ある日を境に土方の様子がおかしくなった事を皮切りに、真選組の内部で不穏な空気が流れ始めていた。土方と話をしようと何度も試みる奏だったものの、声を掛けようものなら脱兎の如く逃げられてしまうため思うように動けずにいる。不測の事態に陥りながらも仕事は仕事として取り組む奏を呼び出したのは、伊東鴨太郎だった。

「昨今の副長の奇行について、何かご存知ですか?」
「いえ、何も……伊東さんは、何か知りませんか?」
「逆にお尋ねしますが、僕が何か知っているとでもお思いですか?」

 高圧的な質問返しに口を閉ざした奏は、膝の上で握り締めた拳を静かに震わせながら伊東を睨み付けた。土方と伊東の馬が合わない事に気付くよりも先に、彼に対してそこはかとない苦手意識を抱いていた奏は、敵意を剥き出しにした視線を向けられ歯を食いしばりながら顔を伏せた。

「明日の会議が楽しみですね」

 伊東の挑発的な言葉に弾かれたように顔を上げた奏は、唇を噛み締めながらその場を去っていった。翌日に控えた会議で土方が詮議にかけられる事を悟り、思い詰めたような表情を浮かべながら副長室へ戻ってくる奏。偶然にも副長室から出ようとしていた土方と鉢合わせた奏は、額に冷や汗を滲ませながら後退りする彼の腕を咄嗟に握り締めた。

「待ってください」
「ななな何でござるか」
「お願いですから、ちゃんと話をしましょう」
「お、おおお断りでござる」
「明日の会議で土方さん、詮議にかけられちゃうかもしれないんですよ?」
「は、離してくれないか」
「土方さん、一体どうしちゃったんですか?」
「ききき君には関係ないでござる」

 奏の手を力任せに振りほどいた土方は、彼女の真っ直ぐな視線から逃げるように副長室を飛び出していった。あからさまな拒絶に閉口し、土方の温もりが残っている手の平を見つめながら肩を落とす奏。翌日──近藤や各隊の隊長が集結した広間で待機していた奏は、開始時刻を過ぎても空席のままである土方の席を見つめながら険しい表情を浮かべていた。立ち上がった伊東の声掛けで全員が揃うのを待たずして会議が始まろうとした瞬間、ビニール袋を携えた土方が息を切らしながら広間に転がり込んできた。

「焼きそばパン買って来たっす、沖田先輩!すいません、ジャンプ売り切れてたんでマガジンでも……」

 近藤達が黙り込んでいる事に気付いた土方は、意味深にアイコンタクトをとる伊東と沖田を見上げながら目を白黒させた。土方の視線を追った奏もまた目配せし合う伊東と沖田に気付き、目を大きく見開きながら息を呑む。程なくして謹慎処分を言い渡され、俯きながら去っていく土方の背中を苦しげに見つめる奏。まるで奏の気持ちを見透かしたかのように挑発的な笑みを浮かべた伊東は、彼女の気持ちを逆撫でるような声色で会議を再開させた。

「それでは、しばらくは奏君が副長代理という事でよろしいですね」
「あ……」

 目の前で土方をコケにされた挙げ句、その後任を命じられるというかつてない屈辱を味わわされた奏は、ショックと絶望のあまり声を出す事が出来なくなってしまった。土方の拒絶や沖田の裏切り、伊東の悪意──消えてしまいたくなる衝動に駆られつつもギリギリのところで自我を保った奏は、パトカーを運転しながら頭の中を整理する。なかなか考えがまとまらず、気晴らしに立ち寄った公園を歩いている最中、鬼兵隊・河上万斉と親しげな様子で談笑する伊東と鉢合わせる奏。必死で口を動かすも声を出せずにいる奏を嘲笑した伊東は、狂気に満ちた笑みを浮かべながら刀を抜いた。

「奏君、ちょうどいいところに。君をどう始末しようか悩んでいたところでね。ここで死んでもらうよ。皆には、攘夷浪士に暗殺されたとでも伝えておこう」

 獲物を狩る獣のような勢いで突進してくる伊東に対し、奏は慌てて刀を抜きながら応戦した。バランスを崩されそうになりつつ何とか持ちこたえた奏と、頭から爪先まで余すところなく殺意をむき出しにした伊東は、睨み合いながら熾烈な鍔迫り合いを繰り広げる。力任せに突き飛ばされた奏は、目の前に迫りくる切っ先を刀身でいなしながら後退した。刹那、瞬きすら許されないほどの連続攻撃に見舞われる奏。刀のぶつかり合う音が絶え間なく響き渡る中、隙を突いて伊東に斬りかかった奏の腕に鋭利に研ぎ澄まされた弦が巻き付けられた。皮を裂き、脂肪に食い込む弦が赤黒い血を滲ませる。どこか他人事のようにそれを見つめていた奏の身体が前のめりに傾いた瞬間、彼女の背中から大量の血が噴き出した。

「名実ともに攘夷浪士に斬られた方が、主も浮かばれよう」

 うつ伏せの体勢で倒れ込んだ奏の耳に最後に届いたのは、刀を三味線型の鞘に収めながらそう呟く河上の抑揚のない声だった。出血過多により、意識が遠退いていくのを感じながら目を瞑る奏。一時間後──懐に忍ばせた無線から聞こえてきたやり取りが、奏の意識を呼び戻した。

『あー、あー。もしもーし、聞こえますかー。こちら税金泥棒。伊東派だかマヨネーズ派だか知らねェが、全ての税金泥棒共に告ぐ。今すぐ今の持ち場を離れ、近藤の乗った列車を追え。もたもたしてたらテメーらの大将首とられちゃうよー。こいつは命令だ。背いた奴には、士道不覚悟で切腹してもらいまーす』
『悪戯かァ!?テメェ、誰だ!』
『誰だと?真選組副長、土方十四郎だコノヤロー!』

 無線から流れる血気盛んなやり取りを聞きながら立ち上がった奏は、酔っ払いのような覚束無い足取りでパトカーに戻った。再び飛んでしまいそうな意識を必死で繋ぎ止めながら、近藤達の乗る列車を目指してアクセルを踏み込む奏。やがて戦場へと辿り着いた奏の元に、原田右之助の運転するパトカーが横付けされた。

「奏ちゃん!やっちまっていいか?」

 原田の言葉を攘夷浪士及び謀反を犯した者達の討伐と受け取った奏は、立てた親指で首元をかき斬る仕草をし、そのまま親指を下に向けながら力強く頷いた。戦場の中核へと向かう原田達を見送った奏は、列車と並走しながら沖田を探し出す。程なくして反逆者達にたった一人で立ち向かう沖田を発見した奏は、懐から取り出した短刀をアクセルレバーに突き刺し、パトカーの速度を維持させながら彼のいる列車に飛び移った。極度の興奮状態に陥り、出血多量による貧血状態はおろか、背中の痛みさえ忘れながら沖田のいる車両に足を踏み入れる奏。異質な殺気を感じ取りながら振り向いた沖田の背後に迫りくる反逆者を、奏は目にも留まらぬ速さで斬りつけた。奏の登場に驚いた沖田もまた、彼女の背後に忍び寄る反逆者を一思いに斬り倒す。反逆者達の粛清は、沖田と奏の共闘により終結を迎えた。

「姉貴……何でここに?」

 アンタの尻、ぶっ叩きにきた──そう走り書きしたメモ用紙を掲げた奏は、半ば強引に後ろを向かせた沖田の臀部を力任せに平手打ちした。次の瞬間、力尽きたように倒れ込む奏を慌てて抱きとめた沖田は、彼女の背中に走る大きな傷に気付いた。

「姉ちゃん!」

 取り乱しながら幼い頃のように奏の事を「姉ちゃん」と呼んだ沖田は、焦点が定まっていない眼差しで虚空を見上げる彼女の顔を覗き込んだ。姉ちゃん──久し振りにそう呼ばれた奏は、嬉しさに頬を緩ませながらゆっくりと目を閉じる。青白い顔で横たわる奏を背負いながら歩き出した沖田は、近藤達のいる外へと繋がる鉄製の扉を渾身の力で蹴破った。



続く






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