ遣わせちまって」

 ほんとありがとな──そう言いながら受け取った箱を開けた坂田は、ココアパウダーのほろ苦い香りと、それを包み込むように漂ってきたチョコレートの甘い匂いに頬をほころばせた。人差し指と親指でつまんだトリュフを、奏の口元に運ぶ坂田。促されるままトリュフを口に含んだ奏は、咥内に広がる甘みに自然と顔を緩ませた。

「うまいか?」
「はい。我ながら美味しいです」
「……ん、確かにうめぇ」

 次いでトリュフを頬張った坂田は、目尻を下げながらその優しい甘みを味わった。指先に付着したココアパウダーが、坂田の悪戯心を密かにくすぐる。ココアパウダーが付着した指先を何の前触れもなく見せつけられ困惑する奏に対し、坂田は不敵な笑みを浮かべた。

「奏ちゃんのせいで、汚れちまったよ」
「そんな理不尽な」
「綺麗にしてくんねェ?」
「……わかりました」

 溜め息交じりにそう答えた奏は、坂田の手を掴みながら彼の人差し指を口に含んだ。焦らすようにゆっくりと這う奏の舌が、坂田の指先についたココアパウダーを舐め取っていく。興奮のあまり白目をむきながら鼻血を噴き出した坂田は、その勢いで宇宙の果てまで吹っ飛ばされてしまった。
 ──という夢を見た坂田は、腕の中にある柔らかい感触を力の限り抱きすくめながら幸せな気持ちを噛み締めた。刹那、枕でも布団でもない温かみのある感触に違和感を覚え、ゆっくりと目線を下げる坂田。抱きすくめていた対象が奏である事に気付いた坂田は、無意識の内に彼女を突き飛ばしていた。

「うっ……うう……」

 勢い良く転がりつつ押し入れの襖に突っ込んだ奏は、酒やけした喉から掠れた呻き声を絞り出しながら起き上がった。焦点の合っていない目で室内を見渡していた奏の視線が、動揺を隠しきれずにいる坂田を捉える。酔っ払ってから坂田の胸に顔を埋めながら二度寝するまでを断片的に思い出した奏は、畳で額がすりおろせそうな勢いで土下座をした。

「悪ィ、大丈夫か!?」
「本っ当にすみません! 」

  ほぼ同じタイミングで謝罪の言葉を述べた二人は、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべながら顔を見合わせた数秒後、どちらからともなく声高らかに笑い出した。つい先程まで漂っていた気まずい空気はどこへやら、腹を抱えながら破顔一笑する二人。ひとしきり笑い合ったあと、改めて姿勢を正した奏は、三指をつきながら頭を深く下げる。本当にありがとうございました──酒やけしながらも一本の筋が通ったような声で謝意を示した奏は、照れくささを噛み締めるようにはにかんだ。



続く






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