数年前──武州で出会った近藤勲達は、誠の道を極めんと江戸へ上京する決意を固めた。上京当日、故郷の村を出た近藤達は談笑しながら砂利や石ころの多い山道を歩いていた。

「おーい!」

 遥か後方から聞こえてきた声に足を止めた近藤達は、首を傾げながら振り向いた。

「待って待って、忘れ物!」

 徐々に近付く声と共に木々の間から姿を現したのは、沖田総悟の二番目の姉である沖田奏だった。近藤達に追い付くため山道を全速力で駆け下りていた奏は、足を急に止めた反動で転倒し、地面に思い切り顔面を打ち付けた。

「お、おい……大丈夫か、奏」
「大丈夫!」

 近藤達の心配をよそに、勢い良く顔を上げた奏は鼻血を拭いながら立ち上がった。一連の流れを静観していた土方十四郎は、呆れたように溜め息をつきながら口を開いた。

「忘れ物って何だよ」
「私」
「はあ?」
「私も江戸に行って、勲兄達と一緒に戦う」
「はあああ!?」
「寝言は寝て言え、遊びに行くんじゃねェんだぞ俺達は」
「命の危険にさらされる時だって有り得るんだ、女であるお前を連れて行く訳にはいかねェよ」
「心配しないで。何が起こるかわからないのは百も承知だし、自分の身は自分で護るから。それに実は私、男なんだぜ!」
「見え透いた嘘つくな!」
「……奏、ついてくるからには覚悟決めろよ」

 共に江戸へ行く事への許可を意味する近藤の言葉に、奏は飛び跳ねながら全身を使って喜びを表現した。猛反対していた土方達を黙らせたのは、近藤の鶴の一声だけではなかった。何時間でも野山を駆け回る事の出来る驚異的な身体能力や、門下生の中で誰よりも厳しい練習を重ねてきた努力の才を持つ奏の確固たる精神力が、土方達を納得させたのだった。
 それから数年の月日が流れた現在、故郷にいた頃の比ではない幾多の努力と経験を重ねた奏は、真選組副長補佐という肩書きを背負いながら江戸の街を護っている。大使館を狙った連続爆破テロが報道機関で連日取り沙汰されている中、真選組は目星を付けた数カ所の大使館前で張り込み捜査を敢行していた。

「土方さん、怪しい三人組が大使館に近付いてます」

 土方、沖田、山崎と共に戌威星大使館を張り込んでいた奏は、かぶき町方面からやって来た不審者三人組に目を付けた。双眼鏡を覗き込んでいた土方は、怪訝そうな表情を浮かべながら奏を見やった。

「お前、景色眺めてたんじゃなかったのか」
「上京してから何年経ったと思ってるんですか、都会のコンクリートジャングルなんざ見飽きましたよ。元自然児の視力、ナメてもらっちゃ困ります」

 ほら、あそこ──かつて土方達から「猿」と呼ばれていた頃のような悪戯な笑みを浮かべた奏は、大使館へ向かって歩いている不審者達を指差した。双眼鏡を構えながら、奏の指差した方へ視線を向ける土方。流水紋柄の着流しを着た銀髪の男、眼鏡をかけた一見平凡な少年、チャイナ服を身にまとった碧眼の少女──大使館の前で立ち止まった不審な三人組を、土方と奏は息を呑みながら監視した。大使館の周りを巡回していた警備員に、持っていた小包を差し出す銀髪の男。受け取りを拒否した警備員が男の手を払い除けた次の瞬間、門の内側に舞い落ちた小包が凄まじい音を立てながら爆発した。僧侶に扮していた桂小太郎も加わり、不審者達は再びかぶき町方面へと走り出した。

「あ、桂小太郎」
「とうとう尻尾出しやがった。山崎、何としても奴らの拠点おさえてこい」
「はいよっ」

 部屋の出入り口で待機していた山崎に指示を出した土方は、紫煙を燻らせながら桂の指名手配書に視線を落とした。昼寝から目覚めた沖田と言い争う土方をなだめながら、桂一派との戦闘に備え刀を手入れし始める奏。数時間後──山崎の報告を受けた土方達は、桂一派が潜伏しているという宿へやって来た。

「副長及び副長補佐、並びに一番隊、二番隊で突入。三番隊から五番隊は階下での後方支援、六番隊と七番隊は建物周辺の誘導及び警戒、八番隊は上空にて空路での逃走制圧……各自、持ち場へ」

 現場での指揮を任された奏は、各々の部隊に指示を出しながら隊服の上に宿の従業員用の着物を身にまとった。桂達が潜伏しているという十五階まで階段で向かう土方達と別れ、エレベーターに乗り込む奏。一足先に十五階へ辿り着いた奏は、従業員になりきり営業スマイルを浮かべながら桂一派の見張り番に歩み寄った。

「失礼致します。先ほど桂様よりお申し付けいただきました、んまい棒をお持ち致しました」
「すまんが、寄合の最中だ。俺が預か、ろ……う……」

 見張り番の鳩尾に強烈な一発を見舞った奏は、気を失った彼を見下ろしながら着物を脱ぎ捨てた。土方達と合流し、息を殺しながら刀の柄を握り締める奏。戦闘態勢の奏に目配せをした土方は、襖を蹴破りながら声を張り上げた。

「御用改めである!神妙にしろ、テロリストども!」
「しっ……真選組だ!」
「いかん、逃げろ!」
「一人残らず討ち取れェェ!!」

 攘夷浪士が警察の言いなりになる訳も無く、鬼気迫る攻防戦が至る所で始まった。迫りくる敵の刃を避けながら、桂の背中を追う奏。桂の後を追っていた奏が角を曲がった瞬間、鋭く突き付けられた刀の先が彼女の目の前に迫った。上体を反らしながら切先を避けた奏は、刀を逆手に持ち替え、舌打ちをした桂の頭を目掛けて鋭い突きを放つ。間髪入れずに引き戻した刀身で迫りくる切先の軌道を逸らした桂は、鍔迫り合いに持ち込みながら奏を睨み付けた。

「俺も舐められたものだな、貴様のような小娘を仕向けられるとは」
「真選組副長補佐、沖田奏。以後、お見知り置きを!」

 渾身の力で桂を突き飛ばした奏は、刀を構え直す事も忘れ目を見開いた。不敵な笑みを浮かべながら大きく後ろへ飛び退いた桂は、懐から取り出した煙幕を奏の足元めがけ叩き付ける。瞬く間に立ち込めた煙は、視界を奪うだけではなく催涙効果もあるものだった。人並み以上の視力の良さが仇となり、煙の刺激と催涙効果に酷く苦しめられる奏。耳をつんざくような爆発音が響き渡った刹那、揺れる程の衝撃に足を取られた奏は為す術もなく床に叩き付けられた。目を閉じながら床に突っ伏す奏の耳に、何者かの足音が届く。ギリギリまでタイミングを見計らっていた奏が刀を握り締めた瞬間、刀身を踏み付けた土方は溜め息をつきながら口を開いた。

「何やってんだ、お前」
「煙幕で撒かれてしまって、それで……」
「その煙で目ェやられちまったって訳か」
「かたじけない」
「血ィ一滴流さず桂とやり合うなんて、大したもんじゃねェか」
「そんな事は……そうだ、桂は?」
「ヘリで逃げてったよ。爆煙を上手く利用してな」
「そう、ですか……」
「自分のせいで、なんて柄にもねェ事考えてんじゃねェだろうな?」
「……いえ。桂を捕まえられるくらい、強くなるまでです」
「それでいい……が、無茶はすんなよ」

 今にも泣き出しそうな奏の前にしゃがみ込んだ土方は、不器用な手つきで彼女の頭を撫で回した。そのまま奏を肩に担いだ土方は、無線で隊士達とやり取りしながら階段を降りていく。土方の優しさに救われた奏は、頬を緩ませながら心地好い温もりに身を委ねた。


続く






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