しばらくの間、休業いたします──そう記されたプレートが奏の経営する純喫茶の扉にかけられてから、二カ月の月日が流れた。奏が姿を消してから二カ月間、坂田は一日も欠かさず彼女の店に足を運び、開店時間から閉店時間まで扉の前で座り込んでいた。というのも、奏が何も告げずに行方をくらましたのは、二人で市場へ出掛けた日──つまり、二人が口付けを交わした日の翌日だったのだ。地べたに座り込み、扉に寄りかかりながら力無く項垂れる坂田の耳に、地面を擦るような足音と小気味良い鈴の音が届いた。おもむろに顔を上げた坂田は、足音と鈴の音の主が白装束姿の奏である事に気付くと目を見開きながら立ち上がった。

「銀時!そんなとこで何してるの?」
「何してるの?じゃねーよ、馬鹿野郎!二カ月も音沙汰無しで、どこほっつき歩いてやがったんだ?つーか、何だその格好」
「ご、ごめん……ちょっとお遍路巡りしてきたの」
「お遍路って……四国のか?」

 坂田の問いに力強く頷いた奏は、店の扉の鍵を開けながら二カ月かけて歩き遍路をしてきた事を打ち明けた。十数年越しの再会をきっかけに再びうずき始めた坂田に対する恋情は本物なのか、なぜ坂田の事をずっと忘れられなかったのか、自分はこれから坂田とどうなりたいのか──あの日の口付けで今まで目を逸らし続けてきた事に向かい合う決心がついた、と穏やかな声で言葉を紡ぎながらカウンター席に座る奏。一気に話し終えた奏は、隣に座った坂田を恐る恐る見やった。

「怒ってる?」
「いや……黙って十何年もいなくなってた俺に、奏を怒る資格なんざねェ。でも、すげー心配した」
「黙っていなくなって、ごめんね。ていうか、何で店の前にいたの?」
「お前が帰ってくんの待ってた」
「え、今日帰ってくるって知ってたの?もしかして銀時ってエスパー?」
「んなわけねーだろ。お前がいなくなった日から、毎日ここ来てたんだよ」
「毎日!?」
「何だよ、惚れた女の帰りを待つ事がそんな変か?」
「惚れた女、って……つまり、どういう事?」
「わざと言わせようとしてんだろ。ずっと一緒にいてくれって事だよ。爺さん婆さんになっても」
「……うん、いる。何度生まれ変わっても、銀時と一緒にいる」

 満面の笑みを浮かべながら一筋の涙を零す奏の姿は、まるで荒野に咲く一輪の花のように坂田の心を和ませた。店の奥で私服に着替えた奏は、出入り口で待っている坂田に抱きつきながら燦々と輝く太陽のような笑顔を浮かべる。どちらからともなく手を繋ぎながら店を後にした二人は、背後で鳴り響く呼び鈴の音色のように軽やかな足取りで歩き出した。










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