澄み渡る青空の下、松下村塾中庭に響き渡る塾生達のはしゃぎ声は応接間で向かい合う吉田松陽と朝比奈奏の耳にも届いていた。新たな塾生である奏は、初めての登校による緊張のあまり顔を強張らせている。額に冷や汗を滲ませながらぎこちなく相槌をうつ奏に、松陽は凝り固まった心を落ち着かせるような柔らかい笑みを向けた。

「最初は誰でも緊張しますよね。でも、大丈夫。あなたならきっと、すぐに馴染めて友達もたくさん出来るはずです」
「あ、ありがとうございます」
「さあ、そろそろ教室へ向かいましょうか」

 いつの間にか塾生達のはしゃぐ声は聞こえなくなっており、それはつまり授業開始時刻が差し迫っている事を示していた。応接間の隣にある教室へ案内された奏は、四方から注がれる好奇の眼差しに怯みながら自己紹介をする。あそこが君の席です──松陽が指差した方を確認した奏は、その隣に座っている坂田銀時を見つめながら空席に向かって歩き出した。坂田もまた、ゆっくりと歩み寄ってくる奏をじっと見つめている。自席に着いてようやく一息つけた奏だったものの、隣の席の坂田銀時から洗礼を受ける羽目になってしまった。

「俺、坂田銀時ってんだ。俺のこと呼ぶときは、「さん」か「先輩」つけろよな」
「同い年なのに、何で?」
「ここじゃ俺の方が先輩だから」
「意味わかんない。めんどくさいから嫌だ」
「お前さー、奏っつったっけ?ちょっとくらい俺より背ェでかいからって調子のってんじゃねーぞ」
「先輩なら先輩らしく、器くらい大きくなったら」
「てめーぶっ殺す!」

 唐突に殴りかかった坂田の拳が奏の頬に、咄嗟に防御しようと前に突き出された奏の足が坂田の鳩尾に命中し、加減を知らない二人の仁義なき戦いが始まった。口頭で注意しても喧嘩をやめない二人の脳天に拳骨を叩き込んだ松陽は、何事もなかったかのように和やかな笑みを浮かべながら授業を開始する。同時に拳骨を食らった事から妙な連帯感で結ばれた二人は、その後、様々な悪戯を働いては松陽に叱られる日々を送った。
 たくさんの笑顔に彩られていた日々は、松下村塾への放火と松陽の捕縛により奏の目の前から掻っ攫われてしまった。程なくして坂田も消息不明となり、十余年の月日が流れた。
 現在二十代後半となった奏は、祖父母から受け継いだかぶき町の片隅にある純喫茶の店主として働いていた。こぢんまりとした店内にカウンター席が五席とテーブル席が二席というレイアウトで、従業員などは雇わずに奏一人で切り盛りしている。ある晴れた日の昼下がり、ランチタイムのピークを乗り越え静寂が漂っている店内に、出入り口の扉にぶら下げられた呼び鈴の澄んだ音が響き渡った。

「いらっしゃいませ。お好きなお席へどうぞ」

 出入り口の方に目を向けながら朗らかな笑みを浮かべた奏は、見覚えのある天然パーマの銀髪頭が視界に入ると雷に打たれたように見動き一つ取れなくなってしまった。店内に足を踏み入れた銀髪の男──もとい坂田銀時もまた、奏に気付くと目を見開きながら立ち止まる。顔いっぱいに笑顔の花を咲かせた奏の目から、大粒の涙が零れ落ちた。

「は?え?何で泣いてんの?俺、何か悪い事した?俺、招かれざる客なの?」
「違うよ、バカ。嬉しいの。てっきり、死んだもんだとばっかり思ってたから」
「勝手に殺すな、バーカ。何か甘いもん、頼まァ」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

 恭しく頭を下げた奏は、目を真夏の太陽のように輝かせながらいちごパフェを作り始めた。坂田との再会により、奏を取り囲む世界が少しずつ彩り始める。完成したいちごパフェとホットいちご牛乳を坂田の席に運んだ奏は、自分用に淹れたコーヒーを手に坂田の向かい側に腰を下ろした。

「泣き止んだか?」
「うっさい。勝手にいなくなって、勝手に姿現して……どんだけ心配したと思ってるの?」
「悪かったよ。空白期間については、追々話すからよ」
「今は、どこで何してんの?」
「お登勢ってスナック知ってるか?あの上で万事屋やってる」
「知ってるも何も、たまに飲みに行ってるわ。万事屋とか胡散臭いって思ってたけど、銀時がやってたんだね」
「胡散臭くねーし。お前は何、ここの店員?」
「うん、まあ。スタッフ雇ってないから、従業員兼経営者みたいな」
「経営者!?奏が?ちゃんと出来てんのかよ」
「それなりにね。銀時、背ェ伸びたね」
「それなりにな。……ん、うめェ」

 いちごパフェを一口食した坂田は、想像を絶する程の美味しさに目を見開きながら頬を緩ませた。次から次へとパフェを頬張る坂田に、松下村塾で過ごした日々を思い返しながら微笑みかける奏。まるで花が咲いたように微笑む奏と目が合った瞬間、坂田は気恥ずかしそうにそっぽを向きながら口に運んだパフェを飲み込んだ。



続く






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