「朝比奈奏だな」

 帰宅途中の奏の前に現れた土方十四郎と沖田総悟は、彼女を犯人蔵匿の容疑で真選組屯所へと連行した。後ろ手で拘束され、取調室へ連れて来られた奏は、口を真一文字に結びながら前を見据えている。名立たる大罪人である高杉を匿っている容疑者・奏の取り調べは、副長である土方が直々に執り行う事になった。

「下手な嘘吐くんじゃねェぞ、罪が重くなるだけだ」

 どこか挑発するように言い放った土方を、奏は無言で見つめ返した。次から次へと投げ掛けられる質問に対し、頑として黙秘を貫く奏。ノックもせずに取調室の扉を開いた沖田は、奏に聞こえないよう高杉の失脚を土方に耳打ちする。舌打ちをすると同時に立ち上がった土方は、怒りを孕んだ笑みを浮かべながら奏を見下ろした。
 取り調べに応じない奏が連れて来られたのは、真冬のように底冷えする地下牢だった。裸足で牢の中央に正座させられた奏は、やはり無言を貫きながら土方を見上げる。足元に置いてあった桶をおもむろに持ち上げ、奏に勢い良く冷水を浴びせる土方。反射的に俯いた奏の髪を掴み、強引に顔を挙げさせた土方は、冷たい眼差しで彼女を見下ろしながら薄ら笑いを浮かべた。

「あんまり手間取らせてっと、女だろうが容赦しねェぞ。高杉はどこにいる?」
「ここだよ、副長さん」

 足音を立てず、気配を消しながら地下牢へやって来た高杉は、土方の後頭部に刀の先を突き付けた。すぐさま刀を抜こうと試みたものの、高杉の刀が毛先を揺らす感覚が伝わり、諦めたように両手を挙げる土方。刀を捨てさせた高杉は、切っ先を突き付けながら土方を牢の隅に移動させた。

「テメェ等、やっぱりグルだったんだな」
「何、勘違いしてんだ?俺ァ知らねェよ、こんな女。仮に知ってたとしても、お前ら幕府の犬如きにしょっ引かれるような間抜けな女なんざ用無しだ」

 言葉を紡ぎながら奏の前にしゃがみ込んだ高杉は、狂気に満ちた笑みを土方に向けた。刹那、わずかに目を見開いた奏の身体が力無く倒れ込む。高杉が隠し持っていた短刀で脇腹を貫かれた奏は、激痛に顔を歪ませながら吐血した。おもむろに立ち上がり、虚ろな瞳で虚空を見上げる奏に視線を落とす高杉。爆発音が轟くと同時に地面が揺れた事で襲撃を受けていると気付いた土方は、地下牢から去っていく高杉の背中を睨みつけながら無線機を取り出した。

「こちら土方。至急、地下牢に救護班を回してくれ」

 隙間風のようなか細い呼吸を繰り返す奏を一瞥した土方は、地面に転がっていた刀を拾い上げながら駆け出した。刀を抜きながら走り去っていく土方の後ろ姿を見つめる奏の目から無意識の内に溢れ出した涙が、冷たい地面に音も無く吸い込まれていく。土方の足音が聞こえなくなると同時に、視界が暗転した奏の意識はプツリと途切れた。


続く






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