数え切れない程の命が散っていった攘夷戦争は、灰色の怪雨が降りしきる中ひっそりと終結を迎えた。逗留先である宿へ戻ってきた坂田は、夕飯を食べる事も風呂に入る事もせず、縁側に座りながら降り続ける雨を眺めている。夕飯の後片付けを済ませ縁側へやって来た奏は、坂田の傍らに握り飯を置きながら腰を下ろした。しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは坂田の方だった。

「慰めにでも来たのか」
「そんなんじゃないよ。ただ、一緒にいたいだけ」
「そうかい。悪ィが、相手してやれるような気分じゃねェんだ」

 生気を失った瞳で雨を見上げ続ける坂田は、口元へ運んだ握り飯を力なく頬張った。無表情で握り飯を頬張り続ける坂田の目から、絶え間なく涙が溢れ出している。もはや涙を拭う気力でさえも失ってしまった坂田の横顔を一瞥した奏は、唇を噛み締めながら灰色の空を見上げた。握り飯を食べ終えた坂田は、指に付いた米を啄みながら空になった皿を奏の方へ押しやった。

「ごっそーさん」
「……私もまだ、ここにいる」

 睨み付けるように奏を見やった坂田は、舌打ちをしながら彼女を押し倒した。馬乗りになった坂田を見上げる奏の頬に、涙の雨が数粒降り注いだ。

「慰めてくれる気にでもなったか?」
「銀時の気持ちが少しでも晴れるなら、何でもする」
「……アホらし。寝るわ」

 奏の額にデコピンを食らわした坂田は、溜め息をつきながら立ち上がった。それぞれの部屋に戻り、雨の音を聞きながらそれぞれの夜を過ごす二人。いつの間にか眠りに落ちていた奏は、空が白み始めた頃、ぼんやりと目を覚ました。寝惚け眼で天井を見上げる奏の耳に、玄関の扉を開閉する音が届く。胸騒ぎを感じながら起き上がった奏は、裸足のまま宿を飛び出した。

「銀時!」

 門の向こうへと歩んでいく坂田の後ろ姿を見つけた奏は、声を上ずらせながら彼の名前を呼んだ。ゆっくりと立ち止まった坂田は、頭を掻きむしりながら振り向いた。

「どこ行くの……?」
「さあな」
「変な事、考えてないよね?」
「バーカ。志半ばで死んでった仲間達の命背負って生きてく事が、俺に出来る唯一の贖罪だ」
「私も一緒に背負うから。だから、一緒にいさせて」
「悪ィ、もう俺には誰かを護れる資格なんざねェんだ」

 奏の目から零れ落ちた涙を着物の袖で不器用に拭った坂田は、未練を振り切るかのように歩き出した。

「大丈夫だよ、銀時。銀時なら、いつかまた護りたいと思える人に出会えるから。いつかまた、馬鹿みたいに笑い合える仲間と巡り会えるから」

 声を震わせながらも必死で激励の言葉を紡いだ奏は、まるで電池が切れてしまったかのように力無く膝をついた。踵を返し、無言で奏に歩み寄る坂田。呆然とする奏の額に口付けをした坂田は、片手を上げながら前へ向かって歩き出した。

「またな」
「っ……またね!」

 頬を赤らめながら額をおさえた奏は、晴れやかな笑みを浮かべながら坂田の背中を見送った。木立の隙間から射し込んだ朝日が、前へ前へと突き進む坂田の背中を優しく包み込んでいた。









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