退院前夜、消灯と同時に眠りに就いた奏は、夜中にふと目を覚ました。睡魔に誘われるように瞼を閉じた奏は、静まり返った廊下に響き渡る足音に気付く。巡回中の看護師にしてはやたらのんびりとした歩調に、そこはかとない違和感を覚える奏。ゆっくりと近付いてきた足音が室内に侵入した瞬間、奏は勢い良く起き上がりながら目を開けた。カーテンの隙間から射し込んだ月明かりが侵入者、もとい白衣を身にまとった高杉を照らし出す。様々な記憶や感情が入り混じる奏だったものの、自然と浮かんだ満面の笑みが彼女の本心を表していた。

「何、その格好」
「病院じゃ、この方が動きやすいからな」

 そう答えた高杉は、奏の頭を撫でながらベッドに腰を下ろした。向かい合う二人の横顔を、月明かりが朧気に照らしている。

「お医者さんが、「臓器が傷付かないような刺され方だった」って言ってた」
「化けて出られんのも面倒臭ェしな」
「じゃあ、間抜けな用無しに会いに来たのは何で?」
「その間抜けな面、拝みに来ただけだ」

 ふざけた返答に苦笑しながら握り拳を震わせた奏は、仕返しだと言わんばかりの一発を高杉の脇腹に見舞った。拳に走る激痛に悶絶する奏の目の前に、白衣の内側から取り出した週刊少年ジャンプをちらつかせる高杉。自嘲気味に笑った奏の顔が徐々に歪んでいき、やがて大粒の涙を流しながら高杉に掴みかかった。

「あの時、ほんとは助けに来てくれたんでしょ?「容疑者」じゃなくならせるために、わざと刺したんでしょ?入院してから気付いたよ、かんざしにGPS仕込まれてるの。それで私が真選組に捕まったってわかったんでしょ」

 一気にまくし立てた奏は、嗚咽を洩らしながら力無く項垂れた。黙り込んだまま、奏の肩を抱き寄せる高杉。ひとしきり泣き続け、ようやく落ち着いた奏が顔を上げると、高杉はそこはかとなく苦しげな表情を浮かべながら口を開いた。

「……悪かった」
「ほんとだよ、全くもう」

 そう冗談めかした奏は、切なげな笑みを浮かべながら高杉の頬に触れた。

「私、待ってるから。いつでも高杉が帰ってこられるように。あの家で、寅さんと待ってる。だから、……気が向いたら、帰ってきてね」

 最後に付け加えた一言は、奏の最大限の優しさだった。奏が再び眠りに落ちるまで、何も言わずに頭を撫で続ける高杉。翌朝、奏のベッドに高杉の温もりは残っていなかった。


続く






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