昔々、ある城に見目麗しい色白の姫がいました。奏と名付けられた姫は、その雪のような白さから「白雪姫」と呼ばれながら蝶よ花よと育てられました。しかし、美しくなりすぎた娘への嫉妬に狂った王妃は、猟師に奏を殺すよう命じました。死体から取り出した肺と肝臓を持ち帰るよう命令され、奏と共に森の奥へやって来た猟師だったものの、あまりにも不憫すぎるため洗いざらい事情を打ち明け彼女を逃しました。とはいえ、奏が一人きりで森を歩くのは生まれて初めてです。右も左もわからず困り果てている奏の前に現れたのは、七人の青年でした。
 いの一番に名乗りを上げた銀髪頭の銀時は、今にも殴りかかりそうなしかめっ面で隣の青年と睨み合っています。今にも殺し合いを始めそうな雰囲気で銀時と肩を並べる青年は、「十四郎だ」と手短に自己紹介をしました。そんな二人をなだめているのは、時おり懐から取り出した写真を眺めては鼻の下を伸ばしながらにやつく勲。その隣で、妙なアイマスクをつけながら立ったまま眠っている総悟。スケッチブックを用いて自己紹介をした終は、声を一切発しません。花粉アレルギーを患っているという退は、マスクをしていても常にくしゃみが止まらず困っているようです。眼鏡が特徴的な新八は、呆れたような表情を浮かべながら銀時と十四郎の仲裁をしています。まるで息の合っていない七人の自己紹介を聞いていた奏は、楽しげな笑顔を浮かべながら口を開きました。

「ありがとうございます。あなた方と出会えなければ、私は人知れず野垂れ死んでしまったかもしれません。私の名前は奏。あなた方は、ご家族か何かですか?」
「んなわけねーだろ」
「テメーの目は飾りか何かか?」
「ちょっと銀さん土方さん、姫様に向かって何つー口の利き方してるんですか!本当にすみません、うちの馬鹿二人がとんでもないご無礼を……」
「いえ、気になさらないでください。王妃に殺されかけた私は、もう姫という肩書ではいられませんもの」

 姫様って?──達筆な文字でそう書かれた終のスケッチブックに、銀時達の視線が注がれました。総悟のアイマスクに描かれている無機質な目玉にさえ見つめられているような感覚に陥った終は、居心地が悪そうに視線を逸らします。新八の説明を聞いた銀時達は、困惑する奏の前で額を地面に擦り付けながら土下座しました。

「すんませんっしたァ!」
「これからは、姫君の仰せのままに」
「掌返しもここまでくると、いっそ清々しいですわね。先程「もう姫ではない」と申し上げましたが、あなた方の耳は飾りか何かでしょうか?」
「おい、どーするよ。相変わらずおしとやかに微笑んでるけど、完全にキレてんぞこれ」
「噂通り雪みてェに色白だけど、腹ん中真っ黒でさァ」
「総悟お前、起きてたのか」
「へっくし」
「白雪姫だろうが腹黒姫だろうが、女一人で森ん中ふらつかせるわけにはいかなくね」
「そうだな。姫さ……奏さん、良かったら俺達の家に来ませんか?城と比べれば犬小屋みてェな狭さだけど、森ん中にいるよりは安全かと」
「ありがとうございます、ご厚意に甘えさせていただきますね」
「どうぞどうぞ!ほんと、ゴミ溜めみたいなところですけど」

 偶発的に巡り会った奏を連れて帰る事にした銀時達は、久方振りとなる異性との接触に喜びを禁じ得ない様子で歩き出しました。深い谷を一つ越えてしばらく歩いたところに、銀時達の住まう家はありました。どうやら、各々の自室以外は共用で使っているようです。リビングに案内された奏は、新八が淹れた紅茶を飲み干すと溜め息をつきながらふんぞり返りました。

「あー疲れた。あのババア、私のタマ狙うとか良い度胸してるわマジで」

 何の前触れもなく豹変する奏を目の当たりにした銀時達は、声を失いながら顔を見合わせました。そんな銀時達に気付いた奏は、腹を抱えながら破顔一笑しました。

「たまたま王族に生まれただけで、性格的には姫の素質とか微塵もないんだよね。どうせもう城には戻れないし、敬語も気も遣わなくていいから」
「わか……った。ああ、わかったよ」
「ずっと気になってたんだけどさ、何で怒りんぼうが二人いるの?えーっと、何だっけ。銀時と十四郎っつったっけ、あんたら二人とも怒りんぼうでしょ?キャラ被りとか大丈夫?
銀時と十四郎が怒りんぼう、勲がのんき屋、総悟が眠り屋、終が照れ助、えっと……マスクしてるのがくしゃみで、新八がめがねんぼうでしょ?元々の七人の小人の設定ねじ曲げるのって、どうかと思うんだよね」
「何だよ「めがねんぼう」って」
「お前が腹黒姫な時点で設定も糞もねーだろうが」
「こんな糖尿病予備軍と一緒にすんじゃねェよ」
「そいつァこっちの台詞だ、こら。テメーみてェなニコチン依存症と一緒にされたかないっつの」
「へっくし」

 相変わらずくしゃみが止まらない退は、残忍さを増していく罵り合いを呆れたような眼差しで眺めていました。七人の青年の家での居候生活を始めた奏は、彼らの言いつけを守り決して外へは出ませんでした。暇を持て余していた奏はまず、自分の身丈や身体能力に合わせた槍を作りました。そして、打倒王妃という目標を掲げながら、来る日も来る日も鍛錬に励みました。しかし、待てども待てども王妃は姿を現しません。待ちくたびれた奏は、ある日の夕食後、深い溜め息をつきながらソファの上に横たわりました。

「いつになったら王妃に会えるんだろう」
「何だその恋する乙女みてェな台詞は」
「毎日、筋トレとか槍の訓練しながら待ってるのに」
「好きな先輩にクッキー焼いた片思い中の女子中学生みたいなノリで言ってんじゃねーよ」
「つーか、王妃って鏡で奏を見れるんだろ?槍作った上に筋トレしながら待ってるような奴んとこ、普通現れなくね」
「たかが毒リンゴじゃ適わねーもんな」
「へっくし」
「言われてみれば、確かにそうかも……ていうか、アレルギーで果物全般食べられないの忘れてた」
「フラグへし折りまくりだな」
「じゃあ、王子様はいつ来るの?何ならこの際、あんたらの誰かが立候補してくれてもいいんだけど」

 顔を見合わせた銀時達は、無言でアイコンタクトを取りながら奏の王子様に立候補する権利を擦り付け合いました。誰からも受け入れられない奏を不憫に思った終は、「じゃあ俺が犠牲になる」と走り書きしたスケッチブックを高々と掲げました。

「犠牲?犠牲ってどういうこと?」
「終さんが犠牲になるくらいなら、僕がやります。僕、こういうの慣れてるんで」
「お妙さんの弟である新八君に、そんな事させられるかよ。俺が行く」
「待ってくだせェ、ここは俺が。近藤さんを守るのが俺の役目でさァ」
「へっくし」
「山崎はともかく、総悟にばっか良い格好させんのは癪だな。ここは俺に任せろ」
「何これ、何この流れ。完全にアレじゃん。ダチョウ倶楽部の流れじゃん。俺が「どうぞどうぞどうぞ」言われておしまいなやつじゃん!」
「何なのこれ、この流れほんと腹立つのに嫌いになれないんだけど」

 銀時達のやり取りを聞いていた奏は、天を仰ぎ見る旅人のように仰け反りながら破顔一笑しました。その光景を魔法の鏡越しに眺めていた王妃は、日一日と成長していく奏に頬を緩ませながら真っ赤なリンゴを一口頬張りました。










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