数日後──再び休みを合わせた土方と奏は、水族館を心行くまで楽しめなかった雪辱を果たすかのように遊園地を訪れた。営業開始と同時に園内へ足を踏み入れた二人は、仁王立ちしながらアトラクションを見渡す。「せーの」の合図で指を刺した二人の視線の先にあったのは、一番の人気を誇るジェットコースターだった。

「奏にしちゃ分かってんじゃねェか」
「土方さんこそ。てっきり、最初はメリーゴーランドでレッツパーリィかと」
「アホ抜かせ。遊園地来たらまずジェットコースターに乗るのが礼儀ってもんだろ」
「違いないっすね。さあ、行きましょうか」

 ガキ大将のような悪どい笑みを浮かべた奏は、力強い眼差しでジェットコースターを見据えながら歩き出した。奏の凛とした横顔を見やった土方は、頬を緩ませながら無言で歩き出す。ジェットコースターを皮切りに数種類の絶叫系アトラクションを乗り回した二人は、溜め息をつきながらベンチに座った。珍しく無言でいる奏の顔を覗き込み、困惑したような表情を浮かべる土方。三半規管が機能する事を放棄してしまった奏の顔は、真っ青に染まっていた。

「おい、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです。遺言だけ、聞いてもらって良いですか」
「乗り物酔いだけじゃ死なねェから安心しろ。冷たいもん買ってくるから、ちょっと横になっとけ」
「うう……ごめんなさい」

 立ち上がった土方に頭を撫でられた奏は、両手で顔を覆いながらベンチの上で仰向けになった。片手で目を覆い、苦しそうに呼吸を繰り返す奏。やがて戻ってきた土方は、奏の頭を膝に乗せ、冷や汗の滲んだ額に水で湿らせた手拭いをあてがった。

「あ、ありがとうございます……」
「飲み物とアイス、どっちがいい」
「ハーゲンダッツ」
「ねェよ。んなもんテメェで買え」

 粒状のアイスを掬ったスプーンを奏の唇にあてがった土方は、薄く開かれた口にそれを流し込んだ。

「ん……え、何これ新食感」
「ディッピンドッツとかいうアイスらしい」
「ディッピン……お口の中が新世界の幕開けやー」

 目を覆っていた手を退かした奏は、弱々しく微笑みながら土方を見上げた。燃料を投下するかの如く、奏の口にどんどんアイスを突っ込んでいく土方。押され気味になりながらもアイスを完食した奏の顔の色は、幾許か元に戻りつつあった。電池が切れたかのようにスッと目を閉じた奏が再び瞼を開いたのは、それから小一時間経った頃だった。

「あー……寝てました?私」
「ああ、一時間くらいな」
「一時間!?すすすすすいません、ほんとすいません」
「気にすんな。ここのところ残業ばっかしてっから疲れてんだろ」
「そうは言っても、せっかくのお出掛けなのに寝ちゃうなんて愚の骨頂です」
「これから巻き返せば良いじゃねェか。仕切り直しに、あれなんかどうだ?」

 上体を起こしながら示された方を見やった奏は、目線の先にそびえ立つお化け屋敷が見えない振りをし始めた。

「あれと言いますと?」
「お化け屋敷だよ」
「くっ……持病のあれが……」
「持病のあれって何だよ」
「ほら、あれですよ……ヒポポポポタマス症候群」
「ヒポポタマスだろ?」
「そうそう、ヒポポタマス」
「ヒポポタマスはカバの学名だ、バーカ。つーか怖ェんだろ、お化け屋敷」
「んな訳ないでしょ。それにしても、空が綺麗だなぁ」
「誤魔化してんじゃねェよ。お子ちゃまには、お化け屋敷は早かったか?」
「だから別に怖くないっつってるじゃないですか。あんなんただの子供騙しでしょう」

 まんまと土方の挑発に乗せられた奏は、鼻息を荒らげながらお化け屋敷へ向かって歩き出した。落ち着かない様子で列に並んでいた奏は、順番が回ってくると同時に身体を強張らせながら土方の腕にしがみついた。

「やっぱ怖ェんじゃねェか」
「ああそうですよ、怖いですよ。もはやお化け屋敷とか意味がわからないです」
「そこまでビビる意味もわかんねェよ。歩き辛ェし」
「ビビりん坊将軍である私をお化け屋敷に誘った代償と思って、どうぞ目となり足となって下さい」
「子供騙しとか抜かしてたのは、どこのどいつだよ」

 呆れたように笑った土方は、目を固く瞑るほど怯えている奏のペースに合わせながら通路を進んでいく。十五分後、瞼越しに日の光を感じ、恐る恐る目を開ける奏。悪ふざけでジェイソンの仮面を装着した土方と目が合った瞬間、奏は声にならない悲鳴を上げながら腰を抜かした。無言で土方を睨み付けた奏の瞳孔は完全に開ききっている。ジェイソンの仮面を外した土方は、バツが悪そうに頭をかきながら手を差し出した。

「わ、悪かったよ……立てるか?」
「どうも。土方さんも、何だかんだ猿要素持ってますよね」
「何だよ猿要素って」
「土方さん達から見た私みたいな」
「よくわかんねェけど、不名誉って事だけは理解できた」
「間接的に人の事罵るの、やめてくれませんか」

 土方の手を借りながら立ち上がった奏は、そのまま近くのベンチに腰を下ろした。ちょっと待ってろ、と奏に告げ、売店へ向かう土方。程なくして戻ってきた土方は、飲み物や絆創膏などが入れられているビニール袋を持っていた。

「ほら、脱げ」
「白昼堂々セクハラするなんて、土方さんも隅に置けないですね」
「黙れヒポポタマス症候群。素っ裸になれっつってんじゃねェんだよ。草履と足袋を脱げって言ってんの。鼻緒擦れしてんだろ」
「バレちゃってましたか」

 困ったような笑みを零した奏は、痛みをこらえながら草履と足袋を脱いだ。奏の前にひざまずいた土方は、痛々しい傷をミネラルウォーターで洗浄し始める。手拭いで拭いた奏の足を膝に乗せた土方は、擦り傷を負った箇所に手際良く絆創膏を貼り付け、足袋と草履を履き直させた。

「ありがとうございます」
「ああ。帰ったら消毒しとけよ」
「はい!ところで、次は何乗りますか?」
「その足でまだ歩き回ろうってのか」
「次いつ来れるかわからないし、一生分楽しんでおかないと」
「違ェねェな。足、痛くなったら言えよ」
「はい、ありがとうございます!」

 屈託のない笑みを浮かべながら立ち上がった奏は、数歩進んだところでくるりと振り返った。茜色に染まり始めた西日が、奏の笑顔を一段と輝かせる。引き込まれるように奏の笑顔に見入っていた土方は、頭を振りながら立ち上がった。
 数時間後──閉園時間間際まで遊園地を満喫した二人を乗せた車は、土方の運転で屯所への帰路をひた走っていた。赤信号で停車した車の中、背もたれに寄り掛かった土方は、心地好い揺れに身体を委ねつつうたた寝をしている奏の横顔を見やりながら頬を緩ませた。


続く






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