警察庁での定例報告を終えた奏は、エントランスホールで鉢合わせした松平片栗虎に拉致される形で大江戸城へやって来た。大江戸城で待っていた徳川茂茂と合流すると、松平一行は一路かぶき町へ向かって歩き出す。談笑する茂茂と松平の後ろを歩いていた奏は、やがて辿り着いた「すまいる」の看板を見上げながら立ち止まった。

「おーい、奏。さっさと行くぞ」
「はい」

 松平の声で我に返った奏は、覚悟を決めたように唇を結びながらすまいるの店内へと足を踏み入れた。席に案内された松平が瓶ビールとワインのボトルを注文し、彼の傍若無人な人柄を具現化したような酒宴が始まる。松平に命じられるがまま初っ端から瓶ビールをラッパ飲みした奏は、判断力を失いかけながらもホステス達に迷惑が掛からないよう細心の注意を払い続けた。結果、桁外れな量のアルコールを摂取した奏は、すまいるを後にする頃には能面のような表情を浮かべていた。

「奏さん!」

 真っ直ぐ進みながらもどこか危なげな足取りで歩いていた奏は、背後から声を掛けられると三秒ほど間を空けて振り向いた。そこには、憂いを帯びた表情を浮かべながらすまいるの前に佇む志村妙の姿が。松平に連れられ来店すること数十回、すまいるのホステス達と奏の間には人知れず連帯感のようなものが芽生えていた。沈痛な面持ちの妙に申し訳なさそうな表情を浮かべた奏は、二軒目へ向かって歩き出した茂茂と松平を見送ると、力強い笑みを咲かせながら互いの罪悪感を払拭するように手を振った。

「追いかけてきてくれたの?」
「ええ。私達の分まで飲んでくださったから、かなり辛いんじゃないかって思って」
「ありがとう。でも、大丈夫」
「本当にありがとうございました。気を付けて帰ってくださいね」
「うん、ありがとう。お仕事頑張ってね、お妙ちゃん」

 またね──笑顔を取り戻した妙に手を振った奏は、髪の毛をなびかせながら力強い足取りで歩き出した。しっかりとした足取りですまいるが見えなくなる場所まで歩き続けた奏は、適当な路地裏に足を踏み入れると、力無くしゃがみ込みながら雑居ビルの外壁にもたれ掛かる。同時刻、二軒目となる居酒屋へ向かって歩いていた坂田は、膝を抱えながらうずくまっている奏を発見するとおもむろに立ち止まった。

「奏ちゃん?」
「んー?あー、銀時さんだぁ」

 ひどく緩慢な仕草で顔を上げた奏は、焦点の合っていない目で坂田を見上げながら頬を緩ませた。締りのない顔だけを見れば単なる酔っ払いのそれだが、初対面の時に落ち着いた立ち居振る舞いをしていた奏との格差が坂田の好奇心を密かにくすぐる。泥酔状態で座り込む奏の傍らにしゃがみ込んだ坂田は、無意識の内に伸ばしていた手を引っ込めながら苦笑した。

「奏ちゃん、大丈夫?」
「だーいじょーうぶでーす」
「じゃねェだろ、どう見ても。俺んち来るか?」
「あら、あらあらあら、そういう流れに持ってっちゃいます?ひゅー」
「持ってかねーよ。こんなとこで一人で酔い潰れてるよりかは、俺んちのが安全だろ。屋根あるし」
「そーんなこと言ってぇ、寝込みをガオーってするつもりなんでしょう?ガオーって」
「黙れ、酔っ払い」

 猛獣の真似をする奏を半ば強引に背負った坂田は、背中で感じる彼女の温もりに頬を緩ませながら歩き出した。やがて辿り着いた万事屋は、神楽と定春が志村家へ遊びに行っているため、静まり返っている。応接間のソファに奏を座らせた坂田は、水を注いだコップをテーブルに置き、隣に腰を下ろしながら彼女の顔を覗き込んだ。

「ひでェ顔色だな。一回、吐いちまった方がいいんじゃねーか?」
「はい……お手洗い借りても、いいですか」
「ああ。こっちだ」

 僅かに正気を取り戻した奏の二の腕を掴んだ坂田は、転んでしまわないよう支えながら厠へ案内した。前のめりになりながら臨戦態勢をとるも、なかなか胃の内容物を吐き出せずにいる奏の背中を優しく擦る坂田。ちょっとごめんな──そう呟いた坂田は、なおも背中を擦り続けながら奏の口に中指をねじ込んだ。舌の根本を圧迫された反動で胃の内容物を吐き出す事が出来た奏は、幾分楽になった様子で再びソファに横たわった。

「あー……本っ当ごめんなさい」
「奏ちゃんの介抱なら、むしろ立候補してェくらいだから別に構わねーんだけどさ。一人で飲んでたのか?」
「いえ、上司との付き合いでちょっと」
「上司っつーと、あのグラサンの?」
「そうですそうです、グラサンの。知ってるんですか?」
「まあ、ちょっとな」
「真選組だけじゃなくて、松平公とも面識あるんですね。銀時さんって、何者ですか?」
「知りたい?」
「はい、知りたいです」
「奏ちゃん専属のラブハンター」
「左様ですか」
「そこ突っ込むところな」
「んー……それじゃあ、くたばりやがってください」
「雑にも程があんだろ」

 楽しそうにくつくつと喉を鳴らしながら起き上がった奏は、坂田が用意した水を一口飲むと再びソファに寝転がった。程なくして健やかな寝息を立て始めた奏の寝顔を眺める坂田の瞳には、沈んでいく夕日が反射した大海原ように穏やかな光が宿っている。泥のように眠る奏を抱きかかえた坂田は、一組の布団が敷いてある寝室に向かって歩き出した。寝床に奏を横たわらせ、そっと掛け布団を肩まで被せる坂田。どこか遠慮がちに頭に触れた坂田の手を無意識の内に握り締めた奏は、心地好さそうに表情を和らげながら指を絡ませた。

「おいおい、マジでか」

 そう呟きながらもどこか幸せそうな笑みを浮かべた坂田は、奏を起こしてしまわないようゆっくりと横になった。健やかな寝息や規則的に上下する奏の肩口が、坂田の眠気を増長させる。次第に夢の世界へと誘われていった坂田は、自意識を手放したまま布団に潜り込み、奏を抱きまくら代わりに抱擁しながら熟睡し始めた。
 数時間後──寝室に射し込む朝日の光で目を覚ました奏は、至近距離で眠り込んでいる坂田の寝顔を寝ぼけ眼で見つめた。すまいるでの過度な飲酒、路上での坂田との再会、咥内にねじ込まれた坂田の指の体温──断片的ながらも昨夜の一連の流れを思い出した奏は、頬を赤らめつつ坂田の腕の中でうずくまった。寝起きで冷静さを欠いてしまっている奏は、坂田の体温に溺れるように目を閉じながら意識を再び手放した。



続く






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