鎖国解禁二十周年記念祭典、当日──様々な露店が軒を連ねるターミナル周辺では、老若男女問わずたくさんの人や天人が行き交っていた。焼きそば、フランクフルト、たこ焼き、焼きとうもろこし、りんご飴、かき氷、綿飴──祭りを楽しむ上で欠かせない物を買い込んだ奏は、広場の一角に建てられた矢倉の階段を一目散に駆け上がる。矢倉の最上階へ辿り着いた奏は、広場を眺める徳川茂茂の傍らに目を輝かせながらひざまずいた。

「お待たせ致しました、茂茂様」
「すまない、走らせてしまって」
「滅相もありません」

 屈託のない笑みを浮かべた奏は、半ば興奮気味に説明しながら茂茂の前に戦利品を並べていった。厠から戻ってきた松平片栗虎は、呆れたように溜め息をつきながら茂茂の隣に座った。

「いくら何でも買い過ぎなんじゃねェか、奏」
「何を仰られますか、松平公。何で人間には手が四本生えてないんだろうってもどかしく思うくらい、他にも買いたいものたくさんありましたよ」
「そうなのか?他には、どのようなものが売られているのだ?」
「じゃがバターにカステラ焼き、焼きイカなんかも売ってるんですよ。食べ物だけじゃなく、射的や金魚すくいで遊べたりもします」
「そういや、型抜きなんかもあったな。餓鬼の頃、夢中になってやってたなァ」
「そうだ!今度、大江戸城で縁日やりませんか?真選組で警備も露天の切り盛りもするので、関係者の家族とか招待してパーッとやりましょうよ」
「お前はまた突拍子もねェ事を……」
「良いではないか、片栗虎。余は賛成だ。楽しみにしているぞ、奏」

 食事や観劇を楽しみながら談笑していた三人の会話は、轟くような爆発音と大勢の悲鳴によって中断された。土方との無線のやり取りで、広場が襲撃された事を把握する奏。集まった護衛達と共に茂茂を取り囲みながら矢倉を脱出した奏は、護送車を目指し先陣を切って走り出す。混乱に乗じて奇襲をかけてくる攘夷浪士達を次々と斬り倒していった奏は、無事に茂茂を護送車まで誘導した。
 走り去っていく護送車を見送った奏に、騒動を終結へと導いた沖田と共に神楽を万事屋まで送り届けるという任務が課せられた。運転席に沖田が、後部座席に神楽と奏が乗り込んだパトカーは、万事屋のあるかぶき町方面へと走り出す。暇そうに周囲を見渡していた神楽は、不意に奏の顔を覗き込みながら口を開いた。

「名前、何ていうアルか?私は神楽アル」
「ごめん、自己紹介まだだったよね。沖田奏です」
「顔も名字もそっくりアルな、お前ら」

 目を見開いた神楽は、沖田と奏を交互に見やった。バックミラー越しに神楽を睨み付けた沖田は、舌打ちをしながら口を開いた。

「姉弟なんだから当たり前だろうが」
「マジでか。兄弟のどっちかがチャランポランなら、もう片方はしっかりするって聞いた事あるネ。でも、お前らどっちもチャランポランに見えるアル」
「姉貴、そのチャイナ窓から投げ捨ててくれ」
「何だと!?いたいけな少女に何て事するネ!」
「テメェのどこが「いたいけな少女」なんでィ」
「あァん?どっからどう見てもいたいけな少女だろ。ねっ、奏」
「え?あ、うん」
「ほら、奏もこう言ってるアル」
「いきなり話振られて困ってるようにしか見えなかったけどな」
「まあまあ、二人とも落ち着いて……神楽ちゃん、こう見えて総悟は意外としっかりしてるんだよ。それに、故郷にいる一番上の姉が凄くしっかりした人なの」

 沖田と神楽をなだめた奏は、故郷にいるミツバを思い浮かべながら頬を緩ませた。神楽を万事屋まで送り届けた奏は、腕時計を確認しながら助手席に乗り込む。奏がシートベルトを装着すると、沖田は真選組屯所のある方へと向かってアクセルを踏み込んだ。

「ねぇ総悟、せっかくだしご飯食べて帰らない?」
「どうせいつもの焼き鳥屋だろ、遠慮しとく」
「一仕事終えた後の焼き鳥は、最高においしいのに」
「はいはい。店までは送るけど、歩けなくなるほど飲むなよな」
「イエッサー!」

 勢い良く敬礼をした奏は、炭火で炙られる焼き鳥を想像しながら腑抜けた笑みを浮かべた。屯所から徒歩圏内にある焼き鳥屋の前に降り立ち、走り去っていくパトカーを見送りながら手を振る奏。パトカーが見えなくなると、奏ははにかみながら焼き鳥屋の暖簾をくぐった。もはや顔馴染みとなった店主と挨拶を交わしながら、カウンター席に座る奏。良い具合に酔っ払った奏が三本目の瓶ビールを注文したところで、式典での騒動の事後処理を終えた土方がやって来た。

「あら、土方さん。お疲れ様です」
「おう、お疲れ。奏も来てたのか」
「一仕事終えた後の一杯は、何より疲れを癒やしてくれますから」
「一杯どころか三本目じゃねェか。隣、良いか」
「どうぞどうぞ。ささ、とりあえず乾杯でもしましょうや」

 店主から受け取ったグラスにビールを注いだ奏は、隣に腰を下ろした土方にそれを差し出した。手に持ったグラスを軽くぶつけ合い、一気にビールを飲み干す二人。品書きに目を通しながら適当に注文した土方は、空になったグラスに再びビールを注ぐ奏を見やった。

「チャイナ娘は大人しくしてたか?」
「あー……いい子なんですけど、いかんせん総悟との相性が悪くて」
「お前も苦労が絶えねェな」
「退屈しなくて良いですよ」

 土方を一瞥した奏は、不敵な笑みを浮かべながら焼き鳥を口に運んだ。武州での思い出話や四方山話に花を咲かせながら、酒や焼き鳥を嗜む二人。二時間後、焼き鳥屋を出た土方と奏は肩を並べながら屯所へ向かって歩いていた。

「そうだ、近藤さんからの伝言だ。明日は休んで良い、だとよ」
「明日、ですか?また急な話ですね」
「ああ。松平のとっつぁんからお前の活躍聞いて、えらい上機嫌でな。有休も余りまくってんだし、たまには羽伸ばしたらどうだ」
「羽伸ばすって言っても……」
「なら、水族館でも行くか。お前、武州にいた頃からずっと行きたがってただろ」
「土方さんも休みなんですか?」
「ああ、ついでに俺も有休消化する事になった」
「それじゃあ、お言葉に甘えて明日はデート楽しみましょうか」
「デートって、お前なァ……」

 悪戯な笑みを浮かべながら顔を覗き込む奏を呆れたように一瞥した土方は、溜め息混じりに空を見上げた。土方の視線を辿り、空を見上げる奏。並んで天を仰ぐ土方達の頭上では、無数の星が瞬いていた。


続く






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