大晦日の夜、猿飛あやめは向かい側で年越しそばをすする朝比奈奏を見やりながら溜め息をついた。

「……ちょっと奏、あんた何やってんの?」
「見ての通り、ズッ友こと猿飛のお家で年越しそばを食べてる」
「そうじゃなくて。何で大晦日に友達の家でそば打って、ガキ使観ながらそれをズルズルズルズル食べてんのって訊いてんの。ていうか、いい加減その猿飛って呼ぶのやめなさいよ」
「猿飛と私がズッ友なのは、未来永劫変わらないから。ていうか、年越しそば食べてるだけで怒りすぎじゃない?そんなに不味い?」
「美味しいに決まってるでしょ。そこじゃないの、私が言いたいのは。年越しそばを食べてる場所!一緒に食べてる相手!大晦日よ?年越しイベントよ?友達の家に泊まりに行くって言いつつ、内緒で彼氏と過ごすもんでしょ?あんた何、素直に友達の家に来ちゃってんのよ?」
「だって、お蕎麦打ってるとこ彼氏に見られるのって何か……ねぇ」
「ねぇ、じゃないわよ。恥ずかしがるポイント、そこ?好きな人と過ごせるんだから、蕎麦なんて緑のたぬきで充分でしょ」
「そしたら猿飛はどうなるの?独りぼっちで緑のたぬき?独りぼっちでガキ使?そんなの私やだ、ズッ友として耐えられない」
「気遣いと言葉遣いの温度差やめてもらえるかしら」

 軽妙な会話を繰り広げながら年越しそばを食べた二人が後片付けを済ませた頃、テーブルの上に放置されている奏の携帯電話が着信を告げた。

「あ、総悟からだ」
「え、何、着信音だけでわかるの?もしかして沖田君からの着信音だけ特別なの?奏も可愛いとこあるじゃない」
「年越しそばの次は年越し猿飛かぁ。食べきれるかな」
「何よそれ、私を殺されるの?ツッコミ重くない?ていうか、私を食べていいのは坂田先生だけだか」
「もしもーし」
「人の話は最後まで聞きなさいよ!!」
「ん?ごめん騒がしくて。うん。今?猿飛んちで年越しそば食べ終わったところ」

 沖田からかかってきた電話に出た奏は、声を荒らげる猿飛の眼鏡を奪い取りながら立ち上がった。眼鏡を取り返そうと襲い掛かってくる猿飛をかわしながら、電話の向こうにいる沖田との会話を弾ませる奏。沖田との通話を終えた奏は、猿飛に眼鏡を返すとおもむろにコートを着始めた。

「近藤んち行こ、猿飛」
「どうして好き好んで大晦日にゴリラストーカーの家なんて行かなきゃいけないのよ」
「これから年越しラーメン食べるんだって」
「デザート食べるノリでラーメン食べようとするんじゃないわよ」
「まあまあ。食後のラーメンを楽しむも良し、ストーカー同士よきに計らうも良し」
「ちょっと、ゴリラストーカーと一緒にしないでもらえる?」
「ゴリラストーカーもゴリラじゃないストーカーも、突き詰めればどっちも同じストーカー。どっちも同じ生命体だよ」
「そこまで突き詰める必要ある?ていうか、突き詰める方向違うんじゃないかしら」
「総悟達もお蕎麦食べたいって言ってるし、行こうよ。ね?」
「奏がそんなに積極的なのも珍しいわね……仕方ないわね。そこまで言うなら、付き合うわよ」

 引っ掴んだコートを羽織った猿飛は、溜め息をつきながらも、奏がまとめた蕎麦と食材を適当な紙袋に詰め込んだ。二人分の鞄を抱えながら猿飛の後に続く奏の頬は緩み、隠し切れない嬉しさが火を見るよりも明らかに表れている。猿飛家から近藤家までの道すがら、談笑しながら歩いていた奏達は、道行く先で倒れ込んでいる坂田銀八を発見した。

「さ、坂田先生!」

 隣を歩く奏に紙袋を預けた猿飛は、悲痛な表情を浮かべながら坂田に駆け寄った。二人分の荷物と紙袋を抱えながら、猿飛の後を追う奏。猿飛に抱き起こされた坂田は、苦しげなうめき声を発しながら目を開けた。

「あー?何だ、お前らかよ……お前ら何してんだ、こんなとこで」
「私達、これから近藤君の家で年越しするんです。坂田先生こそ、こんなところで一体何を……?」
「パチンコで大負けして年越しそば食う金すらなくなった」
「大晦日に何やってるんですか……猿飛と私で作った年越しそば余ってるんですけど、よかったら食べますか?」
「マジでか!食う食う、食わしてくれ!」
「奏、あんた……」
「はい、じゃあ行きますか。急がないと年越したそばになっちゃう」

 そう冗談めかした奏は、猿飛や坂田と共に近藤家へ向かって歩き出した。程なくして辿り着いた近藤家の前、坂田に預けている鞄から取り出した携帯電話で沖田に連絡をする奏。すぐさま外へ出てきた沖田は、凍てつくような寒さに身を縮こませながら坂田達を迎え入れる。居室で近藤と共にラーメンを食していた土方十四郎は、天敵である坂田の登場に顔をしかめた。

「おう、来たか」
「お邪魔しまーす」
「お邪魔します」
「邪魔するぞー」
「大晦日に女子二人に挟まれて何やってるんすか、坂田先生」
「ちょっと土方君、坂田先生を変態教師呼ばわりするのやめてくれる?」
「人が情けで包んだオブラート、間髪入れずに剥がすのやめてくんない?」
「土方アウトー、はい留年決定ー」
「何で俺だけ?」
「近藤ー、台所借りるね」
「おお、寒いとこ来てもらったのに悪いな」
「何のこれしき」
「俺も手伝う」

 ありがとう――さりげなく食材の入った紙袋を手に取る沖田の優しさに頬を緩ませながら、彼に続き台所へと向かう奏。肩を並べながら手を洗った二人は、まるで互いの役割を把握しているかのように、各々手際よく作業を開始する。奏が作った蕎麦に沖田が天ぷらを乗せ、完成したものを猿飛が順次運んでいった。
 無駄のない連携プレーが功を奏し、日付が変わる前に年越しそばやラーメンを食べる事ができた奏達は、こたつでひしめき合いながらカウントダウンを待っていた。

「ちょっと奏」
「なに、猿」

 新年まで残り三分を切り、「笑ってはいけない」もクライマックスを迎えた頃、隣の猿飛に声をかけられた奏は面倒臭そうに返事をした。

「せめて「飛」はつけてくれる?」
「なに、飛猿」
「悪かったわよ、いいところ邪魔して。それでもどうしても言っておきたいのよ」
「言っておきたい?」
「年が明ける瞬間に沖田君とキスするとか、絶対にやめてよね。羨ま死人が出るわよ」
「猿飛のその時々爆発する語彙力すごい好き。羨ま死人、今年の流行語大賞いけるよ」
「今年ってもう二分くらいしかないじゃない」
「そうね。取り急ぎ授与式といこうか」

 悪戯な笑みを浮かべながら猿飛の肩に腕を回した奏は、滑らかな頬に唇を寄せた。その光景に嫉妬心を抱いた沖田は、半ば強引に抱き寄せた奏の唇を塞ぐように口づけを落とす。沖田の瞳から目を逸らすことができず、困惑しながらも突然の口づけを受け入れる奏。
 奏の頬に手を添えた沖田は、目で人を殺せそうなほど嫉妬を顕にする猿飛に対し、挑発的な眼差しを向けながらほくそ笑む。角度を変えながら奏の唇の感触を楽しむ沖田の様子に耐えきれず、白目をむきながら卒倒する近藤と猿飛。新年まで、あと十秒。

「生きてるか、土方」
「……何とか」
「生きて新年迎え」

 生きて新年迎えるぞ――奏の唇に舌をねじ込む沖田の横顔が、そう言いかけた坂田の息の根を止めた。こたつを中心に弧を描くように倒れ込んだ坂田、近藤、猿飛を見渡し、溜め息交じりに目を閉じながら卒倒する土方。
 あけましておめでとう――柔らかな唇の感触を存分に味わった沖田は、頬を紅潮させる奏の瞳を覗き込みながら悪戯な笑みを浮かべた。










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