将軍家と密接な関係である柳生一門に喧嘩を吹っ掛けた近藤、土方、沖田の尻拭いのため東奔西走していた奏が屯所へ戻ってきたのは、夜中の零時を跨いだ頃だった。有給休暇を取った近藤、元々非番だった土方、当たり前のようにサボった沖田の代理業務に加え、大江戸城・警察庁・柳生家への謝罪行脚で疲れ果てた奏は、靴を脱ぐ気力さえ残っておらず玄関で倒れ込む。廊下の奥から近付いてくる足音が土方のものだと気付いた奏は、口を尖らせながら顔を上げた。

「悪かったって、んな顔すんなよ。バーゲンダッシュ買ってあるから、食っていいぞ。せめてもの詫びの印だ」
「バーゲンダッシュ!?」

 バーゲンダッシュの存在で一気に機嫌が直り、なおかつ土方の声を聞いた事で元気を取り戻した奏は、靴を脱ぎ捨てながら食堂へ向かって走り出した。苦笑しながら踵を返した土方もまた、食堂へと向かって歩き出す。土方が食堂へ辿り着いた時には、すでに冷凍庫から二つのバーゲンダッシュを取り出した奏が目を爛々と輝かせながら待機していた。

「土方さん、どっち食べますか?」
「両方共お前が食って良い」
「庶民がこんな高級品を一気に食べたら、お腹壊しちゃいますよ」
「庶民じゃなくても一気に二つ食ったら腹壊すだろ。今日と明日に分けて食えば良いじゃねェか」
「この機会に、バーゲンダッシュ食べ比べをしてみたくて……あ、じゃあ土方さん半分こしましょう」

 断りたい気持ちよりも罪悪感が勝った土方は、奏の提案を素直に聞き入れながらバニラ味の蓋を開けた。

「それにしても、どうして柳生一門に喧嘩なんか吹っ掛けたんですか?」
「俺ァ借りを返しに行っただけだ。近藤さんは万事屋んとこの眼鏡の姉ちゃんが、柳生んとこの次期当主と無理矢理結婚させられそうになったのを阻止したかったみたいだな」
「結婚……」

 姉であるミツバが結婚する事を手紙で知らされた奏は、複雑な表情を浮かべながらバーゲンダッシュを頬張った。意味深な様子で口を噤んだ奏に違和感を覚えた土方は、怪訝そうな表情を浮かべながら奏の顔を覗き込んだ。

「どうした?」
「あ、いえ、その……お姉ちゃん、結婚する事になったんです」
「ふーん。そりゃめでてェな」

 意外にもあっさりとしている土方に困惑した奏は、あくまでも冷静を装いながら会話を継続した。

「土方さんって、お姉ちゃんのこと好きなんですよね?」
「武州にいた頃な。ったく、いつの話してんだよ。つーかお前に訊かれると下手したら何でも答えちまうから、やめてくんない」
「武州にいた頃って、かなり前じゃないですか」
「俺の話、聞いてる?俺じゃお前の姉ちゃん幸せにしてやれねェから、元よりどうこうしようなんざ思っちゃいなかったんだよ」
「今は?」
「は?だから今はもう……」
「そうじゃなくて。好きな人、いるんですか?」
「お前には絶対教えねェ」
「ケチ」
「ケチで結構」
「鬼。ハゲてしまえ」
「何とでも言え」
「実は私の初恋の相手、土方さんなんですよね」
「寝言は寝て言えよ」
「寝言じゃないです。本気です」
「今ここで言う事か?」
「何とでも言えって言ったのは土方さんじゃないですか」
「言っ……たな、うん」
「私、土方さんの事が好きです」
「現在進行形かよ」
「ですね」
「お前、人の話ほんと聞かねェのな。俺は誰かを幸せにしてやれるほど出来た人間じゃねーの」
「それは間違ってます。だって私、土方さんと一緒にいるだけで幸せですもん」

 照れくさそうな笑みを浮かべながらも力強い口調でそう言い切った奏は、土方から受け取ったバニラ味のバーゲンダッシュを一気に食べ終えるや否や、足早に食堂を去っていった。静まり返った食堂に取り残された土方は、虚空を見上げながら奏が食べていたチョコレート味のバーゲンダッシュを頬張る。甘ったりィ──人知れず小さな声でそう呟いた土方は、緩む頬をつねりながら空のカップをゴミ箱に投げ入れた。



続く






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