土方十四郎と奏が出会ったのは、通勤ラッシュ時の満員電車の中だった。立った姿勢のまま微睡んでいた奏の髪の毛が、その隣で吊革に掴まっていた土方の袖のボタンに引っかかり、電車に揺られながら絡まってしまったのだ。急カーブに差し掛かったところでボタンに髪の毛が絡まっている事に気付いた二人だったものの、思うように見動きが取れない満員電車の中ではどうする事も出来ず、土方の目的地である真選組屯所の最寄り駅で下車する運びと相成った。

「申し訳ない、降りてもらっちまって」
「いえいえ、お気になさらず。私、鋏持ってるんで切っちゃいますね」

 そう言いながらソーイングセットを取り出した奏は、その中に収納されていた小さな鋏でボタンに絡まっている部分の髪の毛を豪快に断ち切った。先の言葉がボタンを切るという意味だとばかり思っていた土方は、「何だこいつ」と言いたげな眼差しで奏を凝視した。

「何やってんだ、あんた」
「え?ああ、ごめんなさい。ボタンに髪の毛巻き付いてると、気持ち悪いですよね」
「いや、そうじゃなくてさ。普通こういう時、ボタンの糸切るだろ」

 ボタンに絡まったままの髪の毛を器用に切断した奏は、「何を言ってるんだろう、この人は」と言いたげな眼差しで土方を見上げた。

「そうなんですか?」
「そんな綺麗な髪切っちまうなんて、もったいねェだろ」
「大袈裟だなぁ。その内、伸びますよ」
「大袈裟な訳あるか。これじゃあ、俺の気が済まねェ。そうだ、飯でもご馳走させてもらえねェか?」
「新手のナンパですか?」
「なっ……んな訳ねーだろ」
「冗談です。今ちょっとお腹いっぱいなので、今夜でも平気ですか?」
「ああ、構わねェ」

 どちらからともなく携帯電話を取り出した土方と奏は、必要最低限の時にしか使わないそれの操作に手こずりながらも何とか連絡先を交換した。また後で──と別れた直後、程なくして送られてきた謝罪メールを読みながら土方の律儀さに頬を緩ませる奏。礼儀を重んじる土方と、損得勘定なくして相手を尊重する奏──そんな二人が互いに惹かれ合うのに、そう時間はかからなかった。
 絹のようになめらかで真っ直ぐな長い髪は、まるで奏の性格を体現しているかのようだった。のびのびとして穏やかながらも芯の通った奏の性格は、土方の心を掴んで離さず、二人の交際は気付けば三年目に突入していた。

「結婚してください」

 普遍的かつ直球なプロポーズは、まるで曲がった事が大嫌いな土方の性格を体現しているかのようだった。朗らかな笑みをとほんの少しの涙を浮かべながら頷いた奏を、土方は息が苦しくなるほど力強く抱き締めた。結婚するとなれば互いの家族に挨拶をしなければ、と二人は話し合った。土方にとって家族代わりとも言える真選組の面々と奏は何度か顔を合わせた事があるため、まずは彼女の親族へ挨拶をする事になった。奏の唯一の肉親である兄が住んでいるというかぶき町へやって来た土方は、一握の疑念を抱きながら奏の隣を歩いていた。

「なあ、奏の兄さんって何やってんだ?」
「んー……自営業?」

 首を傾げながらそう答えた奏は、「あれ、見える?」と問い掛けつつ万事屋の看板を指差した。急に黙り込んだ土方を心配しつつ、万事屋に足を踏み入れる奏。応接間で対面した紋付袴姿の土方と坂田銀時は、今にも殺し合いを始めてしまいそうなほど獰猛な眼差しで睨み合った。互いに「ヘマすんじゃねェぞ」と牽制し合うようなアイコンタクトを交わす土方と銀時。二人の様子がおかしい事に気付いた奏は、不安げな表情を浮かべながら口を開いた。

「こ、この人が婚約者の土方十四郎さん。こっちが、兄の銀時」
「初めまして、お兄さん」
「初めまして、十四郎君。妹が世話んなってるようで」
「いえ、世話んなってるのは僕の方です」
「あ、お、お茶!お茶いれてくるね」

 張り詰めた空気を和ませるためには熱い緑茶が必要だと思い立った奏は、取り繕うような笑みを浮かべながら台所へと向かった。応接間に取り残された土方と銀時は、額に青筋を浮かび上がらせながら互いの胸倉を掴み合った。

「何が嬉しくてテメーに「兄さん」呼ばわりされなきゃなんねェんだ、こら」
「こっちの台詞だ、こら。何が「十四郎君」だよ、テメーに「十四郎君」呼ばわりされる筋合いねーよタコ」
「そもそも可愛い妹の婚約者がテメーなのが納得いかねェ」
「黒髪ストレートな奏の兄貴が小汚ェ銀髪天パな事も大概納得いかねェよ。どんな天変地異だよ。テメーは前世でどんだけの悪事働いたんだよ」
「知るかボケ、つーか人の頭髪が罪深いもんみたいな言い方やめてくんない」
「罪深いのはテメーの存在そのものだろうが」
「俺からしたら、テメーの存在のが罪深いわ。つーか認めないからね、俺。奏と結婚したけりゃ来世に期待しな」

 銀時の暴言が終わるか終わらないかのタイミングで戻ってきた奏は、三つの湯呑みを無言でテーブルの上に置いた。ついでに用意した大福とおかきをそれぞれの前に並べ、無言で茶を啜る奏。額に冷や汗を滲ませながら俯く二人を見やった奏は、溜め息交じりに口を開いた。

「本当はこういう事、正直に言わない方が良いんだろうけど……今の会話、全部あっちまで聞こえてたよ。二人共、知り合いだったんだね」
「……悪ィ」
「黙ってたのは良いとして、お互いに認め合えないのは何とかならないかな」
「それは……」
「つーか、俺は反対だからな。こいつが義弟になるなんざ、真っ平御免被るっての」
「こっちこそ、テメーが義兄になるなんざ反吐が出らァ」
「そっか。うーん……よし、わかった。私、十四郎ともお兄ちゃんとも縁切るわ」

 湯呑みと菓子受け皿に頭から突っ込んだ土方と銀時は、顔中血まみれになりながら目を白黒させた。一方、奏は納得のいく答えが見いだせたと言わんばかりに笑顔の花を咲かせた。

「待て待て待て待て、こいつと別れんのは大歓迎だけど何で俺とまで縁切る方向?」
「テメーがさっさと妹離れすりゃいい話だろうが」
「どっちかを切り捨てなきゃどっちかと幸せになれないくらいなら、どっちも切り捨てて一人で生きていく方がよっぽど楽しいよ。仲良くなってほしいなんて贅沢言わないけど、私が「この人と添い遂げたい」って思った婚約者や大事なお兄ちゃんとの関係についてとやかく言われる筋合いはない」
「あー……悪かったよ、反省してる」
「……大事な妹だ、幸せにしてやってくれ。泣かせたら、ぶち殺すからな」
「泣くほど幸せにするつもりなんで。よろしく、お義兄さん」

 目をひん剥きながら歪んだ笑みを浮かべた土方は、口元を緩ませながらも額に青筋を立てている坂田に向かって手を差し出した。バチンと音がなるほど強い力で手のひらを重ね合わせた坂田は、万力のようにぎりぎりと圧力をかけていく。表向きだけでも和解した二人にひとまず安堵した奏は、朗らかな笑みを浮かべながら満足げに頷いた。










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