六月二日、朝八時。奏を迎えに来た沖田は、朝比奈家の門の前でしゃがみ込みながら大きなあくびをした。背後から聞こえてきたドアの開閉音に気付き、通学鞄を肩に掛け直しながら立ち上がる沖田。挨拶代わりに口付けをした沖田の視線が、奏の小さな手には不釣り合いなほど大きい紙袋に向けられた。

「おはよう」
「おう。何でィ、これ」
「猿飛の誕生日プレゼント」
「へー。にしては、でかくね?」
「普通のプレゼントも良いけど、ちょっと凝ったもの渡したいなーって思って」
「奏ってさ、何だかんだ猿飛のこと好きだよな」
「うん、好き」
「ほんと仲良いのな。つーか重いだろ、それ。貸してみ」

 奏が持っていた大きな紙袋を手に取った沖田は、見た目に反した軽さに不意を突かれながらももう片方の手を差し出した。そこはかとなく照れくさそうに沖田の手を握り締めた奏は、「ありがとう」と柔和な笑みを咲かせながら歩き出す。
 昼休み──近藤らと食堂へやって来た沖田は、あくまでも偶然を装いながら猿飛と奏が見える席に腰を下ろした。そんな事など露知らず、好物であるラーメンを食べ終えた奏は、紙袋から取り出した大きな箱を猿飛に差し出す。過剰なまでのラッピングが施された箱を渋々ながらも受け取った猿飛は、訝しげな眼差しを奏に向けた。

「何よ、これ」
「誕生日プレゼント」
「え?あんた私の誕生日知ってたの?」
「当たり前じゃん、猿飛と私はズッ友でしょ。ハッピーバースデー、猿飛」
「つい最近覚えた「ズッ友」って単語言ってみたいだけでしょ。いい加減、名字で呼ぶのやめてもらえないかしら。けど、まあ、その……ありがと」

 照れくさそうに目を逸らしつつ謝意を述べた猿飛は、声のトーンはいつもと変わらないながらも珍しく満面の笑みを浮かべる奏に気付くと、プレゼントの包装をぎこちなく剥がし始めた。包装紙を剥がしていく猿飛の表情は徐々に明るくなり、輝いた瞳がプレゼントへの喜びと期待を象徴している。内に秘めた高揚感がピークに達した瞬間、箱の中から出てきた大量のスナック菓子が猿飛のテンションを一気に沈静化させた。

「何よ、私を太らせたいわけ?」

 いくつかのスナック菓子を取り出しながらまごついた声を漏らした猿飛は、箱の底に忍ばせられている手触りの良い感触の何かに気付くと小さく首を傾げた。スナック菓子の山を掘り起こすように取り出されたのは、立派なたとう紙に包まれた濃紺の浴衣と赤みがかった山吹色の帯、それらに合った下駄と巾着。流水紋に睡蓮の花の柄という気品のある浴衣を見た猿飛は、目を白黒させながら奏を見やった

「この浴衣、すごく素敵」
「猿飛に似合うと思って。夏が来たら、浴衣着て一緒にお祭り行こう」
「沖田君とじゃなくて、いいの?」
「総悟とは花火大会行くから大丈夫」
「何だかんだ順調なのね、あなた達。羨ましいわ」
「大丈夫、猿飛なら坂田先生とうまく行くよ。再来世あたりで」
「再来世って、現世どころか来世も諦めろってこと?」
「だって来世の分までストーキングしてるじゃん」
「ふざけんじゃないわよ!そもそも、現世だって諦めた訳じゃないんだからね」

 鼻息荒く捲し立てる猿飛と、棒読みに近しいトーンで相槌を打つ奏の会話を、沖田はふつふつと込み上げる笑いをこらえながら聞き入っていた。

「ねぇ、奏の浴衣は何の柄なの?」
「知りたい?知りたい?私の事そんな気になるの、猿飛」
「別にそうでもない」
「しょうがないなぁ、そこまで言うなら教えてあげる」
「人の話ちゃんと聞きなさいよ」
「あやめ」
「え?」
「私の浴衣の柄。菖蒲なんだー」
「ふ、ふーん。そうなの。別に興味ないけど」
「猿飛の「あやめ」からとった」
「どんだけ私のこと好きなのよ」
「え?わりと本気で好きだけど」
「え?あ、いや、あの、ばっ、バッカじゃないの」

 憎まれ口を叩きながらも自然と緩んでしまう頬を隠し切れずにいる猿飛は、照れくさそうに顔を背けた。柔和な笑みを浮かべた奏は、頬杖をつきながら暖かい眼差しで猿飛を見つめている。そんな二人を観察している沖田もまた、穏やかな表情を浮かべていた。










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