澄み渡る青空に映える紅葉の葉が視覚を楽しませる、秋麗のある日。坂田銀時、桂小太郎、高杉晋助、朝比奈奏の四名は、松下村塾の庭に植えられた大きな紅葉の木の下、丈夫な枝やスコップで黙々と土を掘っていた。

「何をしているのですか?」

 吉田松陽の穏やかな声が、坂田たちの心に木漏れ日のような温もりをもたらした。一斉に顔を上げた坂田たちに微笑みかけながら、彼らの手元を覗き込む吉田松陽。坂田たちが掘っている穴の傍らには、古びたお菓子の缶が置かれている。彼らがタイムカプセルを埋めようとしていることを察した吉田松陽は、手前にいる奏の頭を撫でながらしゃがみ込んだ。

「タイムカプセルですね」
「はい、十五年後に掘り返すんです」

 頭を撫でられる心地よさに頬を緩ませた奏は、声を弾ませながらそう答えた。
 昼休みを終え、午後の授業中。タイムカプセルを埋める作業の疲労から爆睡する坂田たちの頭に、教科書の角が叩き込まれたのは言うまでもなかった。
 ふと目を覚ました奏は、夢の中で見た泥だらけの小さな手のひらを思い返しながら、大人になった自身の手のひらをぼんやりと眺めた。

「十五年後……」

 幾度となく忘れては思い出し続けてきた、八つの小さな手のひらで紡いだ約束。おもむろに起き上がった奏は、あくびを噛み殺しながら身支度をし始めた。
 三十分後、身支度を整えた奏は、薄手の羽織に腕を通しながら自宅を後にした。納屋にあった大きなシャベルを担ぎ、松下村塾があった場所へと続く道をひた歩く奏。子供の頃は、じゃれあったり道草を食いながらの一時間。大人の足では、三十分足らず。学舎はとうの昔に取り壊され、その跡地には数多の雑草が生い茂っている。崩れかけた門扉だけが、確かにそこに松下村塾が存在していたことを物語っていた。
 学舎を包み込む業火の前、拘束されてもなお優しく微笑む吉田松陽と、涙をこらえながら彼の名を呼び続ける坂田。美しすぎるほど残酷な記憶に当時抱いた恐怖心を思い出した奏は、唇を噛み締めながら松下村塾の跡地に足を踏み入れた。
 鬱蒼と生い茂る雑草をかき分けながら、記憶を頼りに紅葉の木が立っていたであろう場所へと向かう奏。紅葉の木が植えられていた場所は、まるで奏の訪れを知っていたかのように雑草が刈り取られていた。

「……まさかね」

 自嘲気味に笑いながらそう呟いた奏は、記憶を頼りに目星をつけた場所にスコップを突き刺した。スコップの先端に固いものが当たった衝撃が、奏の手のひらの感覚を麻痺させる。当時の感覚では深く掘ったとばかり思い込んでいた穴は、大人になった今、一発で掘り当てられるほどに浅かった。
 それにしたって……――いくら何でも浅すぎることを疑問に思いつつ、両手でタイムカプセルを掘り返す奏。膝の上に乗せたタイムカプセルの蓋を開けた奏は、息を呑みながらその中身を手に取った。ビー玉やベーゴマといった、幼い子供ならではの宝物の下、五通の手紙が眠っていた。坂田、桂、高杉、奏――各々、十五年後の自分へ宛てた手紙が四通。そして、「奏へ」と書かれた色褪せた封筒が。

 ――大好きな奏が、十五年後、幸せでありますように。銀時

 不格好な文字で綴られたシンプルな手紙と、それに添えられた一枚の紅葉の葉が、無意識の内に閉ざされていた奏の記憶の扉を押し開いた。嬉しい時、楽しい時、心穏やかな時、奏の隣には常に坂田がいた。奏にとって最も悲しい記憶の中心にあるのは、連行されていく吉田松陽を呼び続ける坂田の声と後ろ姿。そして、「攘夷戦争に参加する」と故郷を去っていった、坂田の背中。
 色褪せた手紙に零れ落ちた一粒の涙が、奏にとっての幸せが何であるかを物語っていた。

 タイムカプセルを小脇に抱えながら故郷を発った奏は、最も人口が多いからという理由だけで江戸の街へやって来た。故郷の雰囲気に似た街にいるであろうとある程度の目星をつけ、貯蓄を切り崩しながら下町や郊外を捜索し続けること一か月。
 依然として坂田を見つけることができず、半ば自暴自棄になった奏が訪れたのは、江戸随一の繁華街であるかぶき町。目まぐるしいほどの人の多さに疲れ切った奏は、ふらふらになりながらスナックお登勢の暖簾をくぐった。

「っていうことがあって江戸に来たんですー……」

 酒をしこたま飲み、へべれけになりながら江戸へやって来た理由を打ち明けた奏は、そのままカウンター突っ伏すと、程なくして静かな寝息を立て始めた。奏の肘が当たった衝撃でぐらついた空の徳利を下げたたまは、洗い物をしながら口を開いた。

「お登勢さま、「銀時」という名前はよくあるのでしょうか?」
「……さあねェ」

 ちょっと買い出し行ってくるわ――紫煙をくゆらせながら勝手口の扉を開けたお登勢は、街の灯りに目を細め、万事屋へと続く階段を上った。チャイムを鳴らし、腕組みしながら反応を待つお登勢。気だるそうな様子で顔を出した坂田は、訪問者がお登勢であることを知ると、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「何だよ婆さん、家賃なら払えねーぞ。おとといきやがれ」
「こちとらアンタをおとといきやがらせられる権利握ってんだ、言動には気を付けな。そもそも依頼しに来たんだ、客として扱ってもらいたいくらいだよ」
「依頼?何の」
「潰れちまった酔っ払いの処理」
「報酬、弾んでくれよな」
「家賃滞納してる分際でよくそんなこと言えるね」
「それはそれ、これはこれだろ」
「ったく……成功したら今月の家賃半額、これでどうだい」
「家賃半額って、どんだけ厄介な酔っ払いなんだよ」
「来りゃわかる……と、思う」

 珍しく歯切れの悪いお登勢に訝しげな表情を浮かべながらも、家賃半額という破格の報酬に目がくらんだ坂田は、何も言わずにスナックお登勢へやって来た。時は、閉店時刻間際。洗い物に勤しんでいたたまは、坂田の存在を感知すると手を止めながら口を開いた。

「銀時さま」
「銀時ィ……?」

 突如耳に入ってきた探し人の名前に脊髄反射で起き上がった奏は、半開きの目で店内を見渡した。たまの後ろの棚に並べられた数多くの酒瓶、小ざっぱりとしたレジ回り。そして、のらりくらりと歩み寄ってくる坂田。天然パーマの銀髪が、記憶の中の幼少期の坂田と重なり合った瞬間、奏は目を見開きながら椅子から転げ落ちた。件の酔っ払いが奏であることに気付いた坂田もまた、目を見開きながら足を止めた。

「銀時!?」
「はっ?え?奏お前、何でここにいんの?」
「何で……何でって何で?何で銀時が?何でここに?」

 坂田の登場で一気に酔いが醒めた奏の口ぶりからは、混乱の色が滲み出ていた。同じように困惑しつつも、お登勢にせっつかれるがまま、おいそれと肩を貸しながら奏を立ち上がらせる坂田。
 どうにかこうにか万事屋まで連れてきた奏をソファに座らせた坂田は、氷を入れたコップに水を注ぎながらぼんやりと考え込む。溢れ出した水が指先を伝う感覚でふと我に返った坂田は、テーブルの上にコップを置きながら奏の隣に腰を下ろした。

「えーっと、その、あれだ……訊きてェことは腐るほどあるんだけど、とりあえず大丈夫か?」
「ん、大丈夫。ごめんね。ありがとう」
「おう。なあ、何で奏がかぶき町にいんの?」

 直球すぎる質問をぶつけられた奏は、鞄から取り出したタイムカプセルを坂田の膝に乗せた。お前、これ……――動揺しながらそう呟き、タイムカプセルの蓋を開ける坂田。一番上に保管されている封筒を手に取った坂田は、「奏へ」と記されていることに気付くと慌てたように中身を取り出した。
 おっかなびっくり手紙に目を通した坂田は、息を呑みながら奏を見やる。一連の挙動を見守っていた奏は、何も言わずに坂田を見つめ返した。

「…………これ、読んだ……よな?」
「ごめん、読んだ」
「だよな。うん、わかってる。あー、しくじった……」
「しくじった?」
「いや、こっちの話」
「ふーん……銀時、私のこと大好きだったの?」

 率直な質問に噴き出した坂田は、背中を丸めながら激しく咳き込んだ。水を飲ませ、背中をさすりながら坂田を落ち着かせた奏は、手のひらに残った温もりを閉じ込めるように拳を握った。

「いや、そうじゃねェんだ」
「え……違うの」
「や、そうじゃなくて……あーもう、ちょっと待ってろ」

 不意に立ち上がった坂田は、弾かれたように顔を上げる奏をよそに社長デスクの上へ飛び乗ると、「糖分」と記された書の裏側を探り始めた。程なくして探り当てたのは、色褪せた一枚の封筒。デスクから飛び降りた坂田は、手に持っていた封筒を奏に渡しながらソファに座った。

「開けていいの?」
「ああ。笑ったら、ぶっ殺す」
「ええ……そんなすぐ遺言なんて思い浮かばないよ」
「笑う気満々かよ」
「冗談。絶対笑わな……っはは」

 色褪せた封筒から取り出した紙を開き、言い終わらない内に噴き出した奏を、問答無用で押し倒す坂田。床に舞い落ちたその紙には、「こんいんとどけ」という文字と、二人の名前が記されていた。奏にまたがる坂田の顔は、秋の紅葉に引けを取らないほど赤く染まっていた。

「はい遺言どーぞ。さーん、にー、いーち」
「え、待ってごめん、え?「こんいんとどけ」って、あの婚姻届?」
「遺言はそれだけか?」
「待って違うから、これ遺言じゃないから。ほんと待って。ね、落ち着こ?」
「……先生が」
「先生が?」
「教えてくれたんだよ。婚姻届けは男女の縁を永遠に結ぶもんだって」
「うん、んふっ、そうだったんだ」
「この期に及んで笑うのな」
「違うってば。本当に変な意味じゃなくて。ただ、銀時少年が一生懸命書いてくれた姿を想像すると微笑ましくて、ふっ……」

 会話の端々に織り交ぜられた笑い声に口をつぐんだ坂田は、眉間にしわを寄せながら奏を見下ろした。ごめん――落ち着いたトーンでそう呟いた奏は、ふと、頭の中で点と点が線で結ばれていくような感覚に陥った。
 タイムカプセルを埋めた場所だけ雑草が刈り取られていたこと、埋められていた深さが子供の手とはいえ妙に浅すぎたこと。それは、奏が訪れる少し前に、誰かがタイムカプセルを掘り起こしていたことを物語っていた。そして、「こんいんとどけ」の存在こそが、先にタイムカプセルを掘り起こした人物を特定させていた。
 頭の片隅でくすぶっていた違和感が解消されていくうちに、奏の頬もまた赤く染まっていった。

「ねえ、聞かせて?今の銀時の、大人になった銀時の口から。その気持ちが、変わってないのなら」
「どうせ笑うんだろ」
「うん、笑っちゃうかも。そしたら、一緒に笑えばいいよ」
「あーもう、いっつもこれだもんな。昔っからよ……はいはい好きですよ、奏さん。昔も今も」
「私も。銀時のこと大好きだから、会いに来た。会えてよかった」

 瞳を潤ませながらも満面の笑みを咲かせる奏に覆いかぶさった坂田は、積年の想いをぶつけるかのように唇を重ね合わせた。会えなかった分だけたくさんの口付けを交わし、互いの気持ちを確かめ合えた喜びを分かつように見つめ合う二人。数え切れないほどの口付けを交わした二人は、照れくさそうに笑いながらソファに座り直した。

「そうだ。せっかくだし、自分宛ての手紙も読んでみよ」
「今まで読んでなかったのかよ」
「うん、忘れてた。何て書いたっけなぁ」

 タイムカプセルから取り出した封筒を鼻歌交じりに開け、幼いころの自分からの手紙に目を通す奏。その間、わずか五秒。丸めた手紙をごみ箱に投げ入れた奏は、何事もなかったかのように水を一気に飲み干した。

「はっ?何やってんの、お前」
「ん?別に?」
「何しらばっくれてんだよ」
「え、やだ、待って、だめ」

 ごみ箱から拾い上げた手紙を広げようとする坂田に掴みかかる奏だったものの、力で勝てるはずもなく。奏を軽くあしらいながら、過去の彼女から現在の彼女への手紙を読む坂田。そこにはただ一言、「銀時の隣で笑っていますか?」と書かれていた。










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