朝礼後、広間へやって来た奏は下座に座りながら縁日の企画を練っていた。鎖国解禁祭典での徳川茂茂との約束をずっと覚えていた奏は、副長補佐としての仕事に追われながらもコツコツと企画書の作成に勤しんでいたのだ。遂に資料を完成させた奏は、頃合いを見計らって近藤と土方を呼び出した。改まっての呼び出しを疑問に思いながらも素直に了承した近藤達は、奏が待っている広間へとやって来た。

「急にお呼び立てして、すみません」
「それは構わねェけど、奏が俺達を呼び出すなんて珍しいな」
「何かあったのか?」
「前に開催された鎖国解禁の祭典で茂茂様が縁日に関心を持たれたので、こんな企画を考えてみました」

 ざっくばらんに概要を伝えながら近藤達に企画書を配った奏は、それに沿って詳細を説明し始めた。大まかな日取りや場所、露店の種類や費用の概算、当日の人員配置の計画など、事細かに解説した奏は、そこはかとなく不安げな表情を浮かべながら近藤達の顔色を伺う。企画書に目を通しながら奏の説明を聞いていた近藤達は、正反対の反応を示した。

「俺ァ良いと思うぞ」
「そうか?大体、資金繰りはどうすんだ?」

 縁日の計画に好感触を示した近藤は、興奮したような笑みを浮かべながら奏を見やった。一方、土方は企画書をめくりながら難色を示した。

「資金に関しては、最後の頁に記載しました。勘定方に相談したら、七割なら真選組の昨年度予算の余った分で賄えるとの事です。もう三割は松平公に掛け合ってみます」
「とっつぁん、奏の事気に入ってるから協力してくれるかもな」
「私の色香に首ったけですもんね」
「それはねェわ」
「ああ、ないない」
「はい異議あり!」
「はい却下」
「無慈悲にも程がある」
「まあ何だ、こんだけ綿密に計画練ってんのは素直にスゲェと思うぞ。やってみたら良いんじゃないか」
「よっしゃ局長の言質ゲットだぜ」
「……あんまり羽目外しすぎんなよ、ボケモンマスター」
「いけっ、ニコ中!根性焼きだ!」

 悪ふざけする奏を舌打ちしながら睨み付けた土方は、溜め息交じりに広間を去っていった。それからというもの、奏は空き時間を利用しながら縁日の準備をし始めた。大江戸城の庭園のブッキング、松平への資金繰り相談、テントや設備のレンタル、予算を見直しながらの食材や景品の買い付け、備品の確認や発注作業──副長補佐としての仕事と縁日の企画運営でてんてこ舞いな毎日を送る奏を陰ながら支えていたのは、他でもない土方だった。開催前日、設営のために真選組の人員を割いたのも土方の判断だった。

「土方さーん!」

 巡回の途中で立ち寄った土方に声を掛けた奏は、満面の笑みを浮かべながら「ありがとうございました」と頭を下げた。紫煙を燻らせながら目を逸らした土方は、素知らぬ顔をしつつもどこか気恥ずかしそうな様子で頭をかいた。

「何の話だ」
「さっき、小耳に挟んだんです。土方さんがこうしてみんなを集めてくれたって」
「……んな昔の事なんか忘れちまったよ」

 ぶっきらぼうな態度で照れ隠しをした土方は、煙草を咥え直しながら足早に去っていった。頬を緩ませながら土方の背中を見送った奏は、一段と精を出しつつ準備に勤しんだ。
 日付が変わるまで設営や飾り付けなどの準備を行っていた奏は、城内にある厨房で食材の下拵えに取り掛かった。水を打ったような静けさの中、食材を切り刻む小気味よい音が壁や天井に反響している。出入り口の扉が開いた瞬間、奏は包丁を強く握り締めながら弾かれたように振り向いた。

「何だ、土方さんか。驚かさないでくださいよ」

 強張っていた表情を和らげた奏は、肩の力を抜きながら下拵えを再開した。奏に歩み寄った土方は、手元を覗き込みながら口を開いた。

「お前、料理出来んのな」
「多少は、まあ。お嫁さんにしたくなっちゃいました?」
「うるせェよ、お猿さん」
「猿猿言わないでください。ていうか、こんな時間にどうしたんですか?」
「様子見に来ただけだ」
「物好きですね」

 にやりと笑いながら茶化す奏だったものの、まな板や包丁を用意する土方を驚いたような眼差しで見上げた。そんな奏を一瞥した土方は、何も言わずに食材を刻み始める。口に出しかけた言葉を飲み込んだ奏は、静やかに微笑みながら下拵えを再開した。
 翌朝──一晩かけて下拵えを済ませた全ての食材を容器に選り分けた二人は、二時間の仮眠の後、縁日が始まる正午まで隊員達と協力しながら開店に向けての準備を進めた。開場を告げる花火が打ち上げられた刹那、幕府の重鎮の縁者や各組織に在職している人間の関係者など、たくさんの人で大江戸城の庭が賑わっていく。法被を身にまとい、土方と肩を並べながらたこ焼きを焼いていた奏は、店の前へやって来た茂茂と松平に気付くと屈託のない笑みを浮かべた。

「いらっしゃいませ!」
「昔ながらの縁日っつう感じで、なかなか良いじゃねェか」
「これが祭りというものか……奏、素晴らしい祭りをありがとう」
「喜んでいただけて、嬉しいです。良かったら、たこ焼きいかがですか?」
「ああ、いただこう」
「毎度あり!二百円、頂戴します」
「奏お前、将軍に金払わせるってのか」
「祭りに身分は関係ないですからね」
「片栗虎、奏の言う通りだ」

 松平に内緒で懐に忍ばせておいた小銭入れを取り出した茂茂は、少年のような笑みを浮かべながら奏に二百円を手渡した。たこ焼きを受け取った茂茂は、松平と共に空いているベンチを求めて歩き出す。しばらくたこ焼き作りに専念していた土方達の目の前に現れたのは、お妙から招待券を譲り受けた万事屋一行だった。

「ありがとうございました、もう二度とお越しやがらねェで下さい」
「何この店員すげェ腹立つんだけど」
「俺ァお前のツラ見た瞬間から胸糞悪くなったから。俺の勝ちだな」
「何の勝負だよ。中学生かよテメーは」
「神楽ちゃん、新八君、たこ焼き食べる?」
「食べるアル!」
「一パック二百円です」
「銀ちゃん、二百円ちょうだいネ」
「あーはいはい。で、奏ちゃんはいくら?」

 言うが早いか、舌打ちをした土方が投げ付けたピックを間一髪避けた坂田は、深々と木に突き刺さったそれを戦慄の眼差しで見つめた。顔を引きつらせながらピックを引き抜いた坂田は、それを土方ではなく奏に手渡した。

「え、何、お宅らデキてんの?」
「んな訳ねェだろ」
「旦那、高いですよ?私」
「そうなの?おいくら万円?」
「バーゲンダッシュ一年分」
「安くね?そんな安いなら俺が買っちゃうよ?」
「そうですか?僭越ながら、お断りします」
「つれねェな。でも、そこがまたそそるわ」
「一年間、毎日毎食後に食べたとしても三十万円でお釣りきますよ」
「そうなんだ。すごいね新八君、バーゲンダッシュ博士みたい。はい、たこ焼きお待ちどおさま」
「やったネ、毎食毎食たまごかけご飯には飽き飽きしてたアル」

 長い串に三つのたこ焼きをまとめて刺した神楽は、それを頬張りながら去っていった。万事屋一行を見送った奏は、最後まで坂田を睨み付けていた土方をなだめながらたこ焼きをひっくり返す。二時間後、二人のもとへやって来た近藤と山崎は、威勢の良い笑顔を浮かべながら法被の袖を捲り上げた。

「お疲れ。お前ら、休憩してきて良いぞ」
「後は任せて下さい」
「ああ、よろしく」
「ありがとうございます。行ってきます」

 二人分のたこ焼きを手に取った土方と、二人分の飲み物を持った奏は、談笑しながら持ち場を離れた。縁日の会場を取り囲むように張り巡らされた紅白幕の外側に出た二人は、真選組隊員用のテントに置かれているベンチに並んで腰を下ろした。

「お疲れ様です」
「お疲れ」

 ソフトドリンクで乾杯をした二人は、主に縁日の話で盛り上がりながらたこ焼きを食べた。やがて会話が途絶え始め、疲れが限界に達し微睡み始めた奏の上半身が不安定に揺れる。本格的に眠り始めた奏の上半身が前方に大きく傾いた瞬間、無意識の内に彼女の肩を抱き寄せた土方は慌てたように周囲を見渡した。自分達以外に誰もいない事を確認し、安堵したように溜め息をつきながら奏の身体に寄りかかる土方。仮眠を取るつもりで目を閉じた土方だったものの、徹夜をしていたという事もあり、奏の寝息に誘わられるかのように深い眠りの世界へと溺れていった。数時間後に目を覚ました土方は、自分達が座っているベンチ以外全てが撤収され、眼前に広がる荘厳な日本庭園に度肝を抜かれた。寝ながらにして土方の異変を感じ取り、ゆっくりと目を開ける奏。寝ぼけながらも土方に寄りかかっている事に気付いた奏は、素っ頓狂な声を発すると同時にベンチから転がり落ちた。

「え、あれ、縁日は?みんなは?つーか暗っ!」

 目を白黒させながら夜空を見上げる奏の傍ら、土方は必死に頭の中で記憶の糸を手繰り寄せていた。しかし、奏の身体に寄り添った後の記憶を綺麗さっぱり失っている土方は、内心狼狽しながら頭を抱え込む。懐から伝わる振動に気付いた土方は、取り出した携帯電話を開き、届いたばかりのメールを読み始めた。近藤から届いたメールには、打ち上げで盛り上がっている様子を写したものと、寄り添いながら爆睡する土方と奏のツーショットが添付されている。溜め息をつきながら立ち上がった土方は、ベンチを片付けるとおもむろに煙草を吸い始めた。

「近藤さん達、打ち上げやってるらしい」
「打ち上げですか」
「行くか?」
「遠慮しときます。土方さんは?」
「俺もやめとくわ。帰るか」
「そうですね。あ、どうも」

 目の前に差し出された土方の手を借りながら立ち上がった奏は、法被や短パンについた土を払い落とした。どちらからともなく歩き出した二人は、四方山話をしながらのんびりと屯所へ向かう。並んで歩く二人の距離は、普段よりもほんの僅かに離れていた。



続く






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