殴り合いの喧嘩から仲良くなるまでの数日間、坂田と奏の間には不穏な空気が漂っていた。幼い二人にとって「仲直り」というものは喧嘩をする事よりも難しく、互いに何も言い出せないままもどかしい日々を過ごしていたのだった。そんな中、ふと視線を感じながら隣を見やった奏は、坂田に見つめられている事に気が付いた。

「こっち見ないでよ」
「お前もな」

 ぶっきらぼうにそう答えた坂田は、小指で鼻をほじくりながら目を逸らした。込み上げる苛立ちを露わにしながら坂田を睨み付けた奏は、舌打ちしつつ前へ向き直る。数分後、ちらちらと坂田を見やっていた奏だったものの、視線に気付いた彼と視線がかち合うと稲妻ように素早く目を逸らした。

「なに見てんだこら」
「そっちこそ」

 威嚇し合う犬のように目を剥き出しにしながら睨み合った二人は、盛大な舌打ちをしつつ同じタイミングでそっぽを向いた。放課後──帰り道を歩きながら振り向いた奏は、数メートル後ろを同じ方向に向かって歩く坂田を悶々とした表情で見やった。

「何でついてくんの?」
「は?駄菓子買いに行くだけだし。勘違いすんなよ」
「……駄菓子屋、反対方向だけど」

 落ち着かない様子で何か言いたげな坂田だったものの、言葉を見つけられないまま俯きがちに目を逸らしながら踵を返した。なぜか今生の別れが訪れてしまうかのような錯覚に陥った奏は、今にも泣き出しそうな表情を浮かべながら銀時の袖を握り締めた。それは、この短期間で坂田が奏にとってかけがえのない存在となっていた事を暗に表していた。反射的に振り向いた坂田もまた、込み上げる喪失感を堪えるように唇を噛み締めていた。

「ごめんな」
「ごめんね」

 同時に謝罪の言葉を言い放った坂田と奏は、顔を見合わせながら一点の曇りもない笑顔を浮かべた。坂田の裾を放した奏は、仲直りの印にと照れくさそうに手を差し出す。ぎこちなく握手をした二人は、豪傑な笑みを浮かべながら互いに強烈な頭突きを見舞った。
 ──カウンターでコーヒー豆を挽いていた奏は、子供ならではのぎこちなくも眩しささえ感じる青臭い仲直りを思い出しながら口元を綻ばせた。客入りが少ない時間──主に閉店時間が差し迫った夕方頃を狙いつつ奏の店を来店するようになった坂田は、ふらりと店内に足を踏み入れるとカウンター席に腰を下ろした。

「いらっしゃいませ」
「いつもの事ながら、他人行儀だな」
「一応、お客様だからね。一応。ツケだらけだけど」
「お、言ったな?何なら今すぐ払ってやるよ、身体で。意外とテクニシャンなんだぜ、俺」
「死に腐ってくださいませ、お客様」
「おいこの店員、態度悪すぎだろ。店長呼べ、店長」
「私が責任者でございますが」
「世も末だな」

 お後が宜しいようで──と落語のようにオチを決めた奏は、子供の頃と同じような満面の笑みを浮かべながら坂田の前にいちごパフェを置いた。飢えた獣のようにいちごパフェを貪り食う坂田に、物語を読み聞かせるかの如く思い出話をぽつりぽつりと紡いでいく奏。細長いスプーンの先で掬った生クリームを頬張った坂田は、楽しげに昔話を続ける奏を見つめながら目を細める。あっと言う間にいちごパフェを完食した坂田は、もう手の届かない昔に思いを馳せるような眼差しで遠くを見つめながら寂寞を孕んだ笑みを浮かべた。

「懐かしいな」
「でしょ?今思うと、「ごめんね」って言う事なんて難しくないのにね」
「しかも、なぜか頭突きしてな」
「銀時も覚えてたんだ。ほんと、何で頭突きなんかしたんだろ」

 空になったパフェグラスの代わりにいちご牛乳を坂田の前に置いた奏は、当時の面影を残しながらも落ち着いた笑みを浮かべた。夏休みの宿泊学習や松下村塾の近くにあった河原での課外授業の事など、笑い合いながら昔話に花を咲かせる坂田と奏。不意に坂田と目が合った瞬間、奏は向日葵の花が咲いたような屈託のない笑顔を浮かべた。



続く






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