昼休み、食堂でラーメンをすすっている奏の向かい側に友人である猿飛あやめが腰を下ろした。持参した弁当を食べ始める猿飛を一瞥し、ずるずると音を立てながらラーメンを食べ進める奏。猿飛の弁当が半分まで減ったタイミングでラーメンを完食した奏は、満たされた胃袋と満腹の喜びを分かち合うように腹を擦りながら口を開いた。

「今日の放課後、坂田先生が剣道部の代理顧問やるらしいよ」
「知ってるわよ、それくらい。私の愛の包囲網、ナメないでもらえるかしら。ていうか何で奏が知ってるの?まさか、あんたも坂田先生を!?」
「ないない。総悟から聞いただけ」
「総悟?」
「同じクラスの沖田総悟」
「え、何、ちょっと待って。奏あんた沖田君のこと下の名前で呼んでたっけ」
「彼氏のこと名字で呼ぶのはさすがに色気なさすぎるでしょ」
「はっ?彼氏!?いつから!?」
「一カ月くらい前だったかな」
「一カ月!?何で教えてくれなかったのよ」
「片思い中の猿飛にこういう話したら、気分悪くさせちゃうかなって」
「気の遣いどころ違くない?ていうか、いい加減その猿飛呼びやめてくれない?」
「ごめんね、あやこ」
「あやめよ!何でこのラーメンずるずる脳天気女に彼氏が出来て、私と坂田先生は結ばれないのかしら」

 苛立ちを露わにしながら玉子焼きを頬張った猿飛は、溜め息交じりに羨望の眼差しを奏に向けた。性格が丸っきり違う二人の関係は、猿飛の口撃を奏が淡々といなす事で成り立っている。放課後──猿飛と共に剣道場を訪れ、坂田と竹刀を交える沖田を無言で見つめる奏。はちきれんばかりの声援を坂田に送っていた猿飛は、非難めいた表情を浮かべながら奏を小突いた。

「あんたもちょっとは沖田君のこと応援しなさいよ。彼女でしょ?」
「応援してるよ、心の中で」
「心の中での応援が通じるっていうの?さすが彼氏持ち、余裕ぶっこいてくれるわね」
「好きな人を応援するのに、彼氏だの彼女だの関係ないでしょ」
「何だろう、この敗北感……ところで、沖田君とはどこまで行ったの?」
「まだ、ショッピングモールとか駅前でぷらぷらするくらい。今度、水族館行く予定」
「そういう「行く」じゃないわよ、カマトト振りやがって。キスとかしたんでしょ?」
「してない」
「この一カ月、一回も!?」
「……いつしようが、私達の勝手でしょ」
「そりゃそうだけど、付き合って一カ月経ってもキスしてない恋人同士なんて今日日珍しいわよ。沖田君、相当我慢してるんじゃないかしら」
「そうなのかな」
「まあ、その辺は本人に直接訊いてみれば。私、先生に差し入れ渡してくるわ」

 道場の隅で防具を脱ぎ始める坂田に気付いた猿飛は、レモンの蜂蜜漬けを詰め込んだタッパーを鞄の中から取り出しながら彼に駆け寄った。猿飛と入れ違いで防具を外しながら奏の元へやって来た沖田は、頭に巻き付けていた手拭いで顔や首元に滲んだ汗を拭った。

「お疲れさま」
「おー。珍しいな、部活見にくるなんて」
「たまには彼女らしいことしないとね」
「たまにかよ。一緒に帰るだろ?」
「うん、教室で待ってる。猿飛に「また明日ね」って伝えといて」
「了解。また後でな」
「うん。頑張ってね」
「サンキュ」

 奏の頭を撫でた沖田は、赤面する彼女に勝ち誇ったような笑みを見せつけながら颯爽と剣道場の中へ戻っていった。軽い足取りで教室へ戻ってきた奏は、イヤホンを装着しながら猿飛との会話を思い返す。一時間後──部活を終え制服に着替えた沖田は、奏が待つ教室へ向かって廊下を駆け抜けていた。音楽を聴いている事で聴覚が遮断され、目を閉じながら物思いに耽っている事で視界が遮られている奏は、教室へやって来た沖田の存在に気付かずにいる。奏の前で立ち止まり、彼女の右耳から引き抜いたイヤホンを自分の右耳に装着する沖田。目を見開きながら弾かれたように顔を上げた奏は、困ったように笑いながら沖田を見上げた。

「ごめん、気付かなかった」
「考え事か?」
「んー……キスって、どう思う?」
「キスって……」
「天ぷらにしない方のキスね。スキンシップのキス」
「んな念押さなくてもわかってらァ」
「したい?」
「そりゃあ、まあな。キスしてェし、襲いてェけど……奏はどうなんでィ」
「……したい」
「悪ィけど、教室でヤる趣味はねェんだよな」
「そっちじゃなくて。キスの話」
「ああ、そっちな。それならここでも出来るんじゃね?誰もいねェし。はい、どーぞ」

  横着にも程がある無茶振りをかました沖田は、唇を指差しながら目を閉じた。そんな無茶な──と言いながらも、沖田の色に染まりつつある奏はぎこちなく立ち上がる。緊張のあまり、かたつむりよりもゆっくりとした動作で近付く奏の頬を両手で挟み込んだ沖田は、薄っすらと開いた目で彼女を見つめながら唇を重ね合わせた。一カ月間の空白を埋めるかのように、絶え間なく口付けの雨を降らせる沖田。イヤホンと口付けで繋がった沖田と奏は、より深い繋がりを求めるかのように、どちらからともなく指を絡ませながら互いの唇を貪った。










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