四月某日、鹿島家。
 入学式当日を迎えた居候・朝比奈奏は、目を輝かせながら浪漫学園の制服に袖を通した。姿見の前で右脚を軸に一回転し、ふわりと舞うスカートの裾を嬉しそうに見つめる奏。リボンのズレを直した奏は、鞄を肩に掛けながら軽い足取りで自室を飛び出した。階段を駆け下り、玄関へやって来た奏は、中学校入学時より愛用している革靴を履く。そこへやって来た鹿島遊は、靴を履きながら奏に爽やかな笑みを向けた。

「似合ってるじゃん、制服」
「マジか、照れる。ありがとう」
「うん、可愛い可愛い。それにしても、奏が家に来てもう三年経ったんだね。早いなぁ」
「そうだね。いってきまーす」
「いってきまーす!」

 奏の後に続き外へ出た鹿島の脳裏に、三年前の記憶が蘇った。三年前の春、朝比奈父に海外転勤の辞令が下された。海外への引っ越しを激しく拒否する奏に困り果てた朝比奈母は、兄である鹿島父に相談を持ち掛けた。姪である奏を溺愛していた鹿島父は、「それなら家で預かれば良くね?」と、さも当然のように言い放った。鹿島父の鶴の一声で瞬く間に話がまとまり、幼い頃から親交のあった鹿島家は快く奏を受け入れたのだった。
 まるでタイミングを見計らったかのように満開となった桜が舞う中、浪漫学園の最寄り駅に降り立った鹿島と奏は談笑しながら通学路を歩いていた。不意に鳴ったシャッター音に気付き、辺りを見渡しながら足を止めた奏の表情が見る見る内に曇っていく。数メートル先でスマホのカメラレンズを構えていた堀政行は、白い目を向ける奏に気付くとばつが悪そうに目を逸らした。奏の視線の先に目を向けた鹿島は、満面の笑みを浮かべながら堀に手を振った。

「堀せんぱーい!」
「まさかの知り合い!?」
「演劇部の部長だよ。三年の堀政行先輩。おはようございます、堀先輩」
「……おはようございます」
「よ、よう……鹿島、ちょっとこっち来い」

 鹿島を呼び寄せた堀は、奏に背中を向けながら声を潜ませた。

「誰だよ、このお前とお似合いすぎる子は」
「従妹の朝比奈奏です。可愛いでしょう?」
「キャーっ、鹿島くーん!!」

 ファンの女子達に囲まれた鹿島は、困ったような笑みを浮かべながらも校舎の中へと消えていった。鹿島ファンに突き飛ばされた堀は、尻餅をついた体勢のまま溜め息をつく。校門の前に取り残された堀と奏は、複雑な表情を浮かべながら無言で顔を見合わせた。数秒間の沈黙の後、奏は顔を背けながら手を差し伸べる。驚いたように目を見開いた堀だったが、すぐさま奏の手を借りながら立ち上がった。

「悪ぃな」
「何がですか?盗撮の事ですか?」
「違っ……くねぇけど、あれだ。手ぇ貸してくれた事も含めてだ」
「目の前で誰かが転んだら、たとえその人が盗撮魔でも手を貸すのは当たり前です」
「確かに許可なく撮っちまった俺も悪ぃけど、これ見りゃ絵になるお前らにも原因があるってわかるだろ」
「そんな、浮気女の逆ギレみたいな言い訳……」

 訝しげな眼差しで堀を一瞥した奏だったものの、目の前にかざされたスマホに映し出された鹿島とのツーショットを見るなり言葉を紡ぐ事も忘れ息を呑んだ。満開の桜の下で笑い合う鹿島と奏は、文字通り絵になっている。満更でもなさそうな奏をよそにスマホをしまった堀は、「行くぞ」と言いながら歩き出した。辺りを見渡しながら歩いていた奏は、不意に立ち止まった堀の背中に激突した。

「前見て歩けよ」
「すいません」
「ほら、クラス確認してきな」

 堀に背中を押された奏は、昇降口に掲示されているクラス表を見上げた。A組、B組と目を通していき、C組の欄に表記されている自分の氏名を確認した奏は、スカートを翻しながら堀の方に向き直った。

「C組でした」
「奇遇だな、俺もCだ。体育祭とか球技大会では縦割りで競うからな、足引っ張んなよ」
「勘弁してくださいよ」
「そういや、部活は決まってんのか?」
「第一希望も第二希望も第三希望も帰宅部です」
「そうか、演劇部か。歓迎するぜ」
「先輩の鼓膜、キャトルミューティレーションでもされたんですか」
「何が不満なんだ?鹿島がいるからすぐに馴染めるだろうし、部活やってりゃ後々有利だろ」
「うーん……裏方なら、興味あります」
「よし、ヒロイン兼小道具な」
「ヒロインとか絶対無理です」

 そう吐き捨て、堀と別れた奏は、溜め息をつきながら靴を履き替えた。数十分後──新入生を始め、保護者や二年生、教職員らが体育館に集められた。理事長の挨拶や二年生による校歌斉唱など、入学式は滞りなく進行されていく。新入生代表として名前を呼ばれた奏は、額に冷や汗を滲ませながら舞台へ向かって歩き出した。新入生代表挨拶に抜擢された奏は、肝心の原稿を鞄の中に忘れてきてしまったのだ。深呼吸を繰り返しつつ壇上に上がった奏は、唇を噛み締めながら体育館を見渡す。ギャラリーに佇む堀と目が合った瞬間、奏の頬が微かに緩んだ。

「私達一年生は今日、期待と不安を抱きながら門をくぐりました。これから始まる高校生活、楽しい事や辛い事、色んな事が待ち受けているでしょう。どんな事が待ち受けていようとも、私達は時に手を取り合いながら、清く正しく美しく、健やかに朗らかに高らかに、この浪漫学園で青春を謳歌していきたいと思っています。先生方に先輩方、どうか、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。新入生代表、一年C組、朝比奈奏」

 一歩後ろに下がり、深々と頭を下げた奏は、鳴り響く拍手に目を輝かせながら顔を上げた。もう一度お辞儀をし、軽い足取りで舞台から降りる奏。ギャラリーを見上げた奏は、堀と目が合った瞬間、不敵な笑みを浮かべながらピースサインを掲げた。
 機転を利かせピンチを乗り越えたとは言え、原稿を忘れてしまうという失態を犯してしまった奏は、ロングホームルーム終了後、職員室に呼び出されていた。二十分ほどで解放され、誰もいない廊下を歩く奏。しんと静まり返る教室へ戻ってきた奏は、グランドを見下ろしながら窓辺に佇む堀を発見するなり足音と気配を消し、そこはかとなく哀愁を漂わせている背中に歩み寄った。

「おい、見えてんぞ」

 窓に反射した奏の姿に気付いていた堀は、伸ばされた手が肩に触れる直前に不敵な笑みを浮かべながら振り向いた。悔しそうな表情を浮かべながら手を下ろした奏は、得意げに笑う堀に膝カックンを食らわせる。自席に戻り鞄に手を伸ばす奏に膝カックンをやり返した堀は、怒りをあらわにしながら振り向く奏の目の前に缶ジュースを差し出した。

「お勤めご苦労さん。これでも飲んで、元気出せ」
「あざーっす。やっぱ娑婆の空気は美味いっすね」
「娑婆って……入学式ん時の挨拶も、アドリブだったんだろ?お前、本当に女子高生かよ」
「何言ってるんですか、どっからどう見てもピチピチの女子高生でしょう」
「ほんと面白い奴だな、お前。ほら、行くぞ」

 堀に屈託のない笑顔を向けられた奏の心臓が、締め付けられるように大きく脈打った。心筋梗塞を疑い、恐怖におののきながら胸をおさえる奏。何してんだ、置いてくぞ──振り向いた堀に急かされた奏は、鞄を肩に掛けながら隙を突くように膝カックンを見舞い、脱兎の如く教室を飛び出した。



続く






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