夜八時──副長室で溜まっていた雑務を片付けた奏は、仰向けになりながらぼんやりと天井を見上げていた。タイミングよく外出から戻ってきた土方は、乱菊の柄が施された漆黒の小紋を奏に投げ渡す。顔面で受け取った小紋を手に取り起き上がった奏は、自分の趣味とは正反対のそれに困惑しながら土方を見上げた。

「デートの時間だ」
「はい?デート?何かの隠語ですか?」
「つべこべ言ってねェで、さっさとそれに着替えろ。髪型と化粧も、その着物に合わせてくれ。廊下で待ってるから、終わったら声掛けろよ」

 眉間に皺を寄せながら矢継ぎ早に言葉を紡いだ土方は、化粧道具入れを奏に渡すと足早に去っていった。訳もわからないまま小紋に着替えた奏は、いわゆる「極妻」仕様のそれに合わせたシンプルな日本髪を結い、普段よりも濃く艶やかな化粧を施していく。廊下に向かって声を掛けた奏は、程なくして部屋へ入ってきた「ヤ」から始まる無法者集団の若頭を思わせるような格好をした土方をただただ呆然と見上げた。紫煙を燻らせながら奏を見下ろす土方の左目は眼帯で覆われ、右の頬には大きな切り傷の特殊メイクが施されていた。

「「ヤ」のつく世界へ、レッツパーリィですか?」
「んな訳ねェだろ。移動しながら説明する、ついて来い」
「あ、その前にちょっと良いですか?」
「何だ」
「うちは極道に惚れたんやない。惚れた男が、たまたま極道だったんや」

 極道の妻になりきった奏は、鋭い目つきで土方を睨み付けながら、凛とした低い声でそう呟いた。

「……満足か?」
「すいません、あと一つ」
「ったく……さっさとしろ」
「……あほんだら、撃てるもんなら撃ってみぃ」
「あほんだらはお前だ。つーか、どんだけ極妻詳しいんだよ。行くぞ」

 ドスを利かせた声で凄む奏を一蹴した土方は、裏社会のいろはを知り尽くした悪党のような雰囲気を醸し出しながら副長室を後にした。慌てて土方の後を追った奏は、屯所が見えなくなったところまで辿り着くなり種明かしをされた。
 曰く、江戸の一角にある闘技場で違法賭博が日夜行われているとの事。賭けの対象となる人間は真剣で斬り合い、どちらが斬られるか予想されるという人道外れた賭博が陰ながら流行している。江戸の中でも飛び抜けて治安が悪い区域とは言え、人命を賭した賭け事が許されるはずもない。しかし、件の賭博がまかり通っているのにはある理由があった。練獄関は幕府と密接な関係を持つ天導衆の遊び場としての一面もあり、下手に取り締まれば組織ごと潰されかねない危険性がある。
 土方の話を理解しきれずにいた奏だったものの、件の賭博が行われている練獄関でその様子を目の当たりにすると、険しい表情を浮かべながら土方の袖を握り締めた。数時間後、屯所へ戻ってきた二人は隊服に着替え、副長室で向かい合わせに座っていた。

「あの……近藤さんに報告しなくて良いんですか?」
「お前はどう思う?」
「えっと……まだ、時機じゃないと思います。今はまだ不明瞭な部分が多すぎます。仮に今の段階で叩いたとしても末端の末端を贄にされて、練獄関自体はなくならないんじゃないかと」
「俺もそう思う。だからこそ、お前に話したんだ」

 奏を見据えながら言葉を紡いだ土方は、短くなりつつある煙草を一思いに吸い込んだ。それからというもの、二人は夜な夜な練獄関とその周辺に足を運ぶ生活を秘密裏に繰り返していた。水面下で動いていた二人と別のルートで独自に調査していた沖田が偶然にも鉢合わせた刹那、事態は急展開を迎えた。
 鬼道丸の死により行き場を失った孤児達の保護を率先して行ったのは、沖田だった。せめて子供達が安住できる場所を見つけたいという沖田の意思に賛同した奏は、仕事の合間を縫いつつ施設探しや子供達の世話に精を出していた。

「お姉ちゃん」
「ん?どうしたの?」
「俺達を、万事屋に連れてってほしいんだ」
「うーん、万事屋か……」

 子供達を万事屋へ行かせないよう沖田に釘を刺されている奏は、困ったような表情を浮かべながら彼らを見渡した。必死に訴えかけてくる子供達に根負けした奏は、沖田にどやされる覚悟を決めながら万事屋へ向かった。万事屋で坂田達と話していた沖田は、子供達を連れて来た奏を睨み付けはしたものの、静かに事の成り行きを見守っている。泣きながら鬼道丸の敵討ちを懇願する子供達の依頼を引き受けたのは、万事屋だけではなかった。鼻眼鏡を装着した沖田の背中を見守っていた奏は、いつの間にか万事屋へ来ていた土方を申し訳なさそうな眼差しで見つめた。

「すいません土方さん、私もまだ馬鹿だったみたいです」
「何つーか、姉弟揃ってまあ……お前は総悟の援護にあたれ。俺は一番隊を召集する」
「土方さん……私が言える立場じゃないんですけど、正気ですか?」
「うるせェ。ただ、俺も馬鹿ってだけだ。余計な事考えてねェで、さっさと行け」
「ありがとうございます!」

 土方に向かって深く頭を下げた奏は、手毬をつきながら万事屋を後にした。一時的にタッグを組んだ真選組と万事屋は、鬼道丸の敵を討つと共に練獄関の制圧を成し遂げた。


続く






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