坂田が常連と化した事にすっかり慣れた奏は、相も変わらずいちごパフェに舌鼓を打っている彼の傍ら、「閉店の時間でございます」と小言を言いながら店仕舞いの準備をし始めた。

「空いた食器、洗っといて」
「この店は客に皿洗いさせんのか」
「ツケにまみれた銀時が、客?冗談は髪型だけにしてくれませんかね」
「誰の頭髪が一発ギャグだ、こら……って何だこの宝の山は」

 何だかんだ言いながらもカウンターの中に回り込んだ坂田は、流し台の下に並べられたいくつもの酒瓶に目を輝かせつつしゃがみ込んだ。時々、閉店後に飲むのが私の癒しなの──柔らかい口調でそう答えた奏は、小鳥のさえずりのような鼻歌を奏でながらシェイカーを手に取る。照明を薄暗くしたその足で外に設置していたメニュー表を店内に仕舞い、扉にぶら下げてあるドアプレートを「準備中」と記されている面が見えるようにひっくり返した奏は、いちご味のリキュールと牛乳を注いだシェイカーを慣れた手つきで振り始めた。

「本日のお勧め、大人のいちご牛乳でございます」

 真夏の空に浮かぶ太陽のように眩しい笑顔を浮かべた奏は、皿洗いを終えカウンター席に戻った坂田の前にピンク色のカクテルが注がれたグラスを置いた。うめーな、これ──一口飲んでそう呟いた坂田は、グラスに残っていたカクテルを一気に飲み干す。すぐに用意した同じものを坂田のグラスに注いだ奏は、自分用に作ったカクテルを手に彼の隣に腰を下ろした。

「お前、酒作んのも上手いんだな。昼はカフェで夜はバーみてェな経営すりゃ良いのに」
「昼間だけでも生活してくのに充分な利益出せてるし、今のところ夜も営業する予定はないかな」
「俺専用の、文字通り隠れ家なバーって事か」
「それもいいかもね」
「奏のそれ、何だ?」

 会話の合間に奏が一口ずつ飲んでいたコーヒー牛乳のような色のカクテルを指差した坂田は、興味津々な眼差しを向けながらそう問うた。ベルベットハンマー──そう答え、ブランデーと生クリームとコーヒーリキュールを混ぜたものをホワイトキュラソーで割ったものだと説明する奏。勧められるがまま一口味見した坂田は、今まであまり飲んだ事のなかったカクテルにハマり始めていた。

「お前、この十何年間どう過ごしてたんだ?」
「どうって言われても、そんな面白い話でもないよ。十五の頃かぶき町に来て、当時じいちゃんとばあちゃんが経営してたこの店手伝いながら学校通って……二十歳の頃に、この店継いで。銀時は?」
「俺の話はいいだろ」
「よくない。銀時と松陽先生がいなくなって、いつの間にか晋助や小太郎もいなくなっててさ。どんだけ心配したと思ってるの?」
「ヅラや高杉は、どっかで元気にやってるだろうな」
「先生は?」
「……俺が殺した」
「は?」
「先生は、俺が殺したんだ」

 鋭利な刃物で心臓を貫かれるような感覚に陥った奏は、眼球が零れ落ちてしまいそうなほど大きく見開いた目で坂田の横顔を見やった。一見いつもと変わらない坂田の瞳には、一片の光も射していないようなドス黒い闇が広がっている。なんで?どうして、銀時が先生を?──頭の中をかき乱すように蘇る在りし日の思い出や松陽の優しい笑顔が、奏の体内を程よく巡っていた酔いを瞬く間に覚まさせた。

「何か、理由が、あるんだよね?」

 ぎこちなく紡がれたその問いかけは、奏の願望の表れでもあった。何か複雑な事情があって、先生を殺めざるを得ない状況になってしまったに違いない──そう自分に言い聞かせながら、銀時の口から語られていく真実に聞き入る奏。師を斬るか友を斬るか、どちらか一つしか道はなかった──坂田が紡いだ真理をただひたすら無言で聞いていた奏は、目を閉じながら深呼吸した。

「そっか、そんな事があったんだ。ありがとう、話してくれて」
「存外、冷静だな」
「うーん、冷静ではないよ。やっぱり、先生の事は悲しいもの。でも、銀時が生きてくれてて、今こうして話せる事が嬉しいのが正直な気持ちかな。もしも私が同じ窮地に立たされたら、きっと銀時と同じ行動してたと思うし……ね、冷静じゃないでしょ」

 困ったような笑みを浮かべながら坂田の顔を覗き込んだ奏は、照れ隠しをするかのようにベルベットハンマーを飲み干した。数時間後──耳まで真っ赤に染まるほど酔っ払った二人は、互いの自宅が隣同士の建物にある事を知り、愉快な笑い声を上げながらふらりふらりと帰路を歩いていた。

「今まで全然気付かなかったよ、銀時がご近所さんだなんて」
「世間って狭いんだな」

 不意に訪れた沈黙が、二人を優しく包み込んだ。静まり返った夜道に、二人の足音が小さく響く。心地好い沈黙に身を委ねながら星を眺めていた奏は、あと数歩も歩けば自宅に辿り着く事に気が付くと、そこはかとなく寂しげな笑みを浮かべつつ坂田を見上げた。

「また、明日ね」

 自宅の前で立ち止まった奏は、幼い頃の面影を残した笑みを浮かべながら手を挙げた。いつの間にか俯いていた坂田の顔には影が差し、奏の位置からではその表情を窺い知る事が出来ない。ぎこちなく伸ばされた小さな手を掴み、そのまま奏の身体ごと抱き寄せる坂田。抱き締められる直前に奏が見たのは、まるで迷子になってしまった子供のような、今にも泣き出しそうな坂田の表情だった。そこはかとなく遠慮がちに回された奏の手が、坂田の背中を慈しむように優しく擦る。互いの温もりを求めるかのように抱き合い続ける二人の影が、ぼんやりと街灯に照らされた薄鈍色のアスファルトにひっそりと佇んでいた。



続く

※ベルベットハンマーのカクテル言葉:今宵もあなたを想う






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